鳥男爵の邸はまるでジャングル
東屋の中へと案内されると、先ほどの執事がお盆にティーセットを載せてやってきた。下が地面むき出しでティーワゴンを使う事が出来ないため、人数分のティーカップとソーサー、砂糖やミルク、ティースプーンとお茶菓子用のカトラリー、と順番に何往復もしていた。
「お手伝いさせてくださいませ」
なかなかそろわないお茶の準備にしびれを切らしたサッシャが声を上げると、イルヴァレーノも一緒になって執事について行った。
執事とサッシャとイルヴァレーノがそろって持ってきたお茶菓子は、目玉焼きだった。それぞれが自分の主人の前に目玉焼きの載った皿を置くとき、執事を除いた二人はとても複雑な顔をしていたのがおかしかった。
「さて、ご訪問の目的は羽ペン用の羽が欲しいとのことでしたが」
茶と茶菓子(?)がそろったところで鳥男爵が口を開いた。テーブルの上に肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せている。その行儀の悪さにサッシャは顔をしかめたが、会話を邪魔するつもりはないらしく口は閉じていた。
「羽ペン用の羽であれば、道具屋でも文具屋でも売っておりますよ。むしろ、お貴族様でしたら完成している羽ペンをお買いになればよろしいでしょう」
鳥男爵の言うことはもっともである。ディアーナが欲しいのは青い羽で出来た羽ペンであり、青い羽ペンというのは高級な文具屋に行けば無い事はないのだ。
「青い羽が欲しいのですわ。白い羽を染めた物ではなく、元から青い羽を使った羽ペンが欲しいんですの」
ディアーナが、仮の姿を発揮して答えた。
元々は、幼い頃のディアーナがデリナという名の使用人が持っていた青い羽ペンをほしがったのが始まりである。それは、デリナの孫が拾ってきた羽を、デリナの息子が羽ペンに加工してくれたという家族の仲の良さを象徴するような物だった。使用人という立場では、ディアーナが強くわがままを通せば羽ペンを譲ってしまう所だっただろうが、カインが間に入ってそれを止めたのだ。
そして、自分たちで羽を見つけて、デリナの息子にペンに加工してもらおうと言うことになって庭などの邸の周りを探し回ったけど鳥の換羽期ではなかった為にその時は羽は見つからなかったのだ。
その後も、領地へと遊びにいけば領地の庭や森でも鳥の羽探しはやっていたのだが、あいにくきれいな青い羽は見つからなかったのだ。
「青い羽ですか。羽ペンに出来るとなると結構な大きさですしね。ディールガ鳥かアボディス鳥でしょうか」
「オーチャンハアカヨ! アカイハネキレイネ!」
真面目な顔で青い羽の鳥について考える鳥男爵の肩で、赤い鳥がまるで会話を理解しているかのようにしゃべった。
しっかりと肩に食い込んだ鳥の爪は鋭くて、鳥男爵の着ている服は肩の部分に穴が開きそうになっている。痛く無いのか? いや、痛いだろう! とカインは鳥の足下から目が離せなくなっていた。表情は、なんとか貴族らしく朗らかな笑顔を浮かべているが、鳥が肩の上を移動するたびにハラハラしていた。
そんなカインの気持ちはしらず、鳥男爵は紅茶を一口飲むと東屋の外を振り仰ぎ、指笛でピューイと響くように口笛を吹いた。
「?」
ディアーナが首を小さくかしげつつもお茶を上品に飲んでいると、上空からバサバサと大きな羽の羽ばたき音が聞こえてきた。
「鳥さん?」
東屋の外、ガラス天井から日の光がさして明るくなっていた地面を一瞬大きな影が横切った。驚いたディアーナが慌ててカップをソーサーの上に戻すと、バサバサと先ほどよりも大きな羽音をならして東屋の手すりの上に青みの掛かったグリーンの大きな鳥がやってきた。
さらに、鳥男爵がピューピュッピュッピュと先ほどとは違うリズムで指笛を鳴らすと、同じように東屋の前の地面を影が横切り、先ほどの鳥の隣に今度は紺色から水色にグラデーションがかった色をした尾の長い大きな鳥が止まった。
「いまウチにいる青い鳥というと、この二羽ですかね。緑っぽいほうがディールガ鳥で、頭から尾にかけて色が薄くなっているのがアボディス鳥です。つがいで飼っていますが、雌は赤系の色なのですよ」
「おっきい!」
「きれいな青色!」
鳥男爵が胸を張り、どや顔で解説をしてくるが、ディアーナとカインはその鳥の大きさときれいな色に興奮してほとんど聞いていなかった。
「サシティルという鳥も青いのですが、小型の鳥なので羽ペンには向かないのですよ。ただ、群れで飛ぶ姿がそれはもう美しくて美しくて。本当はサシティルの為にももうちょっと広くて天井の高い邸を作れれば良いんだけど、大工の棟梁がそれなら柱を増やせとか言うしね。柱なんか増やして鳥がぶつかって怪我したらどうするんだってはなしですよ。木々よりも高い位置には空しかないっていうのにねぇ? 今、ウチにいるサシティルは十五羽ですが、それでも夕方に群れてガラス天井付近を飛んでいる様子は本当に美しくてね」
「オーチャンハアカヨ! アカイハネキレイネー!」
鳥男爵は両手でおにぎりを握るような手振りをして鳥の大きさを表現し、続いて手首同士をくっつけてパタパタと鳥が羽ばたくように動かし、そして両手を東屋の天井に向けて伸ばしては上半身を揺らして鳥の軌跡を表し……とにかく、ボディランゲージが凄かった。肩の赤い鳥はますます爪を立てて落ちないようにしがみつきつつ、自分の赤い羽根についてしゃべっている。
「こっちの青い鳥さんは、おしゃべりしないんですの?」
大きな鳥に目を奪われているディアーナは鳥男爵の話を聞き流して興味津々で気になることを勝手に質問する。
「良い質問ですな、お嬢様! 実に良い質問です!」
鳥男爵も、自分の話を遮られたことを気にすることもなく、むしろ鳥に興味を持ってもらったことがうれしいのか、さらに目をらんらんとさせてテーブルの上に身を乗り出してきた。
「まだ研究の途中なのですがね、群れを作る鳥と群れを作らない鳥では群れを作る鳥にしゃべる物が多いのですよ。むろん、群れを作るが人の言葉を覚えない鳥というのもいますがね。あとは、くちばしの丸いのはしゃべることが多い。元々鳴き声の長さで意思疎通を取っていると思われる鳥種はしゃべらんのですが、鳴き声の高低で意思疎通を取っている鳥はしゃべれるようになる率がたかくて……」
鳥男爵の解説はそこから二十分ほど進み、最後には執事に後ろ頭をはたかれてようやく終わった。最終的に、二羽並んで手すりに止まっている青い鳥は今のところしゃべらない、ということだった。
「わたしの鳥に対する愛は伝わったと思いますんで、注意事項として申し上げますとね、羽が欲しいといわれて、はいそうですかとこの可愛い私の鳥たちからブチッと引っこ抜いたりはいたしませんのでね、ほしければこの邸の中をご自分で探してください」
散々鳥のうんちくや鳥への愛情を語った鳥男爵は、最後にそうのたまった。
「よろしいんですの?」
ディアーナがコテンと首をかしげた。可愛い。
カインはディアーナのちょっと上目遣いに見上げつつ首をかしげて問いかけるというあざと可愛い姿に見惚れ、そしてそんな顔で見つめられた鳥男爵に嫉妬した。
「構いません。今は換羽期ではないのでほとんど落ちていないでしょうが、運がよければ見つかるかもしれませんね。わたしはここでお茶を飲んで待っとりますんで、もし拾われたらこちらにおもちください。大きさや色味に応じた金額でお譲りしますよ」
拾ったらくれる、というわけではないらしい。
「そりゃそうですよ、商品なんですから。鳥たちの健康と美しさの為には金がかかります」
鳥男爵はしれっとそう言うと、カップを持ち上げてお茶をすすった。
彼の言い草にサッシャは眉をしかめていたが、カインは逆に好感を持った。公爵家の嫡男がきていてもこの態度なのであれば、他の貴族に対してもこの態度なのであろう。
一応、危険な場所や毒を持った鳥もいるとのことで、執事が一緒に付いてくるということだった。羽探しを手伝ってはくれなそうだが、道案内はしてくれるそうだ。
「ふふっ。『邸内をご自由に』って言われたけど、ここはまるっきりお外みたいですわね」
そう言いながら、ディアーナがサクサクと芝生の様な短い草の上を歩いて行く。地面は土だったり、芝生や白詰草などの草場だったりするし、視界が悪い程度に大小の木が生えている。木に蔓が巻き付いて花が咲いていたり、緑の小さなミカンのような実がなっている木があったり。
驚くことに、小川も流れていて小さな橋が掛かっていた。ディアーナが喜んで橋の上まで駆け寄り、小川をのぞき込めば小魚まで泳いでいた。
「できるだけ自然に近い環境を作る事で、鳥に心地よく住んでもらう様にしているのです」
とは、執事の言葉である。カサカサと木の幹を上っていくトカゲを見かけたサッシャが悲鳴を上げていた。
ディアーナは途中で『とても良い感じの木の枝』を拾い、ご機嫌でそれを持ち歩いた。
時々バサバサと鳥の羽ばたく音や、キャイキャイ・ぴゅいぴゅいと鳥の鳴き声なども聞こえてきたが、肝心の鳥の姿はあまり見かけなかった。
「以前に鳥の羽をお買い求めに来られた貴族の方が、肩に止まろうとした鳥をはたき落としてしまわれたことがございまして。それ以来、鳥男爵とわたし以外の姿があるときは、あまり地上におりてこないのです」
そういった執事の説明に、ディアーナは思いきりがっかりしていた。家の庭にある餌台にやってくる小鳥とは、最近漸く仲良くなってきた所だったので、ここの鳥とも仲良くなれると意味なく自信を持っていたディアーナなのだった。
カインは、執事の目がちょっと冷たいのをみて、「あ、俺たちもそういう貴族だと思われてるんだな」と把握した。
巨大な温室というか、前世で言うところの花鳥園の様な鳥男爵邸は狭いようで意外と広い。花や木の実、トカゲや昆虫などに気を取られ、寄り道をしながらも鳥の羽を探して歩き回ったカイン達。
歩くうちに見つけた様々な色や形の羽を拾いながら歩いていたのだが、羽ペンに出来るほどの大きさの青い羽はまだ見つけられていなかった。
解説をしながら付いてきてくれている執事がかごを持ち、そのなかに拾った羽を入れてある。自分たちが見つけた羽を、サッシャやイルヴァレーノに拾わせずに自分たちで拾って観察し、素直に執事のかごに入れていくカインとディアーナの様子をみていて、執事の態度もだんだんと柔らかくなっていっていた。
一時間も歩いた頃には、
「お嬢様、あちらの木の枝に鳥が止まっておりますよ」
と、見つけた鳥をそっと教えてくれるようになっていた。
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