大晦日の日

 神渡り当日。つまり、一年の最終日、大晦日である。


 サイリユウム貴族学校も、年末最終日と年始最初の日は学校が休みとなるため、カインは前日から外泊届を出して家に泊まりに来ている。

 休みということで、カインはゆっくり起きてディアーナと一緒に遅めの朝食を食べた後、暖かいティールームでお茶を飲みながらカードゲームを楽しんでいた。

ティールームは来客を通す事もあるため、玄関の近くに位置しているのだが、本日は千客万来なようでかすかに挨拶をやりとりする声などが聞こえてきていた。


「さすがに今日はお客様が多いわね」

「こちらに来て、二月ほどしかたっていませんけど、そんなに挨拶に来る人がいますか?」


 一ゲーム終わってカードを集め、カインがシャッフルしているところに母エリゼが若干疲れた顔をしてティールームへと入ってきた。ティールーム担当のメイドが椅子を引いてエリゼを席へと案内している間に、別のメイドがカップや茶菓子をささっと準備している。サディス邸の使用人たちは優秀である。


「仕立屋と宝飾品店と、家具や調度品のお店のオーナーが来たかしら。このおうちを買った時に色々な所からお買い物したから、ご挨拶に来てくださったのね」

「掛け売りの集金も兼ねているとかでしょうか?」

「私たちは外国人で一時滞在ですもの。お支払いは都度してるわよ?」


 屋敷購入に伴って大量のまとめ買いをしてくれた上に金の払いが良かったということで、各商店や取り次ぎ商家のオーナーなどが挨拶に来ていたらしい。八百屋や肉屋や洗濯屋などは裏手から執事であるダレンなどに挨拶に来るのであろうが、貴族である母やディアーナが直接注文をするような物を取り扱う店は表から母へ挨拶に来るようだった。


 神渡り当日の昼間は、エルグランダーク家に限らず世間では挨拶回りで忙しいようで、玄関の先、大通りに面した鉄門の外では馬車や馬がひっきりなしに行き来していた。


「あなたたち、ここはもう良いわ。厨房や掃除係を手伝って夕方にはみんなで休めるようになさい」

「はい、奥様」


 席に座り、淹れ立ての熱いお茶を一口飲んだエリゼはそう言ってティールームのメイドたちを下がらせた。

 ジュリアンの話であれば、サイリユウムの神渡りはリムートブレイクとは違うイベントのようなのだが、エリゼがエルグランダーク邸ではリムートブレイク方式にすると決めていた。つまり、昼の内から沢山のごちそうを作り、夕方には皆に休暇を与えるということである。そのまま邸に残って朝まで飲んで食べて騒いでも良いし、ごちそうを包んで家へ持ち帰っても良いということである。

 それを聞いたサイリユウム人の使用人たちは戸惑い、リムートブレイクから連れてきていた使用人たちは喜んだ。エリゼ、ディアーナ、カインの身の回りの世話を焼くごく少数だけは引き続き働くことになるが、代わりに年明けに休めることになっている。


「サイリユウム王家から頂いた招待状には、夕方からの晩餐会からお伺いして、その後そのまま王宮前広場へと移動するみたいね」

「お母様、お兄様の編んでくださった帽子とマフラーをして行ってもいいかしら?」


 エリゼが今日これからの予定を確認するように言えば、ディアーナが服装について質問をする。カインは、ジュリアンに三メートルのマフラーを押しつけた後、ディアーナやイルヴァレーノ用のマフラーとニット帽と手袋を編んでいた。


「あの、うさぎの耳がついている帽子とポンポンがついているマフラー? あれはとてもかわいらしいから私も好きなのだけれど。うぅーん。サイリユウムではあまり貴族はニットを身につけないのよね」

「お母様の分も編みましたけど、王家に公式に招待された場ですし、不適切でしょうか」

「あら、私の帽子にも耳がついているのかしら?」

「いえ、さすがについていませんが、耳当ての下にフリンジを付けてみました。ゆらゆら揺れてかわいいと思いますよ」


 カインが昔マフラーを編んだとき、自分とディアーナとイルヴァレーノの分を作った後、さらに考え事をするのに編んだ分を近しい使用人たちにも配っていた事があった。成人した貴族は子どもの手編みのマフラーなどしないだろうとプレゼントしなかった父からまさかの催促があった(パレパントル経由ではあったが)ので、今回は母の分も編んでいたのだ。いらないと言われれば、母の侍女など、誰か別の人にあげればいいかと思っていたのだが、意外と喜んでくれているようだった。


「私たちの国では貴族でもこのような格好をします、といえば不敬といわれることはないでしょうし、実際リムートブレイクではニットマフラーをする人も増えているものねぇ・・・・・・」


エリゼが悩ましげに眉を寄せつつ、お茶を口にした。母の反応に、ディアーナはわくわくしながら返事を待っている。耳付きの帽子は歩くとポンポンと頭の上で揺れるのが楽しくて好きなのだ。


「今回も、ディアーナやカインが発端で流行が起こるかもしれないものね」


エリゼは自分にだけ聞こえる声でぼそりとつぶやくと、カップをソーサーの上にそっと置いた。


「良いでしょう。カインの編み物の腕も上がっていて、とてもきれいな編み上がりになっていたものね」

「ありがとうございます! お母様!」


 ディアーナはお行儀良く、椅子に座ったまま喜んだがその声ははねるようにうれしそうだった。自分の編んだ防寒具をディアーナがとても気に入ってくれているのを、カインはうれしく思った。


「実際、革手袋や絹のスカーフよりはニットの手袋やマフラーの方が暖かいのですものねぇ。サイリユウムでは、魔道具で会場全体が暖かいなんてことは期待できそうにないし、風邪を引いてしまっては元も子もないものね」


 エリゼはそう言って笑った。子どもたちもニット帽子やマフラーを身につけていれば、自分も身につけていても目立たないだろうというもくろみは、ワザワザ子どもたちには伝えなかった。

 

 ちなみに、ディアーナはウサギ耳で、カインはタレ犬耳。イルヴァレーノは猫耳がついていて、サッシャには丸い熊耳がついているニット帽をそれぞれ用意してある。

サッシャはありがたく受け取りつつも、人前で装着するのは断固拒否していたのだが、後日イルヴァレーノから「夜間の人目のないところで帽子をかぶって喜んでいましたよ」と告げ口されるカインであった。

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