ジャンルーカの失恋
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夕方になり、花祭り最終日の庭園開放も終了し閑散としたミティキュリアン邸の庭園。カインは会場の後片付けをしていて、ふと邸の方を振り仰いだ。ジュリアンとジャンルーカ、シルリィレーアはあれから戻ってきていない。
ジュリアンとジャンルーカが子ども向けピクニック区域から離れると、散らばっていた子どもたちがわらわらと戻ってきた。場は一気に賑やかになり、少し微妙になっていた空気は瞬く間に霧散した。
なおも、コーディリアとの結婚について熱く語っていたエスターとアスクに対し、いい加減うんざりし始めていたカインは、
「コーディリアと結婚したかったら、私を倒してからにしてください」
と言い放った。
腕に自信のあるらしいアスクが、腕まくりをしながらカインに飛びかかってきたがカインにその勢いを利用されて一本背負いで投げられ、巴投げで放り投げられ、足払いで転ばされて半泣きになり、
「強くなって再挑戦してやる!」
と吠えていた。
「一学年上ですよね! それぐらいなら学問で勝負できそうです!」
と、過去問によるテスト勝負を挑もうとしたエスターは、コーディリアが
「カインは飛び級しているから今三年生よ」
と言ったことで勝手に落ち込んでいた。
「私を倒しても、第二第三のコーディリアの兄が君たちの前に立ちはだかるだろう!」
と悪役のノリでカインがうなだれる二人の頭上から声をかけ、コーディリアが
「私の兄といえる存在はあと一人しか居ないわよ」
とぼそりとつぶやいていた。
落ち込んで居たエスターとアスクだったが、夕暮れ時には立ち直り、
「無責任に女の子を置いていくなんて紳士ではありませんから」
「カイン様を倒す努力だって必要だけど、コーディリアに好かれる努力を辞めた訳じゃねぇから!」
といって、コーディリアをエルグランダーク邸まで送って行った。思い込みと行動力は激しいが、さすが侯爵家の次男と三男というか、紳士としてのしつけはされているようだった。
そうして客の居なくなった庭園で、客として来ているというのに手伝っているイルヴァレーノと二人で、ピクニックコーナーに敷いてあったラグを畳んでいると、邸の方からジャンルーカがとぼとぼと歩いてきた。
そばに、ジュリアンとシルリィレーアは居なかった。
「カイン」
「はい」
ジャンルーカはカインの目の前まで来て立ち止まると、うつむいたままカインの名を呼んだ。
「一夫多妻制度を廃止して、多夫多妻制度を制定するにはとても手間と時間が掛かるそうです」
「ジュリアン様が、そうおっしゃったんですか?」
「うん。だから、僕と兄上でシルリィレーア姉様をお嫁さんにすることはできないって」
二人がかりで畳んでいた大きなラグを、イルヴァレーノがカインから引き取って使用人棟へと運んでいく。
カインは片膝をついてジャンルーカと視線の位置を合わせるが、うつむいているジャンルーカとは目が合わない。
「法律を変えるには、沢山の貴族に根回しをしたり、山ほどの書類を用意したりしないといけないそうです。兄上も、公務を一部持っていますが、法律を変えられるほどの権限はまだないそうなんだ」
「そうですか」
「お、大人になるまで法律は変えられないけど、大人になるまで待っていたらシルリィレーア姉様がいきおくれになっちゃうって」
「はい」
平民であれば、成人してしばらくしてからの結婚も珍しくは無い。女性も労働力として数えられて働くことが多い事もあるため、生活が落ち着いてからさて結婚という話になることも少なくないからだ。
しかし、貴族はそういうわけにはいかない。結婚することで家と家の結びつきが強くなるし、跡継ぎを作る事は必須である。結婚は若ければ若い方が良いし、条件の良い相手は早くから確保しておかないと別の家に取られてしまうこともある。政略結婚が多い貴族の世界では婚約も結婚も早く、なかなか結婚しない者は本人に何か瑕疵があるのでは無いかと勘ぐられる。
それにしても、シルリィレーアが行き遅れるから駄目、というジュリアンの説得はいかがなものか。一体、ジュリアンはどんな説明でジャンルーカを説得したのか。カインは小さく苦笑した。
「あと、シルリィレーア姉様との結婚は、王位継承順位を変えてしまうほどの影響力があるから、簡単に僕には渡せないって」
ジャンルーカのその言葉に、カインは顔をしかめた。その言葉では、まるで王位継承権を守るためにシルリィレーアと結婚するみたいでは無いか。両片思いの二人であることは見ていてわかるのだが、ジュリアンのそういう所が駄目なのだ。
ジュリアンとジャンルーカがこの場を離れる直前、おそらくジャンルーカがシルリィレーアに思いを告げるのを邪魔した時のジュリアンの言葉。
「国を割る気か」
これは、ジャンルーカがシルリィレーアを妻にと望むことで、第二王子も王位継承の意思があると受け止められてしまうことを危惧した言葉だったのだろう。シルリィレーアと結婚した方がこの国の次代の王となる。そういった風潮が出来てしまえば、野心のある貴族などは『第二王子派』といった派閥を勝手に作り、盛り上がってしまうとも限らない。
とても政治的な考え方である。それを、まだ十歳のジャンルーカにシルリィレーアを諦めさせるための理由として述べたジュリアンに対し、カインは苦い物を飲み込んだ様な気持ちになった。
ラグをしまい終わったイルヴァレーノが、二脚の椅子を持って戻ってきた。持ち運びのしやすい小さくて軽い椅子で、王族を座らせるような物ではなかったが、今の状況には合っているような気もした。
カインはジャンルーカの肩に手を載せて、そっと椅子に座るように促した。カインも向かい合うように椅子に座り、手を伸ばして優しくジャンルーカの頭を撫でた。ジャンルーカの頭が小さく震えている。
「僕は、兄と王の地位を争う気はありません。いつだって、兄上をお支えするつもりで勉強も剣術も頑張ってきました」
「はい」
カインは、静かに相づちを打ち頷くだけだ。
「でも、僕は兄上みたいに他の女の人に目を奪われたりしません。お胸の大きさで女性を判断しません。きっと幸せにしますってシルリィレーア姉様にお伝えしたんです」
「はい」
声が震え、撫でる頭からも体が小さく震えているジャンルーカ。目の中にためて、こぼすのを我慢していた涙がついにこぼれた。
「シルリィレーア姉様が、兄上のお嫁さんになりたいんだそうです」
「そうですか」
カインは、優しい声で返事をした。そうか、シルリィレーアがそう言ったのかと感心する。政治的な理由や、法制度を理由に説得しようとしていたジュリアンと違い、シルリィレーアは真摯だった。
「僕、フラれてしまいました」
そう言って、嗚咽を漏らし始めたジャンルーカを、カインはぎゅっと抱きしめた。
王族が泣いている所を誰かに見せるわけには行かないからね、と子ども扱いされるのを嫌がるジャンルーカの為の言い訳をつぶやきながら。
花祭り休暇終了後、ジュリアンは寮の部屋でカインに
「どこまでできるかわからないが、自分が王になったら王族と高位貴族の一夫多妻を義務から権利へと変更する」
と宣言をした。
どうやら、ジャンルーカにシルリィレーアを取られそうになったことで、シルリィレーアへの恋心を自覚したらしい。
ジャンルーカも、王宮の図書室でカインと勉強をしている時に
「シルリィレーア姉様が幸せなら、それが一番だから」
とさみしそうに笑い、これで最後だからとカインの前で少しだけ泣いたのだった。
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