不器用な鳥
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青い羽を見つけられないまま、そろそろ東屋に戻ろうかと言い始めた時のことである。
ディアーナの帽子の鍔に、ポトリと何かが落ちた感触があった。
「? お兄様。帽子に何か落ちてきたようですわ。観てくださいます?」
ディアーナは小さく頭を傾けてカインに帽子の鍔を見せようとした。鳥男爵邸は、男爵も執事も『邸』と言い張っているが、ガラス天井の温室状態なので日光がさんさんと降り注いでいるのである。当然、ディアーナのお肌を心配するサッシャは帽子を脱がせなかったのだ。
カインがディアーナの帽子のつばをのぞき込めば、リボンと花飾りのついた隙間に小さな卵が挟まっていた。
「卵?」
帽子のつばと飾りの間からつまんで取り出し、目の高さにあげて色々な角度から眺めてみる。うっすらとグリーン掛かった卵は、所々に一段濃い色の緑の斑点が散っている。大きさはウズラの卵と鶏の卵の中間ぐらいだ。
カインの手にある卵をみようとしてディアーナがつま先立ちをしてのぞき込もうとしているのに気がついて、カインは卵を手のひらに載せてディアーナの目の前に差し出した。
「卵ですわね。薄いグリーンがきれいですけど、何の卵でしょう」
カインの手のひらに載っている卵を、ツンツンと指でつつきながらディアーナが首をかしげた。
「あそこから落ちたのでは?」
そう言ってイルヴァレーノが空を指差す。カインとディアーナも一緒になって上を見上げると、細い枝の上に鳥の巣が半分壊れた形で乗っかっていた。
「……あれは、アボディスの巣ですね。アボディスは巣作りが下手なので、時々雛や卵が落ちてしまうことがあるんです」
執事が残念そうな顔でそんなことを言う。
確かに、教育テレビなどですでに絶滅してしまっていたり、絶滅危惧種になっている動物の特集なんかでは『なんでかわからないが生きるのが不器用すぎる動物』などが紹介されていることがあった。 カインは前世で、動画編集中のBGMとして教育テレビをだら流しにしていることがよくあった。なので、時々変な雑学を知っていることがある。
アボディスの巣がある木の根元をみると、ワラ等を敷いて落ちた卵や雛が割れたり怪我をしたりしないようにされていた。それでも、勢いが強かったり落ちた場所が悪かったりすれば救えない事もあるのだろう。
「落ちた卵はどうするんですか?」
カインが手のひらの卵を両手でそっと包みながら聞いてみた。両手で包んだ方が暖かいかなぐらいの軽い気持ちではあるが、無意識でそう動いていた。
「巣に戻すのが一番なのでしょうが、ああやって半壊している巣では戻したところでまた落っこちてきてしまいます。ですから、保育器で育てます」
その言葉に、カインが目を丸くした。保育器というのはおそらく孵卵器、インキュベーターの事だろう。この世界にそんな物があった事を意外に思ったのだ。
「親鳥の代わりに卵を温める機械があるんですね。それなら安心なのかな」
「孵化する可能性は三割ほどです」
ほっとしたのもつかの間、執事が示す孵化率は安心できる数字ではなかった。
ここは、レンガの壁とガラス天井に囲われた花鳥園の様な作りなので、鳥たちの天敵となる動物は居ない。餌も、鳥男爵と執事で用意した餌を与えているということだった。
「巣を二つに分けましょうか。その羽入れにしているバスケットをいただいても?」
カインは執事が持っていたかごを指差した。困惑顔の執事は、それでも中から拾った羽を取り出して広げたハンカチの上に乗せると、空になったかごをカインに手渡してくれた。
カインはもらったかごの持ち手を根っこから風魔法で断ち切ると、その辺に落ちている小枝や落ちてくる卵を受けとめるために敷かれていたわらをかごの中に敷き詰めた。
「ディアーナ、その良い感じの棒をもらってもいいかい?」
「鳥さんを助けるために使うのですわね? もちろんですわ」
花鳥園散策の最初に拾っていたディアーナの枝を受け取り、カインは目の前の木の一番低い位置にある枝と幹に結びつけて土台を作り、その上にわらや小枝を敷き詰めたバスケットを載せた。
幹と枝とディアーナの枝にそれぞれひもでバスケットを固定すると、その中にディアーナが拾った卵をそっと置いたのだった。
「これで様子を見て。こちらの巣の卵も温めてくれれば幸運だなということで」
「こんなことで?」
「ええ」
カインが前世で営業先の幼稚園の先生から教わったことなのだが、巣から落ちた雛を巣に戻すとき、枝が高すぎて戻せないときは同じ木の低いところにお椀などに入れた雛をくくりつけても良いのだそうだ。親が雛を認識できれば餌をやりに来るらしい。卵も巣の近くであれば暖めてくれる事があるとも言っていた。
しかし、卵は落ちたところで割れてしまう事がほとんどで、運良く割れなかったとしても半日以上温められずにいると死んでしまうらしく、拾った時点で落下からどれくらい経っているのかわからなければ巣に戻さない方が良いと幼稚園の先生は教えてくれた。孵らない卵をいつまでも温め続けてしまうからだそうだ。
その点、この鳥男爵の楽園は一日三回鳥男爵と執事で見回りを行っているそうだし、それとは別に鳥男爵が趣味で邸内をぐるぐる巡っているらしい。卵が落ちているのを半日以上見逃すと言うことはないだろう。そもそも、この卵はディアーナの帽子の上に落ちてきたのだからたった今落ちたばかりと判断して良いだろう。
もちろん、同じ木といえどもカインが背伸びをして枝をくくりつけられる程度の高さにしつらえられた新しい巣なので、育児放棄されてしまう可能性もあるのだが。
「卵は半日放置されると冷えて育たなくなるって聞いたことがあります」
「お坊ちゃまはお詳しいですね?」
「私のお兄様ですもの」
「この卵を暖めてくれるか、今日は頻繁にチェックしてあげてください」
カインの言葉に、執事が静かに頷いた。公爵家の子ども達がただの好奇心で遊びにきただけと思っていた執事は、この件で少し見直したのだった。
バスケットを巣の代わりにしてしまったので、中に入れていた羽は皆で手分けして持つことになった。両手が塞がってしまうので、羽拾いは終わりにして最初の東屋へと戻る。
「やあ、お帰り。ご希望の羽は拾えたかな?」
「いいえ。羽は沢山拾えたのですけれど、青い羽は拾うことができませんでしたわ」
鳥男爵の言葉に、ディアーナが残念そうな顔で応えた。
執事は、お茶を入れ直しますと言って席を外し、カイン達は拾ってきた羽をテーブルに広げて鳥男爵に見せ、その鳥の種類や羽の種類についてのうんちくを聞いていた。
「鳥男爵様、そういえば途中で小さな天幕を見かけました。アレはなんですか?」
羽拾い散歩の最中、一人用サイズのテントのような物を見かけたのだ。幼少期にカインの部屋でシーツで作った秘密基地の様な、本当に簡単な物だった。資材置き場か何かだと思って雑談のつもりで聞いたカインだったのだが、
「ああ、私の寝室だよ」
と何でも無いように鳥男爵が答えた。
「寝室?」
忘れそうになるが、ここはあくまで邸の中なのだ。下は土でよく歩く場所以外には草が生えていて、木もわさわさと生えていて、天井からはさんさんと太陽が降り注いでいるが、鳥男爵邸なのである。
「ガラス製だが屋根もある。雨に降られることもないし、わたしの愛する鳥たちと同じ空間にいられるのだから、素晴らしい寝室だろう?」
「はぁ」
カインとイルヴァレーノ、サッシャとディアーナがお互いに顔を見合わせた。
羽拾いの散歩中、他にもレンガで作った小さなかまどのような物と、鳥にかじられてボロボロになった小さなクローゼットがぽつんぽつんと置いてあるのも見かけたのだ。
この分だと、かまどはこの邸の厨房で、クローゼットのある場所が衣装室なのだろう。
「本当に、鳥がお好きなのですね」
「好きだとも! 好きで追いかけて、見たことのない鳥を探して旅をして、そうして集めた鳥の羽を少しばかり帽子屋に売ってやったら、大評判になってね。直接取引をしたいが、商会を立ち上げているわけでもない平民から物を買うなど出来ぬといって、とあるお貴族様が男爵位をくださったのさ! おかげで、貴族でなければ出入りできない高級な鳥屋にも入れるようになったのだから、やはり鳥はわたしの運命の恋人なのだよ!」
鳥男爵の鳥愛演説がまた始まってしまった。これは長くなるか? と思っていたところで執事が茶を持って現れた。きっと途中で見かけたかまどで湯を沸かしているのだろう。
皆にカップを配り、大きめのポットから順番に茶を注いでいき、ディアーナのカップへとお茶を注いだその時。
「湯を用意するのに、ついでに確認して参りましたら先ほどの新しい巣に母鳥がおりましたよ。上の巣を父鳥が、下の巣を母鳥が暖めるようです」
と、執事が教えてくれた。
「まぁ、良かったわ。元気なひよこさんが生まれると良いですわね」
ニコニコするディアーナと、静かにうなずく執事を交互に見ていた鳥男爵が、
「何の話だ?」
と聞くので皆で先ほどあった卵落下事件について話してみれば、
「なんと! では君たちは我が愛鳥の命の恩人というわけですな」
と、鳥男爵はいたく感動したようでその場で号泣し始めた。
「愛が重くない?」
「普段のディアーナ様に対するカイン様と変わりません」
まだ無事に孵るかもわからない鳥の卵に対して号泣する鳥男爵に引いてイルヴァレーノに同意を求めたカインだが、イルヴァレーノにあっさりと否定された。
「僕、あんな?」
眉毛を下げたカインにたいし、ディアーナの後ろに居たサッシャも深く頷いていた。
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トリックオアトリート!
あにてん小説5巻、コミック2巻の発売まであと10日!
誤字報告いつもありがとうございます。
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