ド魔学編
入学前夜(1)
いよいよ明日はアンリミテッド魔法学園の入学式である。
明日入学するのはディアーナであり、四年生への転入となるカインは入学式に参加する必要は無い。
ディアーナと一緒に入学式に出られないと聞いて、いやだい! いやだい! と駄々をこね床を転げ回ったカインを毛布で簀巻きにして拘束したイルヴァレーノは、しかしそれならそれで父兄席でディアーナの入学を見守ることが出来るではないですか、と耳打ちをすることでカインをおとなしくさせていた。
「うふふふぅ~」
「気持ち悪いですよ、カイン様」
カインの私室、ソファーに腰を下ろしたカインはトルソーに着せられているアンリミテッド魔法学園の制服をにやけた顔で眺めていた。
「だって! ド魔学の制服だよ! 今度こそ、本物の!」
「ヨカッタデスネー」
興奮するカインに対して、イルヴァレーノは棒読みで適当に返している。この会話をするのはすでに十回目ぐらいなのだ。
カインは四年前の今頃、届いた制服を見て絶望していたのを思い出す。すっかりド魔学の制服が届くのだとばかり思っていたのに、部屋にぶら下がっていたのは見たことのない制服だったのだから。
今度こそ、ゲーム画面でよく見た攻略対象者達が着ている制服が目の前にあるのだ。顔もにやけてしまうという物である。サイリユウム貴族学校の制服は詰め襟だったが、アンリミテッド魔法学園の制服はブレザーだ。
おそらくだが、サイリユウムは建国の王が騎士だったと言われているので騎士制服に近い詰め襟デザインの制服だったのではないだろうか。リムートブレイク王家の祖は大魔法使いだったと言われている。だからといってローブやケープみたいな「ザ・魔法使い」といった感じの制服では無くブレザーなのは魔法学校の歴史が建国の歴史よりはずいぶん新しいせいかもしれない。
そんな、正解を確かめる術もない事をツラツラと考えながら明日から着ていく制服を眺めているカイン。
ふと思いついて背を浮かせると、制服の胸元をじっと見る。
「制服のアレンジは自由って聞いてるんだけど、首元をネクタイじゃなくてリボンにするとかどうだろうか?」
トルソーに着せられている制服の首元を指差してカインがそういえば、イルヴァレーノはクローゼットの小物箱から適当にリボンを取ってきて首元に当てて見せた。
「こんな感じですか? ……色味が制服と合いませんね。こっちかな……」
小物箱から出したリボンやスカーフを、色々と当ててみては首をかしげている。段々とリボンあわせに夢中になってきたイルヴァレーノは制服の前に陣取ってしまい、カインから制服が見えなくなってしまった。
「ネクタイをリボン風にする結び方もあるから、ネクタイの結び方を工夫するのもありかもね」
真剣に制服にリボンを合わせるイルヴァレーノの背中に向かって笑いながら、カインがネクタイの結び方で工夫しようと提案してみる。
「それなら、色味や柄は問題ないですね」
両手にリボンをもちながら、イルヴァレーノが振り向いて真面目な顔で頷いた。
「ウェインズさんに、ネクタイの結び方を色々聞いておきます」
「頼むよ」
カインが頷くのを見て、イルヴァレーノは出したリボン類をしまっていく。
カインは、ゲームの『アンリミテッド魔法学園~愛に限界はありません~』のスチル、立ち絵のイメージから自分の見た目を外したいと考えていた。ゲームの強制力という物があるのかどうかはわからない。今の時点で大分ゲームから外れている事柄も多いし、ゲーム通りの登場人物や設定も多い。小さな事からコツコツと、少しずつでもゲームシナリオから外れていこうという魂胆である。
その第一歩としての「制服改造」である。学校のルールとしても「アレンジは自由」となっているので、気兼ねなくいじることが出来る。
とはいえ、前世で平々凡々な普通の人として生きていた記憶を持つカインには思い切った事が出来ない。
ほどよくふざけてほどよく真面目な学生生活を送っていたので制服の改造などせずに過ごしていたし、サラリーマン時代もほどよく周りに馴染む普通のスーツを着て営業活動をやっていた。
良くつるんでいた友人達も、学ランの下にパーカーを着ていたり、学校指定のベストじゃなくちょっとおしゃれなニットベストを着てみたりする程度だった。カインもカラーを外して中のワイシャツを学校指定じゃない物に変えるぐらいしかやっていない。めっちゃ短ランにしてぶっといベルトとゴツいバックルを付けるとか、長ランにして裏地が昇り竜になっているとか、ブレザーの下に派手なシャツを着るとか、そういった改造もあるらしいとは風の噂で聞いたことがあったがそんな制服を着ている人を見たことは無かったし、そもそもそういった改造をしたいとも思わなかった。
こちらの世界でフード付きの服といえば魔法使いのローブや旅人や冒険者のマント、雨合羽ぐらいのものでおしゃれ着のフーディなどはない。
Tシャツの様なボタンの無いシャツはあるが、下着や肉体労働者の作業着のような扱いになるのでブレザーの下にシャツだけ着ていれば変質者だと思われる可能性がある。
実際に、魔法使いのローブの上からブレザーを着て襟からフードを外に出し、鏡の前でくるくると回っていたらイルヴァレーノに生ぬるい目で見られてしまった。
「せっかくの綺麗な顔が台無しだ。性格がおかしいのを隠すためにも普通に着た方が良い」
と大真面目な顔でアドバイスされてしまったのは三日ほど前の事である。
ネクタイの結び方でアレンジする、というおとなしい希望に対してイルヴァレーノが積極的で協力的なのは残念すぎるカインのアレンジを先に見ていたせいもある。アレよりは遙かにましだろうとイルヴァレーノの目が物語っている。
カインは制服を大きく改造するのは諦めて、ネクタイをリボンにしてみたり、セレノスタから貰ったブローチを付けてみたりと、学校が始まったら色々と周りの反応と様子をみながら徐々に着崩していこうとカインは考えなおしたのだった。
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