夏休みの予定

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 馬上で朝食と昼食を取り、深夜に宿に入って早朝に出発するという強行軍で帰ってきたカイン。体が大きく走り方も荒い(しかし速い)軍馬をなんとかこうとか二日間乗りこなしてきて体力は底をつきふとももや二の腕もぷるぷると小さく震えていて、疲労困憊の状態ではあった物の、そんなのは愛しいディアーナの笑顔の「おかえりなさい」の言葉一つで吹っ飛んでしまうのだ!


「……と、思っているのは本人だけで、そんな気になっていただけでしたとさ」


と言いながら、イルヴァレーノが寝ているカインの額に濡れふきんをベシリと勢いよく置いた。


「つめたっ」

「気合入れすぎて熱だすとか、どんだけ」



カインは、帰宅して使用人やディアーナに「ただいま」と告げた後、自室へと移動しながら腕上のディアーナに頬ずりをして、頬やおでこにキスをした後に脳天のにおいをかいだところで力尽きて倒れたのだった。


「玄関くぐるまでは全然平気だったし、ディアーナを抱っこした時だってまだまだ元気いっぱいだったんだけどなぁ。安心して力ぬけちゃったかな」

「ディアーナ様の頭のにおいかいで安心するとかちょっと……」


イルヴァレーノが渋い顔をして一歩下がった。わざとらしく「近寄りたくありません変態」という顔を作っている。


「イルヴァレーノはなんで平気なんだよ」

「平気ではないです。もう、眠くてだるくて倒れる寸前ですよ。もう休みたいので、カイン様さっさと寝てください」


イルヴァレーノはカインの従者なので、カインが起きていると休めないのだ。実際は、イルヴァレーノもカインに付き合って強行軍で帰ってきたことをみんな知っているので、誰かに代わってもらって休んだって良いのだが、それをすればカインの方が気を遣うだろうとイルヴァレーノが断ったのだ。


「はいはい。夕飯まで一眠りするからイルヴァレーノも下がって良いよ」

「かしこまりました。では、御前を失礼いたします」


イルヴァレーノは深々と一礼すると、カインの部屋から出て行った。

時間は、午後のお茶の時間を少し過ぎたぐらい。母のエリゼは他家のお茶会に呼ばれており、父は王城で仕事中である。ディアーナも、カインが帰宅するのはもう少し後だと言われていたので今日はダンスのレッスンが入っていた。

家人の私室がある棟は、家族用の食堂や居間などの他にはリネンや茶器などの一時保管場所と使用人の待機場所しかない。昼間は、掃除メイドや洗濯メイドが行き来するだけの静かな場所となっている。

遠くからかすかに聞こえてくる、ディアーナのダンスレッスン用の音楽を耳にしながら、カインとイルヴァレーノはそれぞれの部屋で仮眠したのであった。 




十三歳のカインの回復力はすさまじく、しっかり食べてぐっすりと寝たら翌日には元気いっぱいになった。

昨年の夏には領地までしか帰らず、収穫休暇も建国祭休暇も帰ってこなかった(ディアーナの方が遊びに来たから)ので、刺繍の会や近衛騎士の訓練への参加に誘われたり、西の孤児院への慰問を催促されたりと夏休みの前半はとても忙しかった。

そういった外部からのお誘い系を一通り消化し、ひと段落となったところで


「さて何して遊ぼうか?」


という話題になった。

カインと一緒に刺繍の会に行ったり近衛騎士の訓練を見学したり、孤児院への慰問に行ったりと一緒になって忙しかったディアーナも、やっとカインを独り占めできると顔がうれしそうである。

今後の予定を話しつつ、カインの長い髪をイルヴァレーノとディアーナで手分けして梳いて編んで「どちらがよりカイン様・お兄様を可愛くできるか競争」をして遊んでいた所に、サッシャがお茶を持ってやってきた。


「鳥男爵と呼ばれている、ちょっと変わった男爵がいるのだそうです」


 冷えた果物とお茶をセッティングしながら、サッシャがそう切り出した。


「鳥男爵?」


 なんだろう? とカインとディアーナでそろって同じ角度で首をかしげながら、サッシャの言葉の続きを待った。


「昨日はお休みをいただいて実家に戻っていたのですが、そこで姉から聞いたのです」


 そう言ってサッシャが話し出したのは、鳥に人生をかけているという変わった男爵の話だった。

サッシャには二人の姉がいるのだが、実家に帰った時に家に居たのは長女だけだったのだそうだ。その長女が、サッシャが以前にポロリと話した『ディアーナが青い鳥の羽を欲しがっている』というのを覚えていたらしく、手に入れるのに鳥男爵を訪ねてみてはどうか、と助言してくれたのだ。


なんでも、異常なほどの鳥好きで、多種多様の鳥を飼育しているのだそうだ。色鮮やかで状態の良い羽を装飾用に販売することを生業にしているらしく、おしゃれに敏感な貴族家の間で最近名前が知れ渡り始めているのだとか。しかし、流通量が少ない上に『いつ抜けるかわからない。鳥からむしるなんてとんでもない!』と言って予約も受け付けないということで、希少価値が爆上がりしておりとても高価なのだという。


「エルグランダーク公爵家の財政状況で買えないって事は無いだろうけど、予約も出来ないとなると難しいね」


 金を積んでも手に入らない物もある。希少な物や、人の思いのこもった物。繊細だったり生ものだったりして長距離の移動に耐えられない物など、その理由は様々。今回は、鳥の健康を慮ることによって回収量が少なくなっている鳥の羽なので、希少な物と言えるだろう。


「噂によると、欲しいと思っている人が直接訪れて、鳥男爵に気に入られれば譲ってもらえる事もあるそうなんです」


 子ども達だけのお茶時間なので、サッシャも座ってお茶を飲みながら説明している。カインの部屋の応接セットは相変わらずソファーが一つ足りないのでイルヴァレーノが文机の椅子を持ってきて座っていた。テーブルが低くてお茶が飲みにくそうだ。


「男爵なのにそんなことしていると、高位貴族に目をつけられたり嫌がらせされたりするんじゃないの?」

「実際に嫌がらせをした貴族がいて、その時に鳥が一羽死んでしまったそうです。その後しばらく、鳥男爵が羽の取引を一切しなくなってしまったそうで、嫌がらせをした貴族は他の貴族から総スカンを食らったそうですよ」


 カインの質問に答えたサッシャは、カップをテーブルに置いて果物を一つ口に入れた。甘くて柔らかいウリ科の果実のようで、メロンの様な味がする。なぜか色は青いのだが。


「鳥さんが死んでしまって悲しかったのかしら」

「鳥を死なせた事で怒っていたのかもしれませんよ」


ディアーナが悲しそうな顔で言い、イルヴァレーノが肩をすくめながら言った。

カインは、ディアーナが言った通りに悲しみで仕事をする気が無くなっただけかもしれないし、イルヴァレーノの言う通りに嫌がらせした貴族への復讐として出荷を止めたのかもしれないが、ディアーナの言うような男爵であれば話がしやすくて良いんだけど、と考えていた。


「まあ、会いに行けば羽を譲ってくれる可能性があるのなら、会いに行ってみようじゃないか」


カインが膝をたたきながらそう言うと、


「青い羽があるとは限りませんけれど、よろしいでしょうか?」


と、サッシャが心配そうな顔をした。手に入るかもしれないと話題を振ったのはサッシャだが、相手は生き物である。都合良く青い鳥が飼われていて都合良く羽が抜けるとは限らないのだ。

 そんな心配するサッシャの顔をしたからのぞき込んだディアーナが、ニコッと笑ってサッシャの手を取った。


「鳥さんが沢山いるのでしょう? 見学させてもらうだけでもきっと楽しいわ」

「よし、早速手配して鳥男爵に会いに行ってみよう!」


 ディアーナが楽しみにしているのであれば、なんとしてもかなえねばならぬ。カインの一言で、夏休みの予定が一つ決まった。

早速、パレパントルを通してアポイントメントを取り付け、カイン、ディアーナ、イルヴァレーノ、サッシャの四人で鳥男爵の屋敷へと向かったのだった。

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誤字報告いつもありがとうございます。

そして「読んだ!」ツイートいつもありがとうございます。

カイン・エルグランダーク(CV:○○) 結構ばらけましたね。

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