サイリユウムの神渡り 1

 王宮前広場の桟敷席に囲まれた円形広場の真ん中には、立派な祭壇がしつらえられていた。騎士行列の時には、広場のフチをぐるりと囲むように桟敷席が組まれているだけだったが、今は祭壇の周りにも椅子が並べられており、下位貴族たちがすでに座って待機している状態だった。

 雪や雨が降ってきても大丈夫な様にか、桟敷席の上には布の屋根が掛けられているのだが、前方の広場側が開けているので星空がよく見えた。

「お兄様。暗いから息が白いのがよく見えますわね」

「はぁー。本当だね」

「星がとてもよく見えますけど、今夜は月が見えませんわね」

「本当だね。新月なのかな。それとも、低い位置にあって向かい側の桟敷席に隠れているのかな」

 空をキョロキョロと見渡しながら、カインとディアーナでそんな何気ない会話を交わしている。まだ王族が着席していないので、他の貴族たちも近くの席の人同士で雑談をしながら神渡りが始まるのを待っているようで、会場はざわざわとざわめいている。

「神渡りだから、月が出ていないのよ。今までの神渡りでも月が出ていたことはないでしょう?」

 二人の会話に、エリゼが混ざってきた。

「そういえば、鐘を鳴らす列に並んでいるときに、月を見た覚えがないですね」

「前にも、お兄様とお月様がでていないですねって話した覚えがありますわ」

 エリゼの言葉にカインが記憶を掘り起こしてみれば、確かに過去の神渡りで月を見た覚えが無かった。ただ、リムートブレイクの神渡りは、街中をたいまつや光の魔石で飾り立てて、一晩中昼間のように煌々と明るく照らし続けるというお祭りだったので、見えないだけだと思っていたのだ。

 街が明るいので、そもそも空に星が見えないのだから、月が見えなくても気にならなかった。ディアーナが言うように「月が見えない」という会話も何度かした覚えがあった。

「神渡りだから、月が見えないのですか?」

月が見えない理由が『神渡りだから』というのは初耳だった。リムートブレイクでは一晩中宴を開いて騒ぐだけのお祭りだったので、『神渡り』という名前と『新旧の神が入れ替わる』という謂れを聞いていても神事だという意識が薄かったのだ。

「月があると、空が明るすぎて帰る神様が月につられてしまう・・・・・・だったかしら?」

 頬に指を添えて、首をかしげながらエリゼが教えてくれるのだが、どうにもあやふやだ。神渡りの日に月が見えない理由そのものはうろ覚えのようだった。

「やってくる神様が地上の明かりと間違えて月に行ってしまうから、という理由もありますね」

前の列に座っていたセレルディーノが振り返って補足してくれた。前世の記憶でいえば、中学生レベルの天体知識であっても「神事があるので月が隠れる」なんていうのは迷信であると確信できる話ではある。しかし、転生後のこの世界には魔法もあるし魔獣もいる。ジュリアンによれば呪いもあるらしいし、昔は魔女もいたらしい。

そうであれば、神事の行われる夜には月が隠れるなんてことも、まぁあるかもしれないなぁとカインはセレルディーノの言葉に頷いておいた。とにかく、記憶にある限り神渡りの日に月をみた覚えがないので、そういうことなのだろう。もしかしたら天文学的に説明できる現象の可能性もあるかもしれないが、カインは前世でも天体に対して興味があった訳ではないのでわからなかった。子ども向け知育玩具の一つとしてスライド式の星の早見表を使ったことがある程度の知識しか無い。

「お兄様、見て。祭壇にうさぎさんがいます」

 ディアーナが、広場の真ん中に作られている祭壇を指差した。つられてカインもそちらを見れば、白い神官服を着た人間が数人、小動物の入ったかごを祭壇に置いて戻っていくところだった。目をこらせば、確かにかごの一つに茶色いウサギが入っているのが見えた。なにやらもぞもぞと動いている。

「ほんとうだね。小鳥やリスなんかもいるみたいだけど」

 神事に使われる祭壇に小動物が置かれると、生け贄にでもされてしまうのかと勘ぐってしまうカインだが、こんな広場をぐるりと埋め尽くす貴族たちの前でそんな血なまぐさいことをするとは思えないと思い直した。

「寒くないのかな」

「寒いと思うよ。早く終わって部屋に戻してもらえると良いね」

 ウサギを気にするディアーナに、カインがそう答えたところで王族入場を告げる声が響いた。カインを含め、先に広場に来て着席していた貴族たちが一斉に立ち上がり入場口に向かって頭を下げた。

「国王陛下、ご着席」

 側近らしき人物の声を聞き、貴族たちが一斉に顔を上げる。桟敷席の中央の一番上の席に悠々と座るサイリユウムの国王陛下の姿があった。カインがすっと視線を移動させれば、国王より二段下の席に、ジュリアンとシルリィレーアが並んで座っていた。あちらもカインを見ていたようで、にやりと口角を上げてみせ、目が合った事を知らせてきた。他にも、王妃やジャンルーカや二人の王女、三人の側妃たちも王の周りの席に座っている。

 カインとディアーナは母に促されて前に向き直り、もう一度座り直した。

 改めて広場を見れば、祭壇の周りに足の長い燭台が三重の円になるように並べられており、その上には火のついていないろうそくが立てられていた。

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