みんなのお茶会

イルヴァレーノがカインの土産を持ち帰ってから三ヶ月後。ようやくディアーナ仲直りの為のやり直しお茶会が開催されることになった。

やり直しのお茶会は、ディアーナ主催ではなくエリゼ主催ということになった。

招待状の宛先は各貴族家の夫人宛となっているが、『親子で参加』という条件が付けられていた。

親を通じて子ども同士が、子どもの友人関係を通じて親同士が新たな交友関係を築きましょう~という建前が伝えられているが、もちろんディアーナとカイン嫌い令嬢三人の仲直りの為である。

招待状が送られる以前から『最近エルグランダーク家では新しくて楽しいお茶菓子が振る舞われるらしい』という噂が広がっており、その珍しいお茶菓子を見てみたい食べてみたいと思っていた貴族夫人は多かった。


実際、お茶会に呼んで欲しいという声はいくつも届いていたのだが、エリゼはもったいぶってしばらくお茶会を開催せずに居た。

その甲斐もあって、招待状の返信の出席率はかなり高かった。親子連れで、という条件があるためにどうしてもお茶会に参加したい夫人は子ども達の予定を無理矢理に調整してでも参加を決めていたりもした。

カインが冷たくあしらって以降エルグランダーク家と疎遠となっていた三人の令嬢も、親が「よかったら」と気を遣いつつも参加したそうにしていたのを目の当たりにすれば、それでも参加したくないとは言えなかった。

大規模なお茶会であり、ディアーナとその取り巻き対自分一人という状況では無い、というのも心やすくされたのもあり、目的の女の子達は全員参加してくれることになった。



お茶会は、エルグランダーク家の中庭で行われた。招待人数が多いのもあり、石畳が広く敷かれている広場には丸テーブルが並べられ、いくつかある東屋にも椅子とテーブルがセッティングされている。

秋の終わりで外でお茶会をするには肌寒い季節なのだが、熱を発する魔法が仕込まれた魔石があちらこちらに飾られていて中庭全体が暖かく保たれている。


「さすが筆頭公爵のエルグランダーク家ですわね。この数の魔石を惜しげも無く飾り立てる事ができるなんて」

「本当に。でも、今回は立食なのですわね。高位貴族家のお茶会では珍しいのではなくて?」

「そういえば」


早めに到着した夫人達が、そんなこんなでさざめくように会話をしながらお茶会の開始を待っていた。

会場が屋内であろうと屋外であろうと、日中に開催されるお茶会が立食であることはあまりない。立ったまま飲食をする事ははしたない行為であると認識されているし、お茶やお菓子をドレスにこぼしてしまう危険もある。

なにより、お茶会はゆっくりと話をする為に開かれるものなので立ったままでは疲れてしまうし、話し相手を自分で捕まえねばならなくなるため、人の性格や爵位の高低などで気軽な会話がむずかしくなってしまうからだ。着席であれば、そのテーブルで一番地位の高い者や主催者が順に話を振ったりつなげたりといった差配を振るう事で会話を弾ませる事ができるが、立食ではそれが難しい。

筆頭公爵家であるエルグランダーク家で、お茶会が立食で開催されるのはとても珍しいことなのだ。

エルグランダーク家到着時には母子でそろってやってきた者達も、今はバラバラであちこちに散らばっている。

子ども同士は刺繍の会や学校などの友人同士でまとまって居たり、親同士も普段比較的仲の良い者同士で固まっている。ちらほらと、少し離れて母子だけでぽつんと立っている者も少数だがいるようだった。

ザワザワとそれぞれのグループで雑談に興じていたところで、エルグランダーク家の庭に面した大きな窓ガラスが開き、エリゼとディアーナが登場すると波が引くように静かになった。


「お待たせいたしました。本日はお寒い中お集まりいただきありがとうございます。快適に過ごしていただけるようにと、暖房代わりの魔石を設置しておりますが、暑い寒いがありましたらお近くの使用人に申しつけてくださいませね」

「本日はおいでくださいましてありがとうございます。留学中の兄がとても楽しい製菓道具を送ってくださいました。是非お楽しみください」


エリゼとディアーナの挨拶が終わると同時にティーワゴンを押したメイドがティールームの厨房から一斉に庭に広がっていく。


「さぁ、お好きなお茶を手にとりながら、こちらをご覧くださいね! 今からお茶菓子を作って見せますわ!」


そういってエリゼは綿菓子、コールドプレート方式のアイスクリーム、チョコフォンデュを次々に作って見せた。

綿菓子とチョコフォンデュはあらかじめ食べやすい大きさで作っておいたものが各テーブルに配られた。アイスクリームはコールドプレートの乗ったワゴンを押したメイドが各テーブルを巡り、その場で作って皿に分けている。


「自分でやってみたい方は、お声がけくださいね。使用人が使い方をお教えいたしますわ」


エリゼのその声に、刺繍の会に参加しているディアーナと同じぐらいの年齢の子どもたちはワッと製菓道具を乗せているワゴンへと駆け寄った。


「おほほほ。子ども達は無邪気ね」

「本当に。元気があってよろしいことですわ」


夫人達はそうやって子どもを温かい目で見守っている風の会話をしつつも、そわそわと視線を道具に飛ばしている。


「なるほどね。この為の立食形式でしたのね」

「色々移動して、自分でお菓子をつくって楽しめるようになんですね」

「確かに珍しいですわ。この、綿菓子というのは確かに綿のようですし、ふわふわで甘くて美味しいですわ」


ティモシー・ジンジャー伯爵令嬢と友人二人が庭の端の方にある東屋で、ピンポン球サイズの綿菓子をつまみながらお茶を飲んでいた。


「その綿菓子、お砂糖を糸状にして絡めた物なので砂糖の代わりにお茶に入れても美味しいんですのよ」

「うわっ」

「うひゃっ」


仲の良い三人だけで隠れるようにお茶を飲んでいた所に、突然ディアーナが現れたことで変な声が出た。


「ほら、こんな感じにじわじわと溶けていくのをゆっくり見るのも楽しいと思いませんこと? 私、すこし猫舌なものですからこの綿菓子が溶けきる頃に飲むとちょうど良いんですのよ」


そう言って、ディアーナが手に持っていたカップに小さな綿菓子を一つ落として、ほらとカップを差し出して溶ける様子を三人に見える様にした。

差し出されたカップの表面、じわじわととけていく綿菓子に注目し、そして視線を上げてディアーナの顔を見る三人。

ディアーナはにこやかに笑っているが、口の端や眉の角度が『緊張しています』と物語っていた。

前回、責め立てられたと感じて泣き、取り乱して立ち去ったティモシーは少しばつの悪い思いが胸に上がってくるのを感じた。


「えっと、あの。立食形式ですけれども休憩できるように椅子が用意されている場所もございます。この東屋もそうですわね。よろしかったら少しお話いたしませんこと?」


綿菓子が溶けきったカップを胸もとに引きよせ、恐る恐るといった感じで上目遣いで誘ってくるディアーナ。

友人と徒党を組んで自分を追い込んできた凶悪なちびっ子、というイメージが頭の中にあったティモシーとそのように聞かされていた友人二人は、それとは様子の違う弱々しいディアーナの姿にドギマギとしてしまい、自然と頷いていた。


東屋の外、見守るように立っていたサッシャがすっと後ろを向いてガッツポーズをしているのはイルヴァレーノだけが見ていた。

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