ティモシー・ジンジャー伯爵令嬢
「自分を知ってもらいたかったら、先に相手を知ると良いわ。自分に興味をもってくれている、自分を理解してくれているって思える相手には心を開くものだもの」
くるくると棒ペンを人差し指と親指で回転させながら、アウロラが言う。
高い位置にある窓から差し込む光が、孤児院食堂に舞うほこりを光らせている。
「仲良くなりたかったら…。そうだなぁ、相手の事を知ろうとして、できれば相手の好きなものを自分も好きになって同じ話題で盛り上がれるといいのだけど」
「相手の好きなものを、私も好きになる」
真剣な顔をして、ディアーナがアウロラの言葉をオウム返しにする。
「アディールの大冒険。私も主人公のアディルが大好きなんです♡かっこいいですよね。峠道で魔獣に襲われそうになっている村娘を颯爽と現れて助けた所とかかっこいいし、湖で大水蛇に襲われているウサギ娘を助けようとして、本当は大水蛇の方がウサギキックで沈みそうになってたって話に号泣する所なんかは可愛いなって思ったし。うざったく出てくるアマードルをスーパーアディルキックで山の向こうまで飛ばしちゃった時にはやったーって声にでちゃいましたもん……って、さっき私が返事していたら、話が弾んだとおもいません?」
嫌いな物を面と向かって良い物だから好きになれと言われる苦痛について説明する為にした話を、今度はディアーナが好きなキャラクタを同じように好きだとアウロラが話す。
確かに、今のアウロラの語りかけを聞いたディアーナは心がウキウキとして、アディル語りの続きをしたいと思ってしまった。
「うん」
素直に頷いたディアーナに、アウロラはにこりと笑って棒ペンを人差し指から小指に向けてくるくると指の間をくぐらせては戻していく。
「逆カプ、リョナ好き、メリバ好き、と私と真逆の方向を行く友人がいたのですが、友人は許容範囲激広マンだったので、割と私の激やばトークに付き合ってくれまして(以下オタ語り)」
「あ、え? うん?」
急によくわからない話を始めたアウロラに、ディアーナが若干体を引いた。
「つまり、意見を対立させるのは決して悪いことでは無いけれど、それをするにはまず信頼関係が無ければ破綻する。まずは同じ話題で盛り上がって、信頼関係を作る方がよいと思います。なんなら、ディアーナお嬢様のお兄様の悪口で盛り上がるのも有り寄りの有りだと思いますよ」
そう言って、アウロラはお茶目にウィンクをして見せた。
「お兄様の悪口なんて何も思いつかないけど、ありがとう。相手の事を知ってみるね」
人と仲良くなるコツを聞き、そして軽く実体験をしたディアーナは希望が見えた気がした。ずっと心の奥に重く沈んでいた物が少し浮いてきた気がして、思わずというように安心したような笑顔がその顔に浮かぶ。
「まじやばかわいすぎの大洪水。悪役令嬢とはおもえぬ素直さはまさに天変地異では?」
「?」
羽ペン作りで一緒になったときから、不思議な子だなと思っていたアウロラは、やっぱり時々よくわからないことを言う。しかし、ディアーナはもうアウロラのことが好きになっていたのでニコニコと聞き流した。
ひと月以上前の孤児院でのアウロラとの再会を思い出し、目の前の三人の令嬢に向き合う。
大丈夫、サッシャとイル君が協力してくれた。二人を信じる。そう心で唱えて東屋の向こうをチラリと見れば、グッと拳を握るサッシャとゆっくり頷いているイルヴァレーノが小さく見えた。
わからないように小さく頷き返したディアーナは、まずティモシーに向かって微笑んだ。
「ティモシー様は、今日のお茶菓子でお気に入りはございますか?」
「え、ええ。この綿菓子がふわりとして心許ないさわり心地ですのに、口にいれると思うよりも甘くて驚きましたわ」
「よかった! 私も綿菓子とても気に入っておりますの。空に浮かぶ雲を食べているような気持ちになりませんか? まるで『スレインと雲のお城』のミッドレイ姫になったみたいで嬉しくなってしまうんです」
ディアーナは定石通りに茶菓子の話から入った。
招待されたお茶会で、初対面の人と同じテーブルになることなどは珍しくない。そんな時は天気の話、お茶会で出された茶菓子の話などから会話が始まるのはよく有ることで、無難な会話の入りである。
いきなり誰かの噂話や経済の話などをするのは、お互いの背景や友人関係を把握している仲の良い友人同士のお茶会だけなのだ。
ティモシーもそれはわかっているので、礼儀正しくお菓子の感想を返した。それに対するディアーナのさらなる返しにティモシーは目をきらめかした。
「ディアーナ様は『スレインと雲のお城』をご存じですの?」
「ええ、一月前に母と観劇いたしましたの。とても素敵なお芝居でしたわ」
「そうですのね。ディアーナ様はどのシーンが印象に残っておりまして?」
思いもかけず、自分の好きなお芝居の話を振られたティモシーは、ディアーナに探りを入れる。本当に見ているのか? 自分が好きなお芝居の話をして気を引こうとしているだけなのでは無いかと、まだ疑う心が残っているのだ。
「お城から出られないミッドレイ姫を、スレインが雲のお城へ招待するシーンですわ。あのふわっと現れた雲の階段はどのようにしているのでしょうか? 本物の雲のようでとっても幻想的でした」
「一月前というと、スレインはベルディハ男爵令息が演じていた物でしょうか?」
「いいえ。私が見た回はアスレイという俳優さんがスレイン役を演じておりました。ベルディハ男爵令息の回はとっても人気でチケットが取りにくいのですってね」
「え、ええ。私もそのお芝居が大好きで、二十回見に行って五回ほどしかベルディハ男爵令息回を見られて居ないんですの」
「まぁ、素敵! 沢山見ているんですのね。やはり、演じる方が違うとお芝居って違う物ですの?」
「もちろんですわ! アスレイスレインがワイルド系イケメンだとすると、ベルディハスレインは優雅な紳士系イケメンなのですわ。同じお芝居ですのに、ミッドレイ姫をエスコートするシーンが全然違って見えますのよ。ミッドレイ姫もメレディスミッドレイの時とベレーミッドレイの時でまた雰囲気が違いまして、私はベルディハベレー回がやはり一番好きですわね」
疑いながら、さぐりさぐりディアーナと会話していたはずのティモシーは、いつしか生き生きと観劇について話していた。
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