鳥男爵
貴族街から外れ、商店の並ぶ通りを抜けて、平民たちの住む庶民街も超え、小さな畑や家畜小屋なども増えてきた頃、城壁ぎりぎりに背の高いレンガ壁で囲われた一角が見えてきた。
エルグランダーク家の家紋入り馬車が止まり、四人が降りた目の前にはレンガ壁に直接はまっている鉄の扉がしつらえられていた。
「ここ、使用人用の出入り口じゃないの?」
「いえ……。確かに、ここが入り口のようです」
王都に居を構える貴族といえば、爵位が一番低い男爵といえども庭を持っているものである。そして、庭を含めた敷地を囲むように塀や垣根などがあり、前庭を挟んで屋敷や家があるという作りが一般的だ。
つまり、鉄製の柵であったりレンガの壁であったり、植木による生け垣だったりで示された境界から敷地内に入るための門があるはずなのである。
しかし、目の前にあるこの扉はどうみても門では無く扉である。しかも、見上げるほどの高いレンガ壁に直接はめ込まれた扉。エルグランダーク家の裏側にある通用門よりも小さい。
四人ですこし壁沿いに歩いてみたが、やはり他に入り口は見当たらないようだったので、仕方なく扉についているノッカーを叩いた。
「お待ちしておりました。エルグランダーク公爵家の方でございますね」
「うわぁ! びっくりした」
コンコンというノック二回目が鳴り終わると同時にドアが開き、執事らしき男性が頭をさげてきた。いつも無表情だったりしかめっ面だったりすることが多いイルヴァレーノがあからさまに驚いた声を上げて一歩下がった。小さな平民の家だったとしても、ノックしてからノータイムでドアが開くことなど無いのに、まさか貴族の家の門をたたいてすぐにドアが開いてしまったので不意を突かれたのだ。
後ろでカインが吹き出している。
執事に促されてドアの中へと入ると、通路の様な小部屋の様な場所だった。四畳半ぐらいの広さで、壁も天井も焼きレンガで出来ており、足下は固められた土がむき出しになっていた。
「あれ? もしかしてこの邸の塀はすごい厚いのか?」
「いいえ。鳥が逃げないように二重扉にする必要がございまして、そのための前室の様なものでございます」
カインがぼそりとつぶやくと、耳に入ったらしい執事がそう説明してくれた。壁の内側に、ぽこっと小さな小屋が付いているような形らしい。前世でいう所の風除室やエアロックの様な感じだろうかとカインは頭の中で想像してみた。
「一度真っ暗になりますから、お気を付けください」
そう言って執事が外向けのドアを閉めると、本当に真っ暗になってしまった。
「きゃっ」
「わぁ」
暗闇の中、ディアーナとサッシャの声が響いた横で、人が一人通り抜けていく気配を感じた。何も見えないながら気配をたどって振り向くと、入ってきたのと反対側のドアが開いて光が入ってきた。
「どうぞ、足下にお気を付けておすすみください」
逆光の中に浮かぶ人影、執事がそう言って手を差し向けた。ここは本当にドアを二重にして同時に開かないようにするためだけに存在する部屋らしく、明かりをはじめに何の設備もないらしい。
「明かりぐらい付けようよ」
カインは苦笑いしつつ、ドアをくぐって先に進むと、そこはまた外だった。
「わぁ」
カインに続いて出てきたディアーナも感嘆の声を上げて周りを見渡した。
真っ暗な前室を通り抜けると、そこは大きな温室だった。ぐるりと見渡せば、外から見たレンガの外壁が内向きにゆるくカーブして敷地を囲っている。レンガ壁を上方へと見上げていけば、身長の三倍ほどの高さがあり、そのてっぺんにはこの空間全部を塞ぐようにガラスの天井が乗っかっていた。
「大きな温室みたい」
ディアーナが大きなガラス天井を見上げながら感想を漏らす。サッシャやイルヴァレーノも言葉はこぼさないものの、同じように天井を見上げて目をまるくしていた。
相変わらず足下は固められただけの土で、人があまり歩いていない場所には細かく雑草の様な背の低い草が生えている。見通しが悪くならない程度の密度で様々な木が植えられているのだが、その位置はばらばらで規則性などは感じられない。
「お屋敷は、ございませんの?」
サッシャが、思わずと言った感じで執事へと声をかけた。まばらに植えられている木々の隙間の向こう側にはレンガ壁が見えているのだが、そのてっぺんには天井のガラスがつながっているのだ。つまり、反対側の外壁が見えていて、視界を遮るはずの男爵邸がどこにも見えないのである。
「ご覧の通り、邸と言える物はございません。ご商談の為の席はご用意しておりますのでご安心ください」
前を歩く執事が、淡々と答えてくれた。
「ここは、巨大な鳥の飼育場所であって男爵のお住まいは別の所にあるのかも」
カインが、思いつきを口に出してみるものの、
「いいえ、当主もこちらで寝起きしております」
と完全否定されてしまった。鳥男爵がやばい人なのは確定事項のようである。こんな所にお嬢様を連れてきてしまった、とサッシャの顔色がどんどん悪くなっていき、逆にディアーナの顔はわくわくがあふれそうな笑顔になっていった。
どこからともなく聞こえる鳥の鳴き声の中をしばらく進み、赤い小さな実を付けた低木の脇を曲がると小さな東屋が見えてきた。その手前に、肩に赤くて大きな鳥を止まらせた背の高い男性が立っている。おそらく鳥男爵当人だろう。
「やぁやぁこんにちは、偉い人のお子様! そんなお小さい頃から鳥に興味津々とは見込みがありますね! 人の名前は覚えられないので名乗りは結構ですよ! わたしのことも鳥男爵とお呼びください!」
「ギョアぁ! ダンシャク! デス! オーチャンカワイイネ」
鳥男爵は、変な人だった。
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