花祭り(二年目)その4

「賑やかだと思ったら、ディンの弟たちではないか」

「コーディリア様もまた来てくださっていたのですね、楽しんでいただけているかしら」

ディンディラナの弟たちが張り切って声を上げているのを聞きつけて、ジュリアンとシルリィレーアが子どもたちエリアへとやってきた。

最終日なので、ジュリアンは主立った高位貴族たちの庭を巡り、最後に婚約者であるシルリィレーアの元へ訪れたところらしい。

ジュリアンの少し出した肘に、シルリィレーアが手を添える形でエスコートされている。

「ジュリアン第一王子殿下! 私はディンディラナの弟でエスターと申します」

「ジュリアン第一王子殿下! 俺はディンディラナの弟でアスクと申します!」

ディンディラナの二人の弟、エスターとアスクはやってきたジュリアンに向かってラグの上を膝でにじにじと歩いてにじり寄り、頭を下げて臣下の礼を取った。

「うむ。ディンから話はきいておるし、先日もその顔は見たな。頭をあげよ。今は花祭りの庭園開放中である。かしこまらずとも良い」

学校の後輩に対しているせいか、いつにも増して偉そうな言葉遣いでジュリアンが答えた。エスターとアスクはバッと顔をあげると膝立ちのままジュリアンに詰め寄り、眉をつり上げてその顔を見上げた。

「殿下! 一夫多妻制は魔獣討伐による男性減少に対する社会保障としての制度でした!」

「殿下! 一夫多妻制の社会保障としての役目はもうとっくの昔に終わってるっす!」

膝立ちの状態で下から熱心に話しかけてくるエスターとアスクに、ジュリアンはタジタジである。

「お、おう」

半歩退いてしまったジュリアンに、二人はさらにラグの上を膝で進んで距離を詰めた。

「一夫多妻制度を廃止し、多夫多妻制度を制定しましょう!」

「もちろん、義務ではなくて権利として!」

「爵位に関係なく、皆が享受できる制度として制定しましょう!」

「私たちが、コーディリアと結婚するために!」

「俺たちが、コーディリアと結婚するために!」

「しないってば!」

勢いにおされ、いまいち二人が何を言っているのか理解できていないジュリアン。

それまでカインの隣でおとなしく座っていたジャンルーカが何かに気がついたように身を乗り出した。

「兄上! 多夫多妻制になったら、兄上と僕と、どちらもシルリィレーア姉様と結婚出来るんじゃありませんか!?」

「何を言っているんだ! ジャンルーカ?」

エスターとアスクの勢いにおされ、訳のわからないことを言われて混乱しているジュリアンが、ジャンルーカの声を聞いてさらに混乱している。

混乱しているジュリアンを一旦無視して、ジャンルーカはラグから立ち上がるとシルリィレーアの前に立ち、ジュリアンの腕に添えていない方の手を取ってそっと握った。

「シルリィレーア姉様、僕は他の女性のお胸を凝視したりしません。誘われたからって知らない女性について行ったりしません。反省文として書きなさいって言われる前に恋文をお書きします。怒られてイヤイヤ言うのでは無く、率先して気持ちをお伝えします」

「ジャンルーカ様・・・・・・」

真剣な顔で言いつのるジャンルーカと、それを少し困った顔をしながら見つめ返すシルリィレーア。

カインとしては、ディアーナの他国への嫁入り阻止を考えるのであれば一夫多妻制廃止は賛成だが、それで多夫多妻制になるのであれば余り意味が無い。ディンディラナの二人の弟、エスターとアスクの言う通り、一夫多妻制が一時的な社会保障の為の制度なんだとすれば、一夫一婦制に戻してもらうようジュリアンに働きかけるべきなのだが。

「シルリィレーア姉様、僕。ぼくは、シルリィレーア姉様のことがっ」

ジャンルーカが、思い切った顔をして口を開いた。とっさに、まずいと思ったカインがラグから立ち上がろうとしたが、それよりも早くジュリアンが動いていた。

「もがっ」

「それ以上はならぬ。国を割る気か、ジャンルーカ」

腕に添えられていたシルリィレーアの手をほどき、ジャンルーカを抱き込むようにして自分の胸にジャンルーカの顔を押しつけ、黙らせた。


チラチラと、庭園の中央からこちらの様子をうかがう人の視線を感じる。カインがチラリとそちらを見れば、数人の大人がサッと視線を外したのが見えた。

高位貴族による、花祭りの庭園開放は主に平民向けのイベントではあるが、邸に庭を持たない低位の貴族や休暇中に帰省しない貴族学校の生徒などもやってくる。庭園開放をしている貴族同士も、お互いの庭の様子や振る舞っている料理の内容などを確認するために、挨拶という名の偵察に来たりもする。

 そんな中、この国の第一王子と第二王子が何やらもめているような様子を目の端に捉えれば、気にならないわけがない。正式に婚約がなされているジュリアンとシルリィレーアの間に、第二王子であるジャンルーカが横恋慕する等という話が広まってしまえばどんな影響があるかわからない。

 幸い、大人たちが楽しんでいる立食パーティと、子どもたちが気兼ねなく遊べるピクニック区域は声はざわつきとして届くが内容までは聞き取れない程度には離れている。それでも、王子同士がもめているというように見られるのはやはりまずい。


「あ、あー。やだなぁ、ジュリアン様もジャンルーカ様も。庶民派のおやつに興味津々だからって取り合いなんてしなくても、私が新しい物をお持ちしますよ!」


若干棒読みになりながら、カインがわざとらしく大きな声でそう言うと、こちらの様子を見ていた大人たちは「何だ、お菓子の取り合いか」「大人びて見えても、王子たちはまだ子どもですな」といった顔をして自分たちの雑談へと戻っていった。

その様子を見つつ、カインはシルリィレーアのそばまで行くと

「今のうちに、お二人をどこか別の場所へお連れしてください」

と耳打ちした。それに頷いたシルリィレーアが

「あ、あー。ジュリアン様、ジャンルーカ様。別室にて庶民派お菓子を用意いたしますわー。どうぞこちらにいらっしゃってぇー」

と、大きめの声で超棒読みでしゃべった。ジュリアンはそれに苦笑しながら頷くと、ジャンルーカを胸に抱えたままシルリィレーアの後についていったのだった。


別に二人の王子をそっと客室か屋内の応接間にでも案内してくれるだけで良かったのに、と思いながら、カインにつられて棒読み演技をしたシルリィレーアの背中を見送ったのだった。

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