人を好きになると言うこと

相手が貴族社会と関わりのない平民だからという気安さか、ディアーナはアウロラに話してみることにした。

兄がお見合いの前段階として設定されたお茶会で貴族令嬢を怒らせたこと。

兄は留学中で国内に居ないので令嬢に直接謝罪が出来ていないこと。

兄は隣国の学校で飛び級をしており、あと一年半ほどで帰ってくるということ。

兄が気持ちよく帰ってこられるように、自分で令嬢達の誤解を解こうとしたこと。

そして、それが失敗してしまってさらに怒らせてしまったこと。


「なるほどねぇ」


ディアーナの話を聞き終わったアウロラは、腕を組んで深く頷いた。鼻と唇の間に棒ペンを挟んでいるのでやや不細工な顔になっている。


「ディアーナお嬢様は、お嫌いな食べ物とかありますか? 嫌いな人とか、嫌いな物語なんかでもいいんですけど、苦手な物ってありますか?」


唇の上にペンを挟んだまま、器用に話しかけるアウロラ。鼻と唇に挟まれたペンが気になってしかたがないディアーナは、それでも聞かれたことに答えようと考えた。


「にんじんが苦手ですわね。お兄様と練習をしたのでもう食べる事はできますけれど。後は、そうですわね。『アディールの大冒険』に出てくる悪役のアマードルが嫌いですわ。主人公のアディルに対していつもせこい邪魔ばかりして物語が進まなくなるので、出てくるとイライラしてしまいますの」

「アディールの大冒険、私も読みましたよ。私はアマードル好きですけどね。ディアーナお嬢様はアマードルの良さがわからないなんてお子様ですね。物語が進まないのはアマードルのせいでは無くてアマードルにそそのかされていちいち悩んでしまうアディルの意思の弱さのせいですよ。せこい邪魔といいますけど、知能的なんですよアマードルの妨害は。冒険活劇として書かれている物語ですから、主人公は脳筋で、考えること無く力業でどんどん先へと進んでいく方がうけるのでしょうけれど、何の障害もなく順風満帆な冒険物語りなんてただの旅行ガイドブックじゃないですか。アマードルがいて、アディルを邪魔することで物語がもりあがっているんですよ。それに、アマードルの胸毛もじゃもじゃ描写とか男らしくていいじゃないですか。いちいち筋肉を見せつけてくるポージングで登場するとか楽しい人感がにじみ出てますし、邪魔しないときでもチョコチョコと通りすがってみたり遠くから様子見をしていたりする描写があって、存在感をアピールしてくるの可愛いじゃないですか。強くて頭脳派ででもちょっとお茶目で、アマードルめっちゃ良いキャラクターですよ」


ディアーナが嫌いと言ったキャラクターのことを、アウロラがめっちゃ褒めだした。若干早口でディアーナに反論させない勢いで褒めまくった。

アウロラの話が進んでいく内に、ディアーナの表情はみるみる険しくなっていく。一歩離れて様子を見ていたサッシャはハラハラとした顔で手を上げようとしたりやっぱり下げたりと所在なげにしているし、イルヴァレーノは厳しい表情でアウロラを見つめていた。


「ふふふ。ディアーナお嬢様怖いお顔。ねねね、自分が嫌いなキャラクタに対して面と向かって褒め称えられるのどんな気持ちですか? ねぇ、今どんな気持ち?」


棒ペンを鼻と唇で挟んだままの間抜けな顔であおるような言葉で問いかけられて、さらに馬鹿にされている気持ちになって怒りそうになったディアーナだが、淑女たれと教わったことを思い出して深呼吸して気を落ち付けた。

棒ペンを手のひらの上に落とし、口をむぐむぐと動かしてストレッチしたアウロラは、にこりとわらって改めてディアーナに向き合った。


「カイン様のことが大嫌いなのに、面と向かってカイン様の良さをまくし立てられたご令嬢は、きっと今のディアーナ様みたいなお気持ちだったのではないでしょうか?」

「あ」


不機嫌な顔から一転、目からうろこをポロリと落っことした顔をしてディアーナはぽかんと口を開けた。


「たった一回、羽ペン作りでご一緒しただけですけど、ディアーナ様のお兄様が楽しくてお優しい方なのはわかります。ディアーナ様のことをとっても大事になさってるんだなって思いましたもん」


にこりと笑うアウロラの顔はまるで太陽の様で、目を丸くして口をあけていたディアーナもほんのり頬を染めた。


「でも、人の好き嫌いって相手が良い人かどうかとはまた別の話なんだと思うよ。もうね、一度嫌いになっちゃうと優しく手を差し伸べられても余計なお世話に感じてしまったり。微笑みを向けられているのに嘲笑われていると感じてしまったり。ディアーナ様のお兄様がちゃんと優しくて楽しくて頼もしい方なのだとしても、一回嫌いになってしまった方に外野から何を言っても、フォローをしても余計こじらせてしまうんじゃないかな」


十歳の少女の話し方では無い。食堂の壁際に控えて聞いていたサッシャや騎士二名もいつのまにかアウロラの話に聞き入っていた。


「じゃあ、どうしたら良いと思う?」

「そうだねぇ」


ディアーナも、平民に対する貴族令嬢としての話し方を忘れ、膝に手を置いて身を乗り出してアウロラに迫る。アウロラも手に持った棒ペンで自分のほっぺたをぺちぺちとたたきながらディアーナの問いに気楽な言葉で返している。


「まず、ディアーナ様のお兄様のことを好きになってもらうのは諦めたらいいんじゃないかな」

「はぁ!?」

「お兄様を好きになってもらうのは一旦置いておいて、ディアーナお嬢様とご令嬢が仲直りする方を優先しましょうよ。大好きなお友達の身内って悪く言いにくいもんですし、お嬢様とご令嬢が仲良くなればお嬢様のお兄様も謝りやすくなりますよ。たぶん」

「たぶん」

「そう、たぶん。人の心を操ろうったってそうはいきませんしね。絶対は無いですけど、お友達と仲良くなれるコツはあります」

「仲良くなれるコツ!?」


さらに身を乗り出してアウロラに迫り、続きを聞こうとするディアーナ。

おやつを食べ終わった子ども達はとっくに食堂から出て行って庭で遊んでいる。大きなテーブルの前に額を付けるように向かい合って座る美少女二人と、それを見守る騎士と侍女と侍従。

騎士二人とサッシャは感心したような顔で見守っていたが、イルヴァレーノだけが厳しい顔をしてアウロラを凝視していた。

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