出来るか出来ないかじゃない やるんだよ!
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やはりまずは直接謝罪をする事が重要である! と立ち上がったカインを隣に座っていたイルヴァレーノが肩を押さえて座らせた。
「確かに、この手紙を見る限り令嬢がお怒りになられたのは、仲直りのためのお茶会だと思ったのに謝罪も無くカイン様の良いところを一方的に並べ立てられた為であったと読み取れますね」
そこには、ディアーナの悪気は全くない。謝るべきはカインであり、ディアーナが代わりに謝るというのも変な話である。カインが謝罪の手紙を出したことはディアーナも知っていたのもある。
「問題は、この最初のご令嬢から話を聞いた他のお二方もお茶会の招待を辞退されたということでしょうね」
そう。カインのプレお見合いお茶会に呼ばれていたのは、カインと同じ年齢の令嬢だった。つまり、三人の令嬢は今同じ学校に通っているのだ。伯爵令嬢二人に侯爵令嬢一人と爵位も近いのだから、友人同士になっていてもおかしくは無い。ティモシーがお茶会であったことを友人二人に話していれば、残りの二人だっていじめられるとわかっているお茶会にわざわざ出席したりしない。
ディアーナは最初の一回の失敗で、挽回の機会を失ってしまったのだ。
「嫌われているのは僕であってディアーナじゃない。悪いのも僕なんだから、僕が帰国して直接謝れば良い話だろ? そういうわけなので、お金貸してください」
そう言ってまたもダレンの前に手を差し出すカインだが、隣に座っているイルヴァレーノからペシリとその手をたたき落とされた。
「しっかりしなよ、カイン様。ちゃんと手紙読みました?」
「一枚目の装飾豊かな挨拶は読み飛ばした」
「一枚目は良いけど、それ以外も読み飛ばしてるよ」
イルヴァレーノは大げさにため息をついてテーブルの上に広げられている手紙を手で引き寄せた。
イルヴァレーノの砕けた口調にダレンが一瞬眉毛をつり上げたが、この場には他に誰もいない事を確認して、一旦黙って話を聞く体勢に戻った。
サッシャは現在ディアーナの侍女であるが、元々子爵家の令嬢である。ド魔学も優秀な成績で卒業しており勉強も礼儀もきちんと出来る女性である。
そのため、手紙の一枚目全部を使って装飾過多な挨拶が書かれていたのだ。貴族の手紙には良くあることで、カインも礼儀作法担当の家庭教師から習っていた。
「お茶会当日の夜はディアーナ様も落ち込んでいらっしゃったけど、今はなんとか挽回してやろうと努力していらっしゃるって書いてある」
「ディアーナは頑張り屋さんで偉いなぁって思ったよ」
「サッシャに向かって『お兄様には内緒よ』と言ったとも書いてあります」
「え? そんなこと書いてあった?」
カインの言葉を聞いて、やっぱりねという顔をするイルヴァレーノ。カインは自分をディアーナの絶対的な味方であり保護者であると考えている節がある。
ディアーナに困ったことがあればカインを頼るはずだし、悩み事があればカインに相談するはずだと思っている。
確かに幼い頃、二人して公爵家の屋敷の中で過ごしていたときはそうだったかもしれない。しかし、カインが留学してからの一年間。イルヴァレーノとサッシャとディアーナで過ごす、カインの居ない時間がディアーナを成長させているのだ。
ディアーナはカインが応援していなくてもにんじんを食べられるようになったし、読書中に読めない単語がでてくればそばに居る人に聞くのでは無く辞書を引くようになった。
転んで膝をすりむいても、薔薇の生け垣で隠れんぼをして手のひらにとげが刺さっても、
「お兄様を心配させたくないから黙っていてね」
と言うようになったのだ。
アルンディラーノ王太子殿下とカインからもらう手紙の枚数で取っ組み合いの喧嘩した時も、
「お兄様に心配かけないように、仲良くしてるって書きましょう」
と王太子殿下に約束させていたとサッシャが言っていた。
イルヴァレーノがサイリユウムに残るためにディアーナと別れて半年以上経つ。さらにディアーナは成長していることだろう。
「カイン様がこちらで頑張っているように、ディアーナ様だって向こうで頑張っているんですよ。カイン様の為に、カイン様に内緒で環境を整える努力をしているんです。それをカイン様がぶち壊しにしてどうするんですか」
「うっ」
ディアーナの思いを壊すと言われれば、カインは黙るしか無い。ディアーナが困っているならば、すぐにそばに行って慰めて、そしてやろうとしていたことにお礼を言って、その心の優しさを褒め称えねばならないとカインは考えた訳だが、それをイルヴァレーノが押しとどめる。
「何も、ディアーナ様をほっておけと言うわけじゃ無いですよ」
手紙には、ディアーナをそれとなく励ますような手紙を書いてあげてほしいという事が書かれている。そして、これ以上令嬢との仲を取り持とうとしなくても良いように導いてあげてほしいと書いてあった。
元々、令嬢達を怒らせたのはカインである。そして令嬢達とディアーナは年齢も離れているのでド魔学入学後でもさほど接点があるわけでもない。ティモシー嬢については残念ではあるが、ここで『カインの好感度アップ作戦』を終了してしまえば、ディアーナ自体にはさほどダメージは無いのだ。
令嬢達がド魔学を卒業して社交界へと参加するまではまだ間があるわけだし、相手としても一度きりのお茶会で不快な思いをしたという事を四、五年も引きずってはいられない。相手は公爵令嬢というのもあって、大人になった頃には当たり障りの無い関係として相対することができるだろう。
これ以上傷を深めなければ、だが。
だからサッシャは、これ以上ディアーナが傷つかないように、もうやらなくても良いという方向に話を持って行ってくれと言う内容の手紙を書いたのだ。
「でも、それをしてしまえばディアーナは人を傷つけてしまった事をいつまでも悔やむんじゃ無いか……」
事なかれ主義で、時間に解決を任せましょう。それは確かに方法としてはありなのだが、カインはディアーナの心に影を残しそうなのが心配だった。
「カイン様らしくないですね」
しょんぼりと肩を落としたカインに、イルヴァレーノは肩をすくめた。カインが顔をあげてイルヴァレーノを見上げれば、皮肉っぽく右の口角をあげて笑う顔が見えた。
「出来るでしょう? この遠い場所からでも、ディアーナ様に気づかれないようにディアーナ様を助けることが」
「イルヴァレーノ?」
肩を落とし、少し背中を丸めたまま、カインはイルヴァレーノの皮肉っぽい笑顔を見つめた。
「カイン様なら、できるでしょう? ……出来なくても、やるでしょう?」
別に、イルヴァレーノ自身に何か良いアイディアがあるわけでは無かった。でも、イルヴァレーノは確信している。カインなら、何か考える。思いつかなくてもひねり出す。
そう信じていた。
それは、イルヴァレーノが幼い頃からカインとディアーナの兄妹を誰よりも一番近くで見てきたからこその確信だった。
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