無くなった攻略ルート

 ド魔学の講堂は扇形の浅いすり鉢状になっている。すり鉢の底には一段高くなったステージがあり、教員用と思われる椅子が並べられていて、その前にはスタンドマイクの様なものが立てられていた。ちなみに、マイクと思われる部分には綺麗な薔薇が咲いており、スタンド部分は蔓に巻き付かれ葉も茂っている。よく見ると時々楽しそうに揺れているので、魔法生物か何かかもしれない。

 すり鉢の外側には階段状に座席の並んでいる二階席と個室になっている三階席があり、入学生達の家族がすでに待機していた。


「王族を除いてこの国で一番爵位の高いウチがこんなに遠い席なのはおかしいのではありませんか? ちょっと僕、前の方の席に行ってきてもいいですかね」

「王族を除いてこの国で一番爵位の高いウチだから、高くて個室で真ん中のこの席なのよ。カイン、あなたディアーナの近くに行きたいだけでしょう? ダメよ」


 ステージの真正面、三階席の大きな個室の手すりから身を乗り出して、カインが母エリゼに愚痴をこぼしていた。母エリゼはゆったりとしたソファに優雅に座り、カインの言葉に苦笑している。

 個室は十畳ほどの広さがあり、大きなソファがみっつ置かれている。一つのソファに男性なら三人、ドレスの女性なら二人が並んで座れる大きさである。

 カーテンで隠された壁際に、湯沸かしポットや冷蔵庫(もちろん、魔法の力で動いている)が置いてあるようで、エリゼの侍女が紅茶と冷たいクリームを添えたビスケットを用意していた。


「下は伯爵家以下の者達が座っている場所だ。そんな所におまえが混ざったら周りに座る者達が恐縮してしまって入学式どころじゃ無くなってしまうよ。彼らが我が子らを祝福する機会を台無しにするつもりかい?」


 遅れてやってきた父ディスマイヤが、入り口で上着を脱ぎながらカインに声をかけた。仕事を片付けてから来ると言っていたのだが、どうやら入学式の開始には間に合ったようだ。


「警備の都合もあります。おとなしくここからディアーナ様を見守ってください。あと、あんまり身を乗り出すと落っこちますよ」


 手すりから身を乗り出すカインが落ちない様に、後ろからベルトを掴んでいたイルヴァレーノにまで言われてしまっては、カインも諦めるしか無かった。


「わかったよ」


 しぶしぶ頷いたカインだが、諦めきれずにソファーの一つをズリズリと前方へと移動させてすわり、両親にさらに渋い顔をされた。


「カインお坊ちゃま。こちらをお使いください」


 そう言って後ろからパレパントルが差し出したのは、オペラグラスだった。光魔法が掛かっている物で、レンズ式では無い。のぞき込めば自動的に見たいところがズームアップされて見ることが出来るようになっていて、フレームが視界を邪魔することも無いという便利グッズである。

 ちなみに、この世界の眼鏡も光魔法によって視力矯正する仕組みになっている。


「意外と、僕以外の学生も見学席にいるのが見えるね」


 渡されたオペラグラスでチラリと別の座席を見れば、ド魔学の制服を着た生徒がちらほらと見える。同じ階の他の個室席にも人が居る気配はある物の、しっかり奥の方に座っているようで足先やドレスの裾ぐらいしか見えなかったが、制服のズボンらしい裾がチラリと見えていたりする。


「あ、ディアーナだ」


 オペラグラス越しに、講堂の入り口から入ってくるディアーナが見えた。ケイティアーノやノアリアと一緒に楽しそうにおしゃべりしながら椅子の間を通り、一番前の席に腰を下ろした。

キョロキョロと観客席の方を見回して、カインの姿を見つけるとニコッと笑って小さく手を振った。


「かぁわいい。ディアーナ可愛いなぁ。見た? すごいお上品に手を振ってくれたよ」

「はいはい。危ないから下がってください」


 興奮するカインをイルヴァレーノがなだめつつソファに座らせ、持ち込んだ果実茶を手に持たせて動きを封じた。

 イルヴァレーノがチラリと視線を会場にむければ、最後に入場してきたアルンディラーノがディアーナの隣の席に座る所だった。座席は爵位順なので、最前列の真ん中が皇太子であるアルンディラーノで、その隣が筆頭公爵家のディアーナになるのである。


 そっと立ち位置を調整してカインの視線をきったイルヴァレーノは、

「今日はリンゴ茶ですが、ミルクを入れても美味しいそうですよ。入れますか?」

 とミルクポットを小さく掲げてみせた。

「いや、いいよ。今日のリンゴ茶は酸味があるからこのまま飲むよ」

 カインの言葉を受けて、イルヴァレーノは一礼して部屋の奥へと下がる。


入学式が始まってしまえば、カインも大騒ぎするような無粋なことはしないだろう。個室のドア前で、イルヴァレーノとパレパントルが前を向いたままコツンと拳を合わせていた。


 カインが熱いリンゴ茶をゆっくりと一口飲んだ頃、さざめき聞こえていた新入学生達の声がピタリと止まる。

 職員らしき人物が開会宣言を行い、入学式が始まった。

 まずは、教師の紹介から。舞台の袖からぞろぞろと教師達がでてくるのを、カインはオペラグラス越しにじっと見ていた。マクシミリアンが出てこないかを確認したかったのだ。

(ゲームの強制力的なアレで、マックス先生復活とかしてたらやっかいだ)

 マクシミリアンは、エルグランダーク公爵の領地であるネルグランディ領の城に不法侵入するという罪を犯したが、その時の城内の状況を公に出来ないという大人の事情と、カインの取りなしのおかげで今は魔道士団員になっている。ティルノーアの助手という立ち位置でこき使われているはずだ。しかし、『教師に欠員が出たので魔道士団から臨時で教師を派遣してほしい』みたいな理由でマクシミリアンがやってくる可能性もあるのではないかとカインは危惧していた。


「マクシミリアンはいないみたいだな」

「マクシミリアン?」

「こっちのはなし」


 ぞろぞろと出てきた教師陣の中に、マクシミリアンはいなかった。代わりに、ゲームでマクシミリアンが教えていた『魔力操作術』の教師としてよぼよぼの老人が紹介されていた。本来ならば去年で引退するはずだったところ、教員採用枠が埋まらずにもう一年続けることになった、と説明されていた。


「これでもう、教師ルートは無いな……」


 マクシミリアンが出てこないまま、全教員の紹介が終わったことでカインは深く息を吐き出した。知らず知らずのうちに緊張していたようだった。

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