カイン、マフラーを編む
おさらい回なので、飛ばしてもいいですよ。
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カインは、考え事をするときに編み物をするという習慣がある。
マフラーなどの単純な物であれば、ひたすら手を動かし続けることで思考がクリアになる気がするからだ。集中力が増すとも言う。
ド魔学では悪役令嬢であり、どのルートに行っても破滅的な未来しか待っていないディアーナ。そんなディアーナの破滅フラグを回避する為に。そして、成長するにつれ記憶があやふやになってしまってゲームシナリオを忘れてしまわないために、カインは時々編み物をしながらゲーム内容を思い出すようにしている。
マフラーを編みながら、となるとそれが毎度冬になるというだけである。
「ディアーナ嬢の騎士制服の刺繍の時も思ったのだが、そうやって編み物までし始めるといよいよカインが公爵令息であることが疑わしくなってくるな」
「考え事をするのにちょうど良いんですよ。それに、こちらの神渡りは座って神事を見守るのが主らしいですから、寒いでしょうしね」
「自分で編んだマフラーをしていくつもりなのか?」
「今まで使っていたのが大分ヘタれて来てしまっていますからね。それに、サイリユウムの毛糸の方が質が良さそうなので、これで編んだら暖かいだろうなと思ったんです」
「貴族はあまり毛糸で編んだマフラーなどせぬであろう? それを身につけるのに抵抗はないのか? それとも、リムートブレイクでは貴族も毛糸で編んだマフラーを身につけるのは一般的なのか?」
ジュリアンと会話をしながらも、カインはせっせとマフラーを編んでいる。編み目で柄を付ける訳でもないので、編み目を数えたりもしていない。ひたすら編み棒をさして、毛糸をかけてくるりと回すように引き出して、反対側の編み棒をひと目分抜く、というのを繰り返している。
「さあ? 私はリムートブレイクではあまり社交的では無かったので、他の貴族のことはあまりわかりません。でも、父は喜んで私の編んだマフラーをして登城していました」
「なかなか子煩悩なお父上であるな」
「子煩悩な父は、息子を留学させたりしませんよ」
カインは苦笑いをしつつ、手元の分が短くなった毛糸を引っ張った。かごの上に置かれている毛糸玉がコロコロとその場で転がるのを、ジュリアンが面白そうに眺めていた。
カインは知らぬ事であったが、筆頭公爵家当主であり、法務省事務次官であるディスマイヤが毛糸のマフラーをして登城したことと、その年の神渡りでカインとディアーナとイルヴァレーノが猫耳、犬耳、うさ耳のついたニット帽をかぶっていたのが貴族の間で話題になり、しばらくの間流行になっていた事があった。
それまでは、冬の首回りの防寒としてはフェルトやツイードで出来たボタンやベルトで止めるタイプの襟巻きか、ショールやスカーフを二重三重に巻いてブローチなどで留めるのが主流だったのだ。
カインやディアーナが耳付きのニット帽をかぶり、さらにディアーナは大きなポンポンのついたマフラーを巻いていたことで、神渡りに来ていた他の子どもたちがうらやましがったのがきっかけで一時期流行していたのだ。
リムートブレイク国内では現在、元からの襟巻きと毛糸編みのマフラーの利用者は半々の割合で落ち着いている。機織り工房では仕入れた糸の半分を毛糸に加工して売る様になったし、綿花栽培や家畜の毛が特産の領地では糸紡ぎ職人たちが紡ぎ台を太い糸用に改造するなどして毛糸作りに乗り出すといった動きがあったのだが、カインは知るよしもない。
「まぁそんな訳なので、編み物をしているときはあまり話しかけないでください」
「何か考え事があると言うことであるな。であれば、私に相談してみぬか? 人に話す事で思考が整理されるということもあろう」
今日も今日とて、放課後にサディスのエルグランダーク邸に行って帰ってきたカインである。すでに夜も更けており、今は就寝前ののんびりした時間帯である。
「ご配慮痛み入ります。が、私は自問自答で考えを整理したい派なので」
ジュリアンの提案を、カインは断った。ディアーナの破滅フラグのおさらいをしたいのであって、「妹をあなたに嫁がせ無いためにはどうしたら良いですか?」などと本人に相談出来るわけがない。
「そうか。まぁ、気が向いたら話しかけるが良い。私は明日の予習をしておくとしよう」
親切を速効で断られた事はあまりに気にしていないようで、ジュリアンはあっさりと引き下がると自分の学習机に向き合って教科書を開いた。
寮の室内が静かになる。カツカツと編み棒同士が時々ぶつかる音と、カリカリとノートにペンを走らせる音だけがかすかに響いている。
ジュリアンが静かになったところで、カインは編み物をしつつディアーナの破滅フラグを振り返る。
ド魔学の攻略対象者は全部で八人。王太子、見習い騎士、暗殺者、隣国の第二王子、学校の先生、学校の同級生、学校の後輩、学校の先輩だ。
このうち、カインがすでに面識があるのが五人。学校の先輩はカイン自身なので、まだ見ぬ攻略対象者は二人ということになる。
(王太子ルートについては、今のところディアーナへの婚約の打診の気配はないので静観するしかないか。アル殿下は俺になついてくれているし、俺がディアーナをかわいがっていることも知っているから、俺に嫌われない為にもディアーナを無碍にすることは無いと思うしな)
王太子ルートは、婚約者であるディアーナに対して婚約破棄などはせず、書類上だけ婚姻をした上で遠い領地の老人貴族に下賜して厄介払いをするというシナリオになっている。
ゲームパッケージでも大きく描かれている、いわゆるメインルートの攻略対象者である王太子は、その立場を忖度することなく接してくれる主人公に心惹かれる訳だが、すでにディアーナが忖度しない態度で接しているのである。刺繍の会でもどちらがカインの隣に座るかで喧嘩していたり、夏休みの領地で遊んでいるときも二人は本気で勝ち負けを競ったりしていた。
さらに、領地で夏休みを過ごした期間は『かわいいは正義大作戦』で母親に甘えまくっていたので、愛情不足が多少は解消されているはずなのだ。
さらに、都合の悪い存在を下賜という名で他人に押しつけるのは良くないという事もわかってもらえたのではないかと、カインは考えていた。万が一、この先ディアーナとアル殿下が婚約してしまったとして、その上主人公と恋に落ちたとしても、円満に婚約解消をしてくれるだろうし、他家に下賜したりしないだろう。
(最悪の皆殺しルートは、おそらくもう心配ないだろうな。今のイルヴァレーノは良い奴だし、ディアーナのことも大切にしてくれているからな。万が一この後ゲーム主人公と出会って恋をしたところで、二人きりの世界を作るために周りの人間を殺したりはしないだろうし)
暗殺者ルートは、ファンの間で別名皆殺しルートと言われていた。主人公の邪魔になる人間を次々と殺していき、ディアーナどころかイルヴァレーノ以外の攻略対象者もすべて死んでしまうのだ。主人公視点でみても最悪のシナリオである。カイン本人も死んでしまうルートなので、絶対に回避しなければならなかった。
暗殺者ルートの攻略対象者であるイルヴァレーノは、現在はカインの侍従である。三つ子の魂百までということなのか、未だに気配を消したり身軽に塀を跳び越えたり暗器を使って攻撃したりなどが得意なようだが、今のところそれらはすべてカインとディアーナを守るために使われている。
あまり愛想が無く、仏頂面でいることも多いが、カインやディアーナと一緒に遊んでいると笑うこともあるし、孤児院に刺繍や編み物のやり方を教えて行っている時などは、優しそうな顔で小さな子たちを見守っているのもカインは見ている。イルヴァレーノに関してはもうカインは心配していなかった。
(ジャンルーカも、おそらくもう大丈夫だろうなぁ。突然、ディアーナを兄上の婚約者に! とか言い出したときは驚いたけど、無事回避出来たし。何でもかんでも兄に譲らなくて良いんだってわかってもらえたみたいだし。何より、今のジャンルーカはディアーナの友人なのだから、ディアーナが嫌がる事を無理強いしたりはしないだろうし)
隣国の第二王子ルートは、両国の友好のためディアーナと婚約するという話になるのだが、主人公と両思いになっていた第二王子はその話は是非兄にと譲ってしまい、ディアーナは女好きですでに既婚者である第一王子の側妃にされてしまうというシナリオである。
ジャンルーカは留学先で文化の違いや魔法の使い方で悩んでいるときに、平民の主人公から「一緒に学びましょう」と言われて心引かれるという流れなので、カインはそれを潰すためにジャンルーカに言葉や文化の違いや魔法の使い方も教えている。さらに、何でもかんでも兄に譲らずとも兄の役に立てるのだと教えたので、万が一主人公と恋に落ちたとしても婚約者候補のディアーナを兄に譲ったりはせず真っ当に断ってくれるだろうと思えた。
(マクシミリアンは無事に魔道士団に入団出来たってティルノーア先生から手紙が来ていたし、もう今後はディアーナとの接点もないだろうな)
学校の先生ルートの攻略対象者であるマクシミリアンは、夏休みの領地で領城に不法侵入して捕まるという失態を犯している。カインは魔道士団員であり、自身の家庭教師でもあるティルノーアにマクシミリアンを押しつけた。貴族で無くなることを恐れ、兄のスキャンダルを暴こうとしたマクシミリアンだが、魔道士団員であれば活躍によっては魔道士爵という準貴族の立場を得られる可能性もある。何より王城勤務になるので学生のディアーナとは全く接点が無くなるのだから、ディアーナを追放するきっかけにはなり得ないだろう。
(クリスは、今のところ特にこれと言った対策も出来ていないけれど、元々クリスのせいでディアーナが死ぬわけじゃないからな)
聖騎士ルートは、魔の森に入った主人公と見習い騎士のクリスとディアーナが魔王の魂と遭遇してしまい、ディアーナが体を乗っ取られてしまったのでクリスと主人公が力を合わせて倒したというシナリオだ。クリスをどうこうすれば防げるという話では無いのだ。これに関しては、カインはひたすら自分を鍛えて強くなり、魔の森イベントの時について行って魔王に体を乗っ取られるのを阻止するしか無いと思っている。乗っ取られる前、魂の状態で倒せれば最良である。
(学校の先輩ルートの攻略対象は俺だから、これはもう除外していいだろうな。後輩ルートと同級生ルートの攻略対象者とはまだ面識がない。貴族名鑑をみても子どもは載っていないから特定が難しいし、これは学校に入ってから注意するしかないよな)
後輩については、ディアーナが二年生にならないと登場しないので緊急ではないが、同級生はディアーナと同じ年に学校に入学する事になる。同級生ルートを阻止するためにも、カインは連続飛び級をやり遂げて三年でリムートブレイクに帰らなければならないのだ。
「カイン。おい、カイン」
「はっ!」
集中して、ゲーム内容とこれまでの自分の成果を確認していたカインは、ジュリアンに肩を揺さぶられて意識を浮上させた。かごに乗せていた毛糸玉は全部で五玉あったはずだが、もう二玉しか残っていなかった。
「ずいぶん集中しておったな。もう消灯時間であるぞ」
「あぁ。もうそんな時間ですか」
目をしぱしぱと瞬いて、カインは首をぐるりと回した。編み目がほどけないように編み棒の先に木製のキャップをキュッと差し込むと、編み上がり部分と一緒に机の上へと置いた。
「一体、そのマフラー一本で何人の首を温められるんだろうな」
ジュリアンが笑いながら机の上のマフラーをつまみ上げた。編み棒の刺さっていない方から目で追っていけば、ぐるぐると渦を巻いておかれているそれは三メートルほどの長さがあった。
「考えをまとめるための作業ですから、これはほどいてまた編むから良いんですよ」
「ほどいてしまうのか? なんだかもったいないではないか」
「そうですか?」
就寝前の二時間ほど、作業として編んだので何の装飾もないただ平たく編んだだけのマフラーである。カインとしてはほどいて毛糸玉に戻し、また編めば良いと思っていたのだが、ジュリアンにもったいないと言われていたずらを思いついてしまった。
後日、もったいないと言ったのはジュリアン様ですからね。責任とってくださいね。といって、カインは三メートルのマフラーをジュリアンに押しつけた。
その後、シルリィレーアとジュリアンで、並んで歩くときなどに一緒に巻いているのを時々見かけるようになったのだった。
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