サイリユウムの神渡り 2

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 カランカランと鐘の音が聞こえてきた。リムートブレイクで神渡りの日に鳴らす大鐘のような音では無くて、ハンドベルの様な手を振って使うタイプの鐘の音だった。

 王宮前広場の王宮側の門が小さく開き、そこから神官服を着た男が大きなハンドベルを鳴らしながらゆっくりと歩いてくる。そうして祭壇前にたどり着くとハンドベルを振る間隔を長く、ゆっくりに変えた。神官服を着ている男女数人が続いて広場に入ってきて、祭壇をぐるりと囲っているろうそくに順番に火を付けていく。


広場のろうそくに火がついたところで、桟敷席にしつらえてあったランタンの明かりが消されていく。広場は、カラーンカラーンとゆっくりと鳴り響く鐘の音と、ゆらゆらと小さく揺れるろうそくの明かりに包まれた状態になった。

 周りが暗くなったので、ディアーナが怖がっていないかとカインは横をちらりと確認したが、ディアーナはこれから何が始まるのかわくわくしているようで、貴族令嬢としてギリギリのラインで身を乗り出してじっと祭壇の方を見つめていた。カインはほっと息を小さく吐いて、自分も祭壇の方へと向き直った。

やがて、鐘の音がやみ、祭壇前の神官が今年一年あった良いことを朗々と歌うように告げだした。古い言い回しをしているせいか、歌うように変な位置にアクセントを付けているせいか、異国人であるカインには聞き取りにくく、何を言っているのか半分もわからなかった。前世の初詣で行った神社で聞いた祝詞ぐらいわからなかった。

後日談だが、年明けに学校でジュリアンとシルリィレーアに聞いてみたこところ、彼らにもわかっていなかったので世界が変わったところで神へ奉じる言葉というのはわかりにくい物なのだろう。

神官の祝詞がおわり、シンと静かになったところで、風もないのにろうそくの火が揺れだし、火の粉のような光の粒が空へ向かって浮かび始めた。


「わぁ。きれい」


 ディアーナがぽつりとつぶやいた。その向こうから母の感嘆のため息も聞こえてくる。ディアーナの声を横に聞きながら、カインもその幻想的な光景に目を離せないでいた。

ろうそくの火からつぎつぎと小さな光が浮かび上がり、どんどんと空へと飛んでいく。うわぁと感動しながら光の粒を追って空を見上げていたら、肘で脇腹をつつかれた。ディアーナが指さす方を見ると、祭壇の上にいた小動物たちが次々に眠るように体を横たえていき、その体から白く光るひときわ大きな光の粒がうきあがり、空へと上がっていった。


「うさぎさんが、倒れちゃった。小鳥さんも止まり木から落っこちてしまって・・・・・・どうしたのかしら」

「光が抜けていったように見えたね・・・・・・」


 貴族たちの前だから、生け贄と言った生臭い神事では無いだろうと思っていたカインだったが、その光景はどう見ても魂が抜けたウサギの体が力を失ってコロンと倒れた様にしか見えなかった。

 魔法の無い国であるサイリユウムで、こんな場面を見ることになるとは思っていなかったカインは、一体どういうことなのかと眉間にしわを寄せていた。

その動物からでた光が空高く舞い上がっていき、見えなくなったところで広場のろうそくがすべて消えた。

カインとディアーナ、エリゼが小さく声をだして驚いたのだが、周りにいるサイリユウム人たちは特に驚いた感じはなかったので、毎年このようになるらしい。


「一年を振り返って反省し、次の一年の抱負を胸に思い浮かべる時間なんですよ」


 前の列に座っていたセレルディーノが振り向いて、こっそりと教えてくれた。カインたちは小さく頷くと目をつむり、今年あったこと、来年の希望を頭に思い描いた。

 カインは、もちろん無理矢理留学させられた事を思い出し、来年は飛び級して三年生になることを改めて誓ったのだった。

真っ暗な広場は五分ほど静寂に包まれていたが、またカラーンカラーンと鐘がなりだした。ゆっくりゆっくりと、一回ずつ鐘の余韻が消えてから次の鐘を鳴らすという感じで鳴っていた。

鐘が鳴り出したことで目を開けたカインたち。今度は周りの貴族たちが空を見上げていることに気がついて、つられて空を見上げてみた。


「?。お空に何かあるのかな」


 ディアーナが空を見上げつつそうつぶやいた。カインも一緒に空を見上げているのだが、相変わらず月のない空には星が瞬いているだけだった。


「相変わらず、星がきれいに光っているだけだね」

「うん」


 兄妹そろって小さく首をひねっていると、空の星が少しずつ大きくなっていることに気がついた。


「お星様が、ちょっと大きくなっているみたい」

「んん? いや、違うよディアーナ。よく見て」


カインが指差す方、瞬いている星が大きくなっているように見えたのは、星では無く光る粒のような何かであった。今度は空から光の粒が降ってきているのだ。

小さな小さな光が雪が降り積もるように降りてきて、消えていたろうそくに灯がともる。そうして、今度は一回り大きな光が降りてきたと思うと小動物の体を包み込み、光が体に吸収されると小動物が起き上がった。


「うさぎのみみはなぜながいで、かみさまが連れて行った動物さんたちが、かえってきたのとにてる」


ディアーナのつぶやいた声が、カインの耳に入った。

うさぎのみみはなぜながいというのは、小さい頃のディアーナのお気に入りの絵本のタイトルである。神渡りの日に、神の国に帰る神様が動物たちを神の国に連れて行ってくれるという習わしがあるのだが、体が運びにくいからと断られた小動物たちが工夫を凝らして神様に連れて行ってもらうという内容である。その中で、神渡りで神の国に行った動物たちは、翌年の神渡りでやってくる神様と一緒に帰ってくるという事になっているのだ。

ディアーナの言ったとおり、光が空へと上がっていくのに合わせて小動物が横たわり、光が空から降ってくるのに合わせて小動物が立ち上がった光景は、その絵本で語られる神渡りの仕組みにそっくりだった。

やがて空から降ってくる光もなくなった頃、神官たちは恭しく小動物たちの入ったかごを持って広場から退場していった。どうやら、それで神渡りの神事は終わりらしく、宣言の声が響くと王様から順番に広場から退場して行った。


「なんだか、幻想的で不思議な光景だったわね」

「リムートブレイクの神渡りと全然違いましたね」


 魔法の無い国であるサイリユウムの方が神秘的なイベントになっているという事を不思議に感じるカインであった。

エリゼとカインとディアーナが会場を出るとき、祭壇の周りをぐるりと囲っていたろうそくのうちの一本ですといわれて、ガラスでできた提灯のような物を渡された。このろうそくを、燃え尽きるまで家に置いておくと神様のご加護があるといういわれがあるらしかった。


「これでは、ごちそうを作って一晩中無礼講よと言われた使用人たちが動揺するのも当然だったわね」


 エリゼが、ガラスの中で揺れるろうそくの火を見ながら、困ったような顔でそうつぶやき、カインとディアーナもうんうんと深く頷いたのだった。

そうして、三人は火が消えないようにゆっくりと馬車停まりまで歩いていった。

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誤字報告ありがとうございます。

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