もう一人のシスコン

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 日が落ちてから王宮へと行くと、まずは晩餐会が行われた。広間いっぱいに置かれた沢山の丸テーブルに招かれた貴族が家族ごとに着席し、王の挨拶を聞いてから食事を楽しむという流れになっていた。


 建国祭では騎士に対して功績をたたえる場が設けられていたが、この場では文化や芸術、学問などで功績を残した者を表彰する時間が設けられており、褒賞授与やスピーチなどが行われた。

 食事をしつつそういった授与式を見ていると、「あの者を支援していたのは何家だ?」とか「あの発表者は一般人のフリをしているが、研究を理解しない実家から追放された貴族の息子らしい」「我が領地の特産品にあの理論は有効なのでは無いか?」などといったコソコソ話が近くのテーブルから漏れ聞こえてきた。なるほど、文系の才能の持ち主ならばここで表彰されることでパトロンを得られる可能性があるのかと、カインは晩餐会で表彰式が行われる事に感心しながらもディアーナと楽しく晩餐会を楽しんだ。


 一通りの発表や表彰が終わった後は、王宮お抱えの楽団が流すゆったりとした音楽を聴きながら食事を進めていき、デザートも終わった夜更け過ぎに、順次広場の桟敷席へと移動することになった。外は寒いので、爵位の低い家から順次広間を退出していく。


「エルグランダーク公爵夫人、よろしければエスコートさせていただけませんか?」


 会場に、カインたちエルグランダーク家を含む公爵家と王族だけになったところで、シルリィレーアの兄がエリゼにそう声を掛けてきた。


「あら、セレルディーノ様。婚約者様はよろしいのですか?」


 シルリィレーアの兄はセレルディーノっていうのかー。と顔は知っていたのに名前を知らなかったことにカインが気づき、そっとミティキュリアン家のテーブルの方へと視線を動かせば、そこにシルリィレーアはいなかった。

 さらに目を移動すれば、王家のテーブルのうち、子どもたちだけで固まっているテーブルのジュリアンの隣に座っているのを見つけた。


「神渡りの日は、家族で過ごすものですから。彼女も今日は家族と一緒なのですよ」


セレルディーノがにこりと笑ってそう言った。後ろで、シルリィレーアがジュリアンの隣に座っているのを見ればそのように決まっているわけではなさそうだ。おそらく、パートナー不在で参加している母エリゼへの心遣いなのだろう。すでに婚約者のいる、家格が同等の公爵家の令息という不貞を疑われにくく、家同士のお付き合いだろうと一目でわかる相手である。


「うふふ。どうもありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますわ」


差し出されたセレルディーノの手を取って、エリゼが立ち上がる。それに合わせて、カインも立ち上がってディアーナに手を差し出した。


「さ、ディアーナ嬢。お手をどうぞ」

「うふふ。ありがとうございます、お兄様!」


会場に残っている王族へと挨拶し、カインたちは神渡り会場である王宮前広場へと移動した。


 ぴょこんぴょこんと、ディアーナが歩くのに合わせてニット帽のウサギ耳がはねるように揺れている。背中に回したマフラーの端の大きめのポンポンもポコンポコンと併せてはねている。

 ジャンルーカの勉強や、ディアーナへのお土産選びのためにサイリユウムの絵本をいくつか読んでいるカインは、この国でもウサギはかわいい動物としてアイコン化されていることを認識している。貴族はあまりニットを身につけないとジュリアンは言っていたが、今のところカインたちエルグランダーク家一行の姿に何か言ってくるような声は聞こえてこなかった。


「ディアーナ嬢のその帽子は、うさぎでしょうか? かわいいですね」


エリゼをエスコートしていたセレルディーノがチラリと振り返って目を細めた。


「お兄様が、編んでくださったんですよ。あまり公式な場にはふさわしくないと思うのですけれど、今夜は寒いそうなので、一番暖かいこの帽子にしたんですの。お褒めいただけて、ほっといたしましたわ」


 ディアーナが、朗らかに笑いつつも令嬢らしく丁寧に返している。世を忍ぶ仮の姿として淑女のフリをしようねと言ってカインと一緒に貴族仕草で大人と接する様になってから、もう大分時間がたっている。今ではディアーナは完璧に貴族令嬢として振る舞うことが出来るようになっている。セレルディーノもディアーナの返しを違和感なく受け止め、ふむふむと頷いていた。


「なるほど、そのかわいい帽子はカイン君が編んだのだね。・・・・・・ということは、先日シルリィレーアとジュリアン殿下が身につけていたマフラーも、もしかして?」


 ちらりと、カインの方に視線を移したセレルディーノに、カインは目を合わせてうなずいて見せた。その次の瞬間、わずかな間だけセレルディーノの目が鋭く光ったが、すぐに柔和な笑顔に戻っていた。シルリィレーアの隣でニコニコしているお兄さんというイメージがあったので、カインはその一瞬の鋭い目を見間違いかと思ったのだが、


「余計なことを・・・・・・。あのスケベ小僧とあんなにくっついてシルリィレーアに何かあったら・・・・・・」


という小さい声がかすかに聞こえてきた。


セレルディーノも中々のシスコンだったようである。

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誤字報告、本当にいつもありがとうございます。

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