卒業
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「本当にもう。カインはディアーナが絡むとからっきしね」
母エリゼが大げさにため息をついて愚痴をこぼした。神渡りの夜に、カインが王城前広場で鐘を鳴らす列に並んでいた理由を聞いたからである。
サイリユウムの建国祭で、騎士行列に参加してから帰国の途についたカイン。
騎士行列は初日なので、街ではまだまだ催し物が次々と開催されて建国祭そのものは続いていくのだがそれらはパスして翌日にはサディスの街を出発した。
カインは飛竜に乗って国境まで飛ぶつもりだったのだが、建国祭中のために飛竜は全て貸し出し中で使えなかったのだ。
仕方なく馬車で三日かけて国境にたどり着き、ネルグランディ城からエルグランダーク家の馬車でさらに四日かけてやっと王都へと戻ってきたのだ。
そんなこんなで神渡りの日、カインはギリギリになってリムートブレイクの王都へとたどり着いた。
早くディアーナに会いたい一心で直接王宮へと向かったものの、エルグランダーク家の長男であると証明する物を何も持っていなかった為に入ることが出来なかったのだ。
入国の為に持っていたエルグランダーク家の紋章は、エルグランダーク家に所属しているという証にはなる物だったが、貴族家の本人である証拠にはならない物だった。
一度家に戻る事も考えたが、神渡りの日の夕方以降は使用人達が無礼講で宴会をしている時間帯であり、神渡り晩餐会のカインの分の招待状を探し出してもらうのに時間がかかりそうだと思って考え直したのだ。
三年も留学していた為に入場口を警備している騎士達に顔見知りがおらず、顔パスも効かなかった。ファビアンかティルノーアでも通りかかれば入れたのかもしれないのだが、ファビアンは近衛騎士団の副団長なのでこんな時は王族に侍っているし、ティルノーアは会場準備で力尽きて魔道士団詰め所あたりでぐっすり寝ているはずである。
「私かお父様を呼び出せば良かったでしょうに」
そこまで聞いてエリゼがさらに深くため息をつく。
エリゼの言う通りで、エルグランダーク家の紋章は持っていたのだから、それを提示すれば警備の騎士も主家の呼び出しには応じてくれたはずである。
「慌てていて、そこまで頭が回りませんでした」
「本当に、あなたはディアーナが絡むとポンコツね」
最終的に、カインは王城前広場に鐘を鳴らしに来るだろうディアーナを待ち伏せすることにしたのだ。
最初のウチは通用口の前に張り付いてディアーナが出てくるのを待っていたのだが、警備員が不審者を見る目で見つめてくるようになったので一旦離れ、どうせならと行列に並んで待つ事にしたのだ。
この広場に長時間とどまっても怪しまれない行動というのは何かというと、鐘を鳴らすために行列に並ぶことである。実際に、鐘を鳴らすのが楽しくて何回も並び直して鐘を打つ人も少なくないのだ。
貴族の子は、親がパーティを撤収する前に鐘を鳴らしてパーティ会場の方へ戻らなくてはならない。その為、日付が変わる少し前から並びだし、鳴らし終わったらすぐに撤収するという動きをするのがほとんどだ。
カインも、留学前はディアーナと一緒にカウントダウン前から並んで「ありがとうございました」「よろしくおねがいします」と大声を出し、鐘を鳴らしてパーティに戻るのが恒例となっていたのだ。
そのつもりで広場で待っていたのに、『アルンディラーノが沢山大作戦』のためにディアーナが広場に出てくるのが遅くなり、通用口の警備騎士に不審者と思われてしまった。
そんなこんなでカインは鐘を鳴らす行列に並んでいたということになるのだが、端から見れば「妹に会うより鐘を鳴らすのを優先した兄」にしか見えない状況になってしまったのだった。
アルンディラーノと合流できた後は、彼の口添えで通用口から王宮前庭のパーティ会場へと入ることができたのだ。
「王太子殿下にご迷惑をおかけして……。後ほどきちんとお礼を言っておくのですよ」
「もうお礼は言いました」
「せ・い・し・き・に。です」
「……はい」
言葉をはっきりと句切りながら、カインはエリゼに念押しをされてしまった。飲もうと思って持ち上げていたお茶の入ったカップを、カインはそっとソーサーの上に戻してうなだれた。
「まぁ、ジンジャー伯爵令嬢達に謝罪を受けてもらえたのは良かったわね」
エリゼはカップの中のお茶を飲み干し、扇子を広げて口元を隠した。しかし隠れていない眉尻が下がってしまっているので、あきれているのだとわかってしまう。
「ご迷惑をおかけいたしました」
「許してはくれたけど、もうあの子達はあなたのお嫁さんにはなってくれないわよ」
「当然でしょうね。優しい方達です。そもそも僕にはもったいない方たちでしたよ」
アルンディラーノの口添えでパーティ会場へと入れたカインは、まずはカイン嫌い令嬢三人の姿を探し、頭を下げて謝罪をした。心から、誠心誠意謝った。
一年をかけてディアーナと友情を深めてきていたティモシー達は、嫌味を言いつつもカインを許してくれたのだった。
ディアーナがこれから入学するド魔学に、ディアーナの味方となってくれそうな友人がいるということに、カインはことさら安堵をおぼえたのだった。
「馬車のご用意ができました」
「ありがとう。……時間のようね。あとわずかですけど、最後まで気を抜かずに頑張るのですよ」
ちょうどお茶の時間が終わる頃、神渡り休暇が終わりを告げた。
カインは飲みかけのカップをソーサーの上に戻すと立ち上がった。
「ちゃんと胸をはれる成績で卒業して参ります」
キリッとした顔で母に挨拶を返したカインだったが、屋敷の門の前でのディアーナとの別れではやっぱり行きたくないと駄々をこね、地団駄を踏み、最後にイルヴァレーノに馬車に放り込まれて出発するという、なんとも締まらない旅立ちとなったのだった。
「では、ジャンルーカ殿下。リムートブレイクへ参りましょうか」
「ええ、これから六年間、よろしく頼むね、カイン」
「私は、卒業まで後三年ですけどね」
「では、ディアーナ嬢とよろしくすることにします」
「・・・・・・留年して、お世話いたします」
「冗談だよ、カイン」
冬の終わり。カインは無事にサイリユウム貴族学校を卒業する事が出来た。
春の始まりからアンリミテッド魔法学園へと留学するジャンルーカと一緒に、リムートブレイクへと帰国する。
用意された飛竜の背にのり、地面を振り向くと、ジュリアンやシルリィレーア、アルゥアラットたちが手を振っている。コーディリアもディンディラナの弟たちに挟まれて手を振ってくれている。
国境まで飛竜で帰り、一旦ネルグランディ領へ寄って一休みしてから馬車で四日かけて王都へと向かう旅程である。
リムートブレイク王国の王都へとたどり着けば、いよいよゲーム開始に時間が追いつく。
カインがまだ会ったことのない同級生魔道士、腹黒下級生について思いをはせている間に、飛竜は大きく羽を広げて大空へと飛び立った。
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長かった留学編の終わりです
少しお休みをいただきまして、3月から学生編(名前未定。ド魔学編とかゲーム編とかかも)を開始予定です。
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