アウロラの新しい一歩

 どこまでも続くレンガ壁に沿って、桃色ボブヘアの少女が軽い足取りで歩いて行く。白い小さな花びらが一枚、その小さな可愛い鼻先にひらりと優しく乗っかった。


「サクラ? にしては白いかな?」


 小さな花びらを指先でつまみ、空を振り仰ぐ。レンガ壁の上から枝先が顔を出していて、小さな白い花が沢山咲いている様子が見えた。

 それはまるで、日本の春の風物詩の様にも見える。ソメイヨシノが有名だけど、白いサクラもあった気がするな、と一人で納得したアウロラはハンカチに花びらを挟むと、そっと胸ポケットへとしまう。

 チラチラと揺れながら降ってくる花びらを目で追いながらゆっくりと歩いて行くアウロラを、豪華な馬車が何台も追い越していく。アンリミテッド魔法学園には寮があるものの、王都に住む貴族達は家から通うし、領地から出てきている子息令嬢も入学式となれば宿から親と共に馬車でやってくることがほとんどだ。アウロラの様に寮から歩いて行く生徒はほとんどいない。

 それでも、アウロラはこれから始まる学園生活への期待に胸を膨らませていて、追い越していく馬車の家紋をチラリと見ては「ゲームで出てきた知ってる紋章来ないかな?」と自分の記憶との神経衰弱を楽しんでいた。

 永遠に続くのかと思われたレンガ壁にも終わりがやってきた。レンガ壁の終わりには、黒く光る石でできた門柱に『アンリミテッド魔法学園』と刻まれた校門が立っており、馬車が二台ほど余裕を持ってすれ違える程の距離を離して、向こう側にも黒い石の門柱が見えている。

 ひょこっと門柱から顔をのぞかせ、校内をのぞき見る。


「わぁ」


 そこには、まっすぐに伸びた石畳が、白い壁に黒い柱の立派な校舎へと続いていた。校舎の前には丸い大きな噴水があり、水しぶきが朝日をはじいて虹色に輝いている。石畳の両脇には等間隔にアーモンドの木が植えられており、小さな白い花が満開に咲いていた。


「オープニングのまんまだ」


 目の前の景色にかぶるように、下からゲームのタイトルロゴがせり上がってくる幻覚が見えてくるようで、アウロラは思わずオープニング曲を口ずさむ。


「る、る、る~。愛に限界があるなんてぇー、だ・れ・が決めたの♪」


 リズムに合わせてステップを踏むように、石畳の真ん中を進むアウロラ。ゲームオープニングの視点が道の真ん中だから、ついつい同じ視点をたどろうとしてのことだ。道の両脇を、同じ制服を着た生徒達が歩いていく。ゲームオープニングでは背景として描かれていた為に顔の中身が無かった彼ら彼女らも、当然だがそれぞれに顔がある。


「貴族出身が多いせいか、皆顔が良いねぇ」


 ゲームの立ち絵やスチル絵に出てきていた攻略対象者達ほどでは無くとも、前世社会でいえば普通にアイドルとしてテレビや舞台に立っていてもおかしくないレベルの美少年や美少女が普通に歩いている。眼福、眼福と目を細めながら歩いて行くアウロラ。


「そこの女子! 道の真ん中を歩いていたら危ないぞ!」

「え?」


 鼻歌交じりに気分良く歩いていたアウロラの腕が、後ろからグイッと引かれて道の脇へと移動させられた。急に引っ張られた事でたたらを踏み、よろけたところを誰かにがっしりと支えられる。聞き覚えのある声に、体を支えている人物を見上げれば、水色の瞳と目が合った。


「道の真ん中は馬車が通るんだ。真ん中を歩いていると轢かれるぞ」


 藍色の髪の毛に水色の瞳、幼さを残しつつもしっかりとした体格の少年は、抱えていたアウロラの肩を押して立たせると、ざっと全身を見て怪我が無い事を確認した。その後ろをつやつやの黒塗りの立派な馬車が通り過ぎていく。馬車を引いている馬はアウロラの身長の二倍ほどもある立派な馬が四頭で、校内のせいか徐行していて速度は出ていなかったものの、あの立派な太い足で踏んづけられていたら大怪我をしていた事だろう。アウロラはぞっとした。


「あ、ありがとうございます。おかげで命拾いをしました」

「君も新入生だろ? わからなかったんなら仕方ないさ。ほら、道の両端が色の違うタイルになっているだろ? 徒歩組はあっちを歩くんだよ」


 そう言って道の端を少年が指差した。そちらを見れば確かに道の端っこは色の違うレンガ敷きになっており、歩いていたモブ生徒達はみなその上を歩いていた。


「やべ。馬車に追いつかなきゃ。じゃあ、気をつけてな!」

 アウロラ達を追い越していった立派な馬車を追いかけて、藍色の髪の少年は走り去ってしまった。

「クリスだ……」


 走り去っていくクリスの後ろ姿に、アウロラはまたゲームオープニングムービーのワンシーンがダブる。

『危ないっ! 大丈夫? ここは馬車が通るから気をつけてね』

 ゲームでも馬車から腕をひいて守ってくれて、優しい言葉をかけて去って行くクリス。その場では顔見せ程度で名前も出てこないが、全ルートクリア済みのアウロラはもちろんその名前を知っている。


「なんか、ちょっとワイルド系だったな……」


 ゲームと同じシーンだったが、台詞はちょっと違っていた。まぁ、この世界は今やアウロラにとっても現実であり、全くのシナリオ通りに進むとも思っていない。むしろ、この世界で起こったことを乙女ゲーム的に翻訳し直したのがあのゲームなんじゃ無いかとも考えたりすることもある。

 アウロラを追い越していった豪華な馬車は、校舎の前の噴水をゆっくりと回り込んで玄関前へと寄せている。


「なるほど。あの噴水は馬車の玄関前ロータリーの役割があるんだね」


 噴水を同じ方向から回り込む、というルールが決まっていれば事故も無い。ゲームでは「有った方が豪華だからかな」ぐらいの気持ちで見ていた背景にも、ちゃんと意味があったのだと感心する。速度を落として馬車を止め、車輪の下に車輪止めを噛ませ、踏み台を出して出入り口に置き、といった事をしているうちに、アウロラは玄関前で馬車に追いついた。

 見れば、クリスが馬車のドアを開けようとしているところだった。ああいうのは御者の仕事じゃないのかな? と思って見ていれば、中から出てきたのはまたもや見覚えのある少年だった。

 ふわふわのまぶしい金色の髪の毛、陽を透かした新緑の様な鮮やかな緑色の瞳。真新しい制服も、皆同じデザインであるはずなのにまるで彼のためにデザインされたかのように似合っている。

 アウロラのすぐ側で立ち止まっていた少女が制服のスカートをつまんで腰を落とした。案内係と書いてある腕章を付けた女子生徒も「王太子殿下よ、失礼の無いように」とその場に居る新入生達に声をかけている。

 踏み台を降り、玄関前に降り立ったアルンディラーノはゆっくりとその場を見渡すとにこりと優しげに微笑み、


「これから同じ学び舎で学ぶ仲間なのだから、かしこまらないでいいんだよ」


 と親しげに声をかけた。


「ゲームのオープニングの通りだ!」


 アウロラの鼻息が荒くなる。ゲームでは『王太子殿下よ、失礼の無いように』と言われるのはアウロラで、『かしこまらなくていいんだよ』とアルンディラーノが話しかけるのもアウロラに対してだ。それが、ここでは玄関前にちょうど居た新入生みんなに対してになっている、という違いはある。でも、そんなのは些細なことだった。アウロラは、ゲームとおんなじシーンが目の前で繰り広げられている、たったそれだけで大興奮だった。

 アルンディラーノがクリスを引き連れて玄関の中へと入っていく。玄関前にいた新入生達がその後に続いていき、今のシーンを脳内リピートしていたアウロラはその場に残されてしまっていた。

 ポンと後ろから肩を叩かれ、振り向けば年上らしい少女がにこりと笑っていた。先ほど「失礼の無いように」と声をかけてくれた、案内係の腕章を付けた少女だ。おそらく先輩なのだろう。


「急がないと遅れてしまうわ。玄関の中へ入ってミスマダムに挨拶をして頂戴」

「は、はい」


 これはゲームには無いシーンだったな、と思いながらアウロラは玄関の中へと入っていった。

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