神渡り
一年最後の日。今日で古い神様が神様の国へと帰っていき、代わりに神様の国から新しい神様がやってきて新しい一年が始まる。
今年は十年に一度の大雪が降る年と言われており、三日ほど前から雪が降り始めて積雪量は三センチほどになっていた。
火の魔法が使える者が手分けして大きな通りの融雪をしたので馬車の通行に影響は出ていないが、狭い通りなどは昼に雪が解け夜に凍るを繰り返していた雪でざくざくの歩きにくい道となっていた。
そのため毎年恒例の露店の数は減ってしまっていたが、商魂たくましい一部の商人達はきっちりと暖かい飲み物や食べ物を並べて神渡りの街を盛り上げていた。
王宮の前庭もすっかり雪が溶かされており、いつも通り昼間のように明るくなるほどの光の魔石と、熱を放射する暖房の魔石が設置されて春の庭の様になっていた。
「正直、雪が降って助かりましたわ。足下が悪いし寒いのでって言えば男の子っぽい服装も不自然無く着ることができましたわ」
ケイティアーノがゆったりしたズボンの裾をつまんで淑女の礼っぽいポーズを取った。比較的スキニーなズボンをはいているのでつまんでも布が広がらなかったのでカッコつかなかった。
「ズボンって、足下が見やすくて雪道も歩きやすいですもんね」
「なかなか、面白そうなお話に誘っていただいて嬉しいんですの」
ノアリアもアリアナも外套の下、足下はスカートでは無くズボンをはいていた。フチにフリルが付いていたり、ベルトの代わりにリボンで腰を止めたりと少女らしくはなっていた。
王宮の正式な立食パーティにドレスでは無い姿で参加するのは勇気の必要な事であり、少女達それぞれの両親の、わがままを叶えつつドレスらしさを表現する精一杯の抵抗だった。
「持ってきた?」
ディアーナの問いかけに、ケイティアーノはコクリとうなずき、ノアリアとアリアナは外套の隙間からチラリと金髪のカツラを見せた。
また、会場の別の場所ではクリスとゲラントも濃い色のズボンをはき、外套の内側に金髪のカツラを潜ませて機をうかがっていた。
「今年一年、ご苦労であった。また、来年も国のために尽くし民のために労してくれることを願う」
「皆さん、今年一年見守ってくださった神に感謝し、迷わず帰っていただけるよう送り出しましょう」
「大いに楽しみ、明るく歓談して新たな神が迷わずたどり着けるようお迎えしましょう」
国王陛下、王妃殿下、王太子殿下と順に挨拶をし、そしてパーティが始まった。
光の魔法がかけられている魔石で、昼間の様に明るくなっている王宮前庭だが、強い光があると言うことは影になる場所があるということである。
植木の裏側、影になったところに入り込んだディアーナとケイティアーノは手早く髪をまとめ上げると金髪のカツラをスポッと頭に乗せた。
「ふふ。ケーちゃんは金髪になってもかわいいね」
「ディーちゃんはあんまり変わらないね。いつも通りかわいいよ」
向かい合っていつもと感じの変わった友人の姿を見て、変なところが無いかを確認しあう。
「ノアちゃんとアーニャちゃんも大丈夫かな」
「バラバラの場所から登場しないと不自然だからね」
生け垣の影側を、しゃがんだままで移動する。合図は王城前広場から一つ目の鐘が聞こえたら、だ。
さすがに、王太子殿下を鐘を鳴らす前から行列に並ばせるわけには行かない。平民に混じる時間は少ないに越したことは無いのだ。
鐘は、行列が無くなるまで鳴らし続けるし、年が明けて鐘を打ち始めれば行列がはけていくのはそれほど時間は掛からない。朝方まで行列が続くのは、同じ人が何回も並び直していたりするからなのだ。
だから、鐘が鳴り始めてから『アルンディラーノが沢山大作戦』を開始する。
そうして、ケイティアーノとディアーナ。ノアリアとアリアナ。アルンディラーノとクリスとゲラント。三組で時間をずらして鐘を鳴らしに行って、王宮前庭会場には常に「金髪の少年」がうろうろしている状態をキープする。
そういう作戦だった。
カラーンと遠くの空で鐘が鳴る音が聞こえた。
ディアーナとケイティアーノはお互いの顔を見て一つうなずくと、生け垣のそれぞれ反対側からそっと庭へと歩き出した。
肩を広げて胸を張って、いつも少し偉そうなアルンディラーノの歩き方をまねながら。
テーブルに並ぶ食事が半分ほどに減り、遠くの空で鳴っている鐘の音が三十回を数える頃、ノアリアとアリアナが
「交代だよ」
とディアーナ達に声をかけてきた。引き続き金髪ショートカットのカツラをかぶり、ズボンを履いた二人は少し興奮気味なのか頬が紅潮していた。
「男の子に見えたみたいなの」
「今回初めて、一人で大人の鐘を鳴らさせてもらえたんですもん」
いつもは、平民風の外套を羽織っていても、幼い令嬢だとバレているせいか『小さい方の鐘をどうぞ』と細い紐を渡されてしまっていたのだ。
今回はアルンディラーノ風に仮装していたため、大人用の鐘につながる太いロープを渡してもらえたのだという。
おしゃれを諦めてもらい、アルンディラーノの希望を叶えることを優先していたのだが、それで嬉しいことがあったのであれば良かったと、ディアーナも顔を緩めて「よかったね」と二人の肩をたたいた。
ケイティアーノと合流し、王城前広場につながる出口を通してもらう。
帰るときに必要な通行許可証の木札と平民に紛れるための外套を貸してもらい、外へ出る。
王宮前庭とは違い、魔石では無く燃える松明で明るく照らされた王城前広場はとても賑やかだった。
「みんな楽しそう。さ、ディちゃん早くならびましょう」
「うん。列がそんなに長くなくて良かったね、ケーちゃん」
すでに新年明けてから一時間ほどが経っている。鐘を鳴らすための順番待ちは広場の半径ぐらいまで縮まっており、並べばすぐに順番が回ってきそうだった。
二人で手をつないで、広場を横断して列の最後尾を目指す。子どもは待ちきれず早い内に並ぶことが多いため、今並んでいる人たちはディアーナ達よりも背の高い人ばかりである。
行列の最後尾にたどり着き、後ろに付くためにくるりと方向転換をしようとしたディアーナはぬれた石畳に足を取られて体勢を崩してしまった。手をつないでいたケイティアーノもつられて倒れそうになったのだが、列の前に並んでいた人がとっさに手を出して支えてくれた。
「大丈夫ですか? 冷えてきてぬれた石畳が凍り始めていますからお気を付けて……あれ」
支えてくれた人にお礼をしようとして顔を上げたディアーナに、その人は心配の声をかけつつ目を丸めた。
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