最悪な過去

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カインが受け取った手紙はサッシャからの物で、その内容はディアーナ主催のお茶会が失敗に終わったことが書かれていた。

大慌てで半分パニックになっていたカインの言動は何を言っているのかさっぱり要領を得なかったので、イルヴァレーノはカインが差し出してきた手紙を開いてその内容にざっと目を通した。

手紙の内容は、底の底まで下がっているカインの好感度をアップしてカインが帰国しやすいようにしようとディアーナが奮闘した事と、そのお茶会が失敗してしまったことが書かれていた。


「ディアーナを助けに行かなくちゃ! ダレン、お金かしてください!」

「落ち着いてくださいカイン様」


イルヴァレーノが手紙を読んでいる間にも、カインは両手をお椀の形にしてダレンに差し出している。

イルヴァレーノはため息をついて手紙をカディナに渡すと、カインの方へと足を向ける。


「読んで良いの?」

「サッシャからの手紙だから読んで良い。意見を聞かせて」

「ほいよ」


手紙を受け取ったカディナは確認してから手紙をぱらりと開いて中身に目を通し始め、イルヴァレーノはカインを後ろから羽交い締めにした。


「手紙の中で『手紙を出したことはお嬢様には内緒に』って書いてあったでしょう? 助けに行ったらサッシャが手紙で窮状を訴えたことがバレてしまいますよ」


イルヴァレーノがそう言ってカインを落ち着かせようとするが、カインは固定されていない下半身をジタバタさせてもがいている。


「そんなことは些事である! 僕のせいでディアーナが女の子達に意地悪されたと勘違いされて嫌われている現状がまずいんだよ! 挽回すれば、最終的にはディアーナもサッシャの機転に感謝するよたぶん!」

「えー。ディアーナ様の気性を考えるとそんなことなさそうだけどなぁ……なさそうですけど」


カインの言葉に、手紙を読み終わったカディナも懐疑的だ。コホンとダレンに後ろから咳払いで言葉遣いについて注意を受けて言い直している。


「ディアーナを、意地悪な女の子にさせるわけには行かないんだよ!!」


羽交い締めにされている腕と背中を支点にカインは大きく両足を上げてイルヴァレーノに体重をかけ、イルヴァレーノが一歩よろけたところで足を下ろし、その勢いでイルヴァレーノを背負い投げの要領で放り投げた。

イルヴァレーノは途中からわざと投げられ、くるりと一回転して前方に着地した。

そこからにらみ合うカインとイルヴァレーノだったが、やがて後ろからパンパンと手を打つ音が聞こえてきた。


「カイン様、リムートブレイクへお戻りになるにしても本日はもう遠方へ行く馬車も出ませんし飛竜も飛びません。一旦お茶でも飲んで落ち着きましょう」


ダレンだ。その手にはカディナから回ってきた手紙があり、顔はにこやかだった。


「でも……」


この場で唯一の大人であるダレンから、落ち着けと言われて少し息を吐きだしたカインだが、まだ未練ある感じで言いつのろうとする。


「無策で帰国なさったところで、ディアーナお嬢様をお救いできるとは限りませんよ。知恵は三つ以上寄せろということわざもございます。まずは作戦会議と行こうではありませんか」


カインの慌てぶりに、ダレンはひとまず『帰国したい』というカインの希望については反対せず、帰国する前にやることがあると示すことで落ち着かせようとした。


「そ、そうだね。……そうだね、ありがとうダレン。ちょっと焦っていたよ」


イルヴァレーノに向かって威嚇のポーズを取っていたカインは、姿勢を正すと照れくさそうに後ろ頭をポリポリとかいて苦笑いを浮かべていた。




サロンの中、カインが飛び込んできて突っ込み空中回転したことでずれたテーブルや椅子が使用人達によってきれいに戻された。勉強会で使っていた教科書などはテーブルの端によせ、カインとイルヴァレーノ、カディナ、ダレンがテーブルに着いてお茶で一服している。


「手紙の中で、サッシャが五回も『本当はカイン様に頼りたくは無い』って書いてますよね。よっぽど自分でディアーナ様をお支えしたかったんですねぇ」


カディナがそう言いながらお茶請けとして出されたナッツをかじる。ポリポリとほっぺたから堅そうな音が聞こえてくる。


「『貴婦人の夕べ』だかって小説の完璧な侍女を目標にしてるらしいからね」

「あ、それ知ってる。『優雅なる貴婦人の夕べ』でしょ。コーディリア様もお読みになっていらっしゃったわ」

「リムートブレイクの書物ですかな? しかし、その話は置いておきましょう。まずは手紙に書かれている内容から整理しましょう」


イルヴァレーノとカディナで話がそれそうになったのを、ダレンが戻す。

カインは目の前に五枚の便せんを並べてそれらをにらんでいる。


「こちらの手紙に書かれている『好感度が下がりきっているご令嬢達』についてなのですが、どういったことなのでしょう? 私はエルグランダーク家にお仕えするようになってまだ一年にもなりませんが、坊ちゃまが人から、特にご令嬢から嫌われるというのが想像できないのですが」


ダレンがそう言って困った顔をしてイルヴァレーノを見る。なんで嫌われてんの? と本人には聞きにくいのでカインの侍従であるイルヴァレーノに聞いたのだ。

カインは、基本的に女性には優しい。前世で女性と関わる事が多い仕事をしていたというのもあるし、ここが乙女ゲームの世界だと認識しているせいでもある。

エルグランダーク家サディス邸には休息日や放課後ほんの数時間しか居なかったりするのだが、それでも使用人には丁寧に接するし特に女性には優しい態度で対応する姿をダレンはよく見ているので、カインが女性から嫌われるというのが想像できないのだ。


「お見合い前の顔合わせとして何人かの令嬢と一対一のお茶会をしたんですが、その時にディアーナ様を同席させたんです。それで「せっかくなので二人で話したい」とディアーナ様を退席させようとした令嬢に『退席するのはあなたの方だ』と令嬢の方を追い出したり、ディアーナ様がわからない少し難しい話題を振ってきたり、ディアーナ様を無視して二人で会話を進めようとした令嬢に対して完全に無視してディアーナ様とばかり会話したりして怒らせたんですよ」


カインは頭を抱えている。今になってみれば、自分が悪かったというのもわかっている。

前世で営業職だったのだから、話術で適当にあしらえば良かったのだ。自分が人見知りだからとか、綺麗な令嬢と二人きりだと緊張してしまうからだとか適当な理由を述べて、そんなことを言わずに三人で楽しみましょうと誘導すれば良かったのだと、今ならわかるのだ。

だけど、当時は目の前でディアーナをないがしろにされて頭の中の何かがプツンと切れたのだ。アルンディラーノに対して魔法を放った時から何も成長していない。

これだから、母エリゼから「ディアーナが関わったときのあなたは本当にひどい」と言われてしまうのだ。

頭を抱えているカインを、カディナとダレンがなんとも言えない顔で見つめている。


「カイン様は一応その後令嬢達に謝罪しようとしたんですけど、心の傷が癒えるまで時間をおいて欲しいとご令嬢達の家から一旦拒否されました。そして留学が決まってしまったカイン様はその後サイリユウムに来てしまいましたので、謝罪しないまま今に至っているんです」

「手紙は出した! 謝罪の手紙はちゃんと出したんだよ⁉」


イルヴァレーノの説明に、ガバリと頭を上げて言い訳をするカインだったが、


「最悪ですね、カイン様」

「最悪でございますねぇ、カイン坊ちゃん」


カディナとダレンから、可哀想な人を見る目で見つめられてしまった。

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誤字報告、いつもありがとうございます。

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