入学前夜(2)

いよいよド魔学の入学と言うこともあって、ディアーナの家庭教師による学習は全て終了している。今後は、必要に応じて社交術や礼儀作法の授業を単発で入れたりする程度となる。

 そんなわけで、入学式前日である今日のディアーナの予定は「入学準備」だけ。とはいえ、持って行く筆記用具や教科書などの準備は使用人達によってすっかり整えられており、ディアーナがするべき事は「体調管理」ぐらいのものである。


「お兄様、みてくださいませ」


 そう言ってカインの私室へとやってきたディアーナは、ド魔学の制服を着ていた。

カインのまえでくるりと一回転。スカートをふわりと広げて軽やかに全身を見せるとピシッとポーズを決めた。


「似合っていますか?」

「とてもよく似合っているよ! まさにディアーナの為に作られた制服と言っても過言では無いね!」


 ディアーナは、ハーフツインテールを細目のリボンで結び、キツく巻いてあって細いドリル状になっている。下ろしている部分はほぼストレートだが毛先だけ小さくくるりとねじれているのだがこれは髪の毛の癖だろう。ゲームパッケージと同じ髪型になっている。

 今年の春で十二歳になるディアーナは、急成長して『けしからんボディ』になりそうな予兆をみせはじめている。

ディアーナの制服は数日前に届いていたのだが、採寸・仮縫いから完成までのひと月ほどで身長とお胸とお尻が急成長したことで合わなくなってしまい、お直しに出していたのだ。ようやく届き、試着・最終手直しも終わったので、入学式前日である今日になってカインに制服姿を見せに着たのだ。


「うーん。すっごく可愛いし、しっかり似合っていて素敵なんだけど……」


 カインの目の前でポーズを付けて立っているディアーナはとても可愛い。しかし、こうして制服を着てハーフツインがドリルになっている姿をみるとゲームで登場する『悪役令嬢ディアーナ・エルグランダーク』の姿がちらついてしまう。


「髪型とか変えてみない? もう少しお姉さんっぽいというか、レディっぽい感じにするとか」


 そうやって提案してみれば、サッシャが後ろでむっとしたのがわかった。サッシャとしては渾身の出来だったのだろう。


「今の髪型ももちろん可愛いよ! ハーフツインテールにおリボン付けているのはディアーナのトレードマークみたいなところもあるしね」


 ポーズを解き、とてとてとカインの側まで歩いてきたディアーナはそのままポスンとカインの膝の上に座る。頬に触れる細いドリルヘアをカインはつまみ上げて、ゆらゆらと揺らしてみせた。


「でもさ、ディアーナはほら、可愛いの天元突破というか、愛らしいの天下無双というか、とにかく唯一無二の女の子だからさ。もっと可能性を掘り下げても良いんじゃないかなって思ったんだよ」

「なるほど」

「なるほど、じゃないよ。だまされないでサッシャ」


 カインのディアーナ礼賛を受けてサッシャが深く頷き、イルヴァレーノが突っ込んでいる。


「じゃあ、私はお兄様とおそろいの髪型にしようかな?」

「ただの三つ編みだよ? これは邪魔だから結んでいるだけだし、もっと凝った可愛い髪型を模索してもいいと思うんだけど」


 膝の上で上半身をひねり、手を伸ばしたディアーナがカインの三つ編みをつまんでお返しとばかりにぷらぷらと揺らす。


「じゃあ、お兄様もこれを機に髪型を変えてみるのはどうかしら? 格好良くて素敵なお兄様がもっと素敵になっちゃうんじゃないかしら」

「えーそうかなぁ? でも、これから毎日の事だし簡単なのでいいんだけどなぁ。髪を整えてくれるのはイルヴァレーノだし、あんまり手間をかけるのもねぇ」

「そっか、髪の毛やってくれるのはサッシャだものね。あんまり凝った髪型をお願いしてはいけないかしら」


 カインとディアーナの何気ない会話。カインは『ゲームの立ち絵とちょっとでも変えられればラッキー』ぐらいの軽い気持ちで始めた話題。

 しかし、その言葉をきっかけにイルヴァレーノとサッシャの間でゴングが鳴らされたのだった。



 あーでも無い、こうでも無いと髪の毛を散々いじられること二時間ほど。パレパントルがお茶の時間だと呼びに来るまでの間ずっと、イルヴァレーノとサッシャの戦いは続いた。

 細かい三つ編みを沢山作るドレッドヘアもどきの髪型にしてみたり、束ねた髪を何カ所かで留めてリボンを付けた『連続わら納豆風ヘア』にしてみたり、リボンを編み込んでみたり、髪の毛数本ずつにビーズを通して編み込んでキラキラ光らせてみたり。とにかく、思いつく限りの髪型を試してみたのでは無いかという程に、結んではほどき、編んではほどきを繰り返していた。


「お待たせいたしました、お母様」

「おそくなりました、お母様」


 少々ぐったりとしつつも、笑顔でティールームへとやってきたカインとディアーナ。二人の姿を見た母エリゼは目を丸くして、そしてにっこり微笑んだ。


「イメージチェンジと言う奴ね? 二人とも可愛らしくてよ」


 エリゼのその言葉に、カインとディアーナの後ろで胸をはり誇らしげに顎を上げている二人の気配がする。カインとディアーナはお互いに視線を交わして苦笑いをすると。部屋の中まで進んでいつもの席へと座った。


 カインは、頭の上の方から二つに分けて編み込みをして行き、うなじ部分からは三つ編みにしている。三つ編み部分には筒状のアクセサリーがかぶせられている。この部分を日替わりなどにすることでおしゃれが出来るとイルヴァレーノが主張している。

 ディアーナは、今までのハーフツインを結んでいたあたりから髪の毛の半量ぐらいを編み込みにして、耳の後ろでリボンを結び、そこから三段ぐらいの短い三つ編みをして今度は髪飾りで留めてそこからは流す、という髪型になっている。

 カインの「いざというとき動きやすく」「毎朝の事だからあんまり複雑じゃ無い感じで」という注文と、ディアーナの「お兄様とおそろいの要素が欲しい」「大人っぽさを出したい」という希望、そしてサッシャとイルヴァレーノの「どちらがより自分の主を輝かせるか」という競争心の結晶だった。

 なんとなく、前世の人気ソシャゲに出てくるキャラクタにも似てる髪型になってしまった事に苦笑しつつ、ゲーム版ド魔学の立ち絵とは違う髪型に出来たことで、ほっとしているカインであった。

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