鳥の恩返し

感激した鳥男爵は、カイン達が拾ってきた羽を一人一枚ずつただで持って帰って良いと言い出した。


「拾った羽は、軸や羽を拭いてホコリや土を取り除き、羽部分を柔らかいブラシで整えてから売り物にするんだよ。だから、選んだ羽を整えてから公爵家へお届けしよう」


そう言ってテーブルの上の羽を重ならないように広げてみせたのだが、ディアーナは首を横に振った。


「欲しかったのは青い羽ですの。ご厚意だけいただきますわ」

「しかし、それではわたしの気が収まらないよ。君たちはまだ子どもだというのに走り回らないし奇声を上げないし大声で泣かないし珍しい鳥だと飛びかかったりもしない。見所があると思っていた上に卵の恩人でもあるんだからね。是非ともお礼をさせて欲しいんだよ!」


鳥男爵は、大げさに腕を広げて感激の意を表現し、そして鳥の羽ばたきをまねしたように腕をバタバタと上下に振った。

その動きにビクッと腰が引けたディアーナの代わりに、カインが小さく身を乗り出した。


「では、青い羽が手に入ったら譲ってください。適切価格で買い取りますが、他の予約より優先してください」


テーブルに広げられている、焦げ茶色や黒、赤い羽も形や色はとても美しい。しかし、ディアーナが欲しいのは、カインの瞳と同じ色。青い羽なのだ。


「わかりました。青い羽が手に入れば一番にご連絡いたしましょう」


鳥男爵がそう約束の言葉を口にした時、東屋に差し込む光を大きな影が横切った。

カインを始め、みなでふっと東屋の外を見上げると、バサバサと大きな羽音が近くでなり、ディアーナの座るすぐ後ろの手すりに青い鳥が舞い降りてきた。


「アボディス」


鳥男爵が口に出したとおり、それは薄い緑がかった青の大きな鳥だった。巣作りが下手くそで、卵を落っことしてしまっていた鳥である。


「お客が居るときに、呼んでないのに来るなんて珍しい」


鳥男爵が驚いているが、アボディスはせわしなく首をかしげて東屋に座る一同を見渡すと、ディアーナへと顔を固定した。


「鳥さん? 早くもどって卵を温めないとだめよ?」


ディアーナはすぐ後ろ、手の届くところにいる鳥を撫でようとして駄目だと思い出して手を引っ込め、にこりと笑ってアボディス鳥へと話しかけた。

その言葉を聞いてかどうかわからないが、アボディス鳥は首をぐるんと後ろに向けた。そうして、自分の腰のあたりをくちばしでごそごそとこすり、一本の尾羽を抜いて咥えるとトンと手すりを蹴ってディアーナの膝の上に移動し、先ほど引っ込めたディアーナの手にぐいぐいとくちばしを押しつけてきた。


「と、鳥さん?」


ディアーナの声に一旦頭を上げたアボディス鳥は、じっとディアーナの目を見つめると、小首をかしげてまたくちばしをぐいぐいとディアーナの手に押しつけた。


「ふ、ふふふ。ふははははははは」


その様子を見ていた鳥男爵が愉快そうに笑い出す。


「お嬢様、受け取ってやってください。アボディス鳥からお礼ですよきっと」


目尻の涙を拭きながら、鳥男爵が愉快そうに言った。ディアーナが手のひらを開くと、アボディスは咥えていた羽をポトンとその上に落っことした。

ディアーナが羽をしっかりと握ったのを見て、アボディスはディアーナの膝をトンと蹴って東屋の手すりへと移動し、そして大きく羽ばたいて飛んで行ってしまった。

カインとディアーナで、飛んでいった先を眺めていたら後ろから声がかけられた。


「鳥は頭が良いんです。お嬢さんの帽子に落ちたから卵が割れなかったことも、バスケットの上に壊れにくい巣を作ってくれたこともちゃぁんとわかってるんですよ」


その言葉に振り返ったカインとディアーナは、今日一番の笑顔を浮かべている鳥男爵を見たのであった。



ガラス天井から入ってくる日差しも弱くなり、東屋の影がずいぶんと横へと移動してきた頃、カイン達は鳥男爵邸を辞することにした。

二重扉の前まで見送りに来た鳥男爵は、右手をすっと出してきた。


「今更ですが、ディオード・バードです。是非また遊びにいらしてください」

「カイン・エルグランダークです。バード男爵。まさにあなたの為にあるような家名ですね」


カインは差し出された右手をしっかりと握り、今更ながらに名乗りを返した。


「わはははは。元々は家名を持たない平民ですからね。叙爵されるときにバードって名乗ることにしたんですよ」


笑いながら、ディアーナへと向き直る。


「貴族嫌いで子ども嫌いだった為に失礼な態度をして申し訳なかった」

「ディアーナ・エルグランダークですわ。素敵な贈り物をいただいたので許してさしあげますわ」


鳥男爵の謝罪の言葉は男爵から公爵家令嬢へ向けるにはまだまだ不躾であったが、ディアーナは笑って許したのだった。



鳥が逃げないように、と鳥男爵と執事は邸内でカイン達を見送った。

レンガ壁の前に待っていた馬車に乗り込み、カインとディアーナは公爵邸へと帰途につく。


「あら。お嬢様、ご覧ください」


窓の外を見ていたサッシャが、隣に座るディアーナに声をかけながら鳥男爵邸の屋根を指差す。ディアーナがサッシャの膝に乗り上げながら窓の外を見れば、ガラス天井の内側すれすれにアボディス鳥とディールガ鳥が留まっていた。

まるでカイン達を見送るように、大きく羽を広げて羽ばたくと、そのままガラス天井の奥の方へと飛んで行ってしまった。


「楽しかったね、ディアーナ」


サッシャの膝の上に乗り上げて、窓の外を見つめ続けるディアーナの頭をカインが優しく撫でてやると、くすぐったそうに頭を振ったディアーナが椅子へと座り直した。


「ええ、とっても!」


その真夏の太陽よりも明るい笑顔に、カインは崩れ落ちそうになり、隣に座るイルヴァレーノに首根っこ掴まれてかろうじて椅子から転げ落ちるのを免れたのだった。

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