アウロラの新しい一歩(2)
「ようこそ、アンリミテッド魔法学園へ! 夢と希望に満ちた魔法使いの卵さん」
玄関へ入ったところで、りんりんと鈴を転がすような美しい声が頭上から聞こえてきた。みあげれば、そこには畳二枚分もあろうかという大きな肖像画が飾られている。
「おお……」
思わず感嘆の声が漏れるアウロラを見下ろしてくるのは、美しいドレスを来た女性の肖像画だ。リムートブレイク王国、というかこの世界は土足文化なので玄関だからといって日本の学校のように下駄箱が並んでいたりはしない。広々としたタイル敷きの床、高い天井から長く細い銀色の鎖で吊り下げられているランプ、そして正面には二方向に分かれて登っている階段と大きな肖像画。
ゲームでは、学校に入ったところで画面が暗転し、名前入力画面になる。その際にこの『ミスマダム』が色々と聞いてくるのだが、
「まさか、動く肖像画だったとは」
「さぁ、お名前を教えて頂けるかしら? 私にご挨拶をしてちょうだい!」
肖像画の中の婦人は、バサリと羽の扇子を広げると口元をかくして目だけでニヤリと笑って見せた。アウロラは(夢の国のホラーハウスか、丸眼鏡魔法使い見習いが通う学園かって感じだね)と思いつつ、スカートをつまんでぺこりと頭を下げた。
「初めまして、ミスマダム。アウロラと申します」
ミスマダムってなんだよ。敬称重ねてるだけやんけ。とはゲームプレイ時から思っていたが野暮なことは言わないでおく。
「うふふ。可愛らしいお嬢さん。入学式が行われる講堂は私の足下の階段を右側に上がって奥の方よ。あなたが六年後、立派な魔法使いになれることを期待しているわ」
「ありがとう、ミスマダム」
ミスマダムに手を振り、右側の階段を上ろうと段差に足をかけたところで、バタバタと足音を立てて玄関に駆け込んでくる人物がいた。
平民もいないわけでは無いが、貴族が大多数を占めるこの魔法学園では、屋内で足音を立てて走るなどというがさつな動きをする人は少ない。寮からこの学園の玄関に来るまでの間、アウロラの周りを歩いていた人達は皆お上品だった。
気になって振り向いたアウロラの視線に先には、ちょっと小汚い感じの少年が走り込んできたところだった。
分厚いレンズの眼鏡をかけているせいで表情はわからない。腰までのびた後ろの髪は切れ毛のせいか長さがそろっておらずぼさぼさで、鳥の巣の様にからみあって膨らんでいた。学生服のボタンはきちんと止めていないから襟が広がってしまっているし、シャツは片方だけズボンからはみ出している。とてもこれから入学式に参加する新入生とは思えないだらしなさである。
キョロキョロと首ごと巡らせてあたりを見回し、アウロラの姿を発見した少年はがらんとした玄関ホールに自分以外の生徒がいることに安堵したのか、肩を少し下げた。
「あ、あ……。入学式はまだ? 間に合う感じ?」
「ようこそアンリミテッド魔法学園へ! と言いたいところだけれど……身だしなみも言葉遣いもなっていないわね、あなた」
アウロラに向けた少年の声と、少年へ向けたミスマダムの声が重なった。
走り込んできた少年を一目見たミスマダムは、しまっていた扇子をまた開くと鼻の上まで覆い隠し、眉間にしわを寄せて嫌そうな目で少年を見下ろしている。
「え? え? おぉ。すごい、動く肖像画だぁ。話には聞いていたけど本当にあるんだ。投影魔法? それとも絵の具に魔力を乗せて動かしている?」
少年はよろよろとミスマダムに近づくと手を伸ばして額縁に触れようとした。
「無礼な! 挨拶もせず、返事もせず、ぶつくさいいながらレディに触れようとするなんて紳士の風上にも置けないわ! 下がりなさい!」
くわっと目を見開いて怒りをあらわにしたミスマダムは、左手の平にたたきつけるようにして羽扇子を閉じた。パチンと大きな音を立てたと同時にブワリと風が吹き付けて少年を吹き飛ばしてしまった。
尻もちを突いた拍子に掛けていた眼鏡が落ちてしまい、下からバチバチに長いまつげに囲まれた薄紫色の瞳が現れた。
ラトゥール・シャンベリー。アンリミテッド魔法學園~愛に限界はありません!~の登場人物で、同級生魔導士ルートの攻略対象者である。
乙女ゲーであるアンリミテッド魔法学園の攻略対象者の中には、眼鏡キャラが二人居る。一人は、大人・先生枠のマクシミリアン。通称マックス先生は一見クールな大人眼鏡なのだが、負け犬根性が染みついた僻み嫉みを心に持つキャラクターである。マックス先生は、眼鏡の奥にちゃんと目が見えているキャラクターデザインとなっており、知的な印象を与えている。
そして、もう一人の眼鏡キャラクターが同級生魔道士のラトゥールだ。こちらは、瓶底眼鏡をかけていて普段は瞳が見えない。猫背で身だしなみが出来ていなくて髪の毛も伸ばしっぱなしのぼさぼさという、一見女子受けしない見た目のキャラクターなのだ。しかし、お約束というかなんというか『眼鏡を外すと美少年』枠なのである。お約束だとわかっていても、眼鏡属性のあった生前のアウロラは「眼鏡を外すことで真価を発揮する眼鏡キャラなど許容できぬ」と友人に語って聞かせていた物だった。
そんなこんなで、前世ではラトゥールルートは三周ぐらいしかしていないアウロラであるが、今世では同級生である。袖触り合うも多生の縁だと言うことで、ラトゥールを手助けすることにした。
絵画といえども、ミスマダムのこめかみの血管が切れそうになっていたのを見過ごせなかったというのもある。アウロラは、ラトゥールに声をかけるとミスマダムに挨拶をさせ、入学式の会場である講堂まで引っ張って連れて行ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます