ただいま、我が家

花祭り休暇後、声変わりや成長痛により学内バイトを減らしていたカインではあったが、庭園開放でのミティキュリアン邸給仕バイトや、花祭り休暇後半にマディ先輩と一緒に行った寮の食堂での食事提供、ジャンルーカの家庭教師などなど、花祭り休暇中にしっかりと働いた事で、夏休みに飛竜を借りるだけの資金を稼ぐことがギリギリできていた。

そのうえ、今年は同じ国に帰る従兄妹のコーディリアがいる。カインは飛竜での帰省費用を折半しようとコーディリアに持ちかけた。

「飛竜は速いよ!」

「別に、馬車で良いわよ」

実家が国境近くのネルグランディ城であるコーディリアは、馬車で帰省したとしてもかかる旅程がカインの半分しかない。

なので、コーディリアは三日かかるが馬車で構わないと言っていたのだ。

カインとコーディリアとそれぞれの付き人、四人分の馬車代と二泊分の宿泊費用が、夏休み前にコーディリアあてに送られてきていたし、コーディリアの両親であるエクスマクスやアルディも「カインが一緒だから」と特に迎えをよこすという事もなかった。つまり、コーディリアが預かっているお金の半分はカインの帰省費用という訳なのだが、「お金だけ半分くれ」と言って女の子二人旅をさせるほどカインは非情ではない。

故に、カインはコーディリアの方を飛竜の帰省に引っ張り込みたかったのだが、コーディリアとカディナの女の子二人組は未知の生物であり未知の乗り物である飛竜に否定的だった。

しかし、ディンディラナの弟であるアスクとエスターが、

「女性二人旅は危険ですし、途中まで送りますよ!」

「カインとイル君がいるから結構ですわ」

「むしろ、一緒にいって両親に挨拶させてもらおうぜ!」

「絶対やめて!」

 とか言い出したので、コーディリアはカインと一緒に飛竜に乗ることに決めたのだった。

「コーディリア! 飛竜代金折半な!」

「カインのケチ!」

 四人の帰省費用として預かったお金では飛竜代には全然足りない為、不足分をカインとコーディリアで折半することになった。おかげでディアーナへのお土産が沢山買える! とカインはイルヴァレーノを連れて街へと繰り出して行った。


王都サディスから少し離れた、飛竜乗り場で初めて飛竜を間近に見たコーディリアとカディナは、目を大きく開いて固まっていた。最初は近寄るのも怖がっていたコーディリアだが、飛竜が雲と同じほどの高さまで上がるとその景色の良さに喜び、飛竜が羽ばたくたびにうねる背中に歓声を上げていた。

コーディリアの侍女であるカディナは、終始イルヴァレーノの腕にしがみついて震えていたが、サイリユウムとリムートブレイクの国境の門の前に着地して地面に降り立つと「たいしたことありませんでしたね!」と強がっていた。イルヴァレーノは「今度は誰も落ちそうにならなくてほっとした」と胸をなで下ろしていた。

三日かかる旅程を、飛竜を使う事で半日に短縮したカインとコーディリアとイルヴァレーノとカディナがネルグランディ城へと顔を出すと、カインの叔父叔母であるエクスマクスとアルディが到着の早さに驚いた。

その日はネルグランディ城で一泊し、カインとイルヴァレーノは翌日馬車を使わず馬で王都へと出発した。

飛竜に載せて沢山持ち帰った土産については、叔母に頼んで後から送ってもらう手はずになっている。

国境の土地ネルグランディ領から王都までは馬車で四日かかるのだが、カインとイルヴァレーノは馬で二日で到着した。


「ただいま!ディアーナ!」

「!? 誰!?」

「ディアーナ!?」

 領騎士団の屈強な軍馬を借り、かなりの強硬手段で帰ってきたカインはディアーナが大歓迎で迎えてくれると信じて疑っていなかった。

しかし、ディアーナの第一声は「誰!?」である。

「良く、幼い子どもが居るお父さんが単身赴任から帰ってきて『おじさんだぁれ?』って言われるアレ? アレなの?」

 強行軍で帰ってきて、くたくたのヘロヘロになっていたカインだが、ディアーナの笑顔を見ればそんな疲れは吹っ飛んでしまうのだ! と思っていた。しかし、「誰?」と言われたショックで一気に疲労が足下から這い上がってきた。その場にヘロヘロとしゃがみ込んでしまった。

「ディ、ディアーナに忘れられてる・・・・・・。やっぱり、嫌といわれても花祭り休暇に帰ってくれば良かった」

 地面に手をつき、しくしくと泣き出してしまったカインに、ディアーナが困惑した顔をする。

「花祭り休暇の時はまだ飛竜代もたまっておりませんでした。帰ってきても半日しか居られなかったんですから、帰らず正解だったんですよ」

馬を厩舎に預けて戻ってきたイルヴァレーノを見て、ディアーナが目を丸くした。

「イル君! じゃあ、本当にお兄様!? 偽物じゃなくて!?」

「正真正銘のカイン様ですよ。なんで偽物だなんて思ったんですか」

イルヴァレーノがあきれたような顔をしてディアーナの顔を見下ろした。仕える家の人間に見せる顔ではないが、この場にはディアーナとサッシャしか居ないのでとがめる人も居ない。

イルヴァレーノの質問には、ディアーナの後ろに控えていたサッシャが代わりに答えた。

「カイン様は、お見かけしないうちにずいぶん背がお高くなりましたね。冬にお会いした時にくらべてお声も大分低く、大人っぽくおなりです」

十三歳のカインは、絶賛成長期のまっただ中である。花祭り休暇後から急激に身長も伸びていて現在一六十センチ後半ぐらいある。声変わりもほぼ終わり、自分ではわからないがお兄さん系イケメンボイスになっているはずである。

「そう! お兄様のお声と違うし、お兄様よりずっと大きいんですもの! お兄様のフリをして悪いことをしにきた怪盗かと思ったわ!」

「か、怪盗?」

身長も伸び、声も変わったとはいえ金髪ロン毛で青いつり目というのは変わらない。それで「誰だ!」というのもおかしいのに、怪盗ときた。カインはなんとか身を起こして膝を払い、改めてディアーナの前に跪いた。

「間違い無く、ディアーナの兄のカイン・エルグランダークだよ。仮の姿でないときも、お嬢様らしい言葉遣いになってきたね、ディアーナ」

「仮の姿の事を知っている・・・・・・。本物のお兄様なのね!」

ようやく、疑いが晴れて本物のカインだと認識したディアーナは、にぱっと花が咲いたように笑顔になると跪くカインに飛びつく様に抱きついた。

「ディアーナも大きくなったね!」

首にぶら下がるように抱きついているディアーナをカインも抱きしめ返し、そのまま持ち上げて抱っこすると玄関に向かって歩き出した。

「お帰りになるのはもう少し先と伺っておりましたので、奥様と旦那様が出かけております」

「わかった。お父様とお母様がご帰宅するまでに、旅の汚れを落として着替えることにするよ」

「ご用意するよう、指示して参ります」

カインと言葉を交わしたサッシャは早足で先に邸へと戻っていった。

ディアーナを抱っこしているカインは両手が塞がっているので、イルヴァレーノが先に立って玄関を開けて待っていた。



去年の夏休みは領地の城で過ごし、それ以外の休暇には戻らなかった。約一年半ぶりの帰宅である。

壁に掛けられている歴代当主の肖像画、手すりを滑り台代わりにして遊んで怒られた階段、ディアーナとボール遊びをして壊したせいで一部分だけ飾りガラスの形が違うシャンデリア。

精神年齢はアラサーであると自認しているカインは、この世界でホームシックにかかることはないと思っていた。

実際、留学直後にディアーナシックには掛かったものの、実家に対して懐かしむ事はほとんどなかったのだ。

しかし、こうして改めて戻ってくると、胸にグッと熱い物がせり上がってくるのを感じる。

「お帰りなさいませ、カイン様」


玄関を入ると、パレパントルを筆頭に使用人が勢揃いして待っていた。

カインの腕に抱っこされて首にしがみついていたディアーナも、グイッと腕を伸ばしてカインと顔の距離を開けると、にこーっとカインに笑いかけた。


「お帰りなさい! お兄様」


「・・・・・・ただいま、みんな。ただいま、ディアーナ!」


前世の記憶があったとしても、もうここがカインの帰る場所なのだ。

カインは、改めてそう思ったのだった。

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