招待状

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 建国祭が終わってから、カインは放課後になると毎日エルグランダーク家サディス邸へと通い、夜になると寮に戻るという生活をしていた。

 建国祭休暇中は外泊届を出して邸で寝泊まりしていたのだが、さすがに学校が始まるとそういうわけにはいかなかった。

 王子であるジュリアンも、公爵家令嬢であるシルリィレーアも学校は家から通える距離にあるが、寮暮らしをしているのだ。身分の高さを理由にわがままを通すわけには行かなかった。

 若いうちに自立の精神を身につけようという学校方針なので、特に用事も無いのに家から通いたいというのは通らない。カインが提出した数十枚の外出届は休息日の分を除いてすべて却下されたのだった。


「他国からの留学生の家族が来ているっていうのは、『よっぽどの理由』に当たると思うんですよね!」

「その家族の滞在が一、二週間ほどの短期であれば通ったかもしれぬがな。エルグランダーク公爵夫人とディアーナ嬢が来てからもうひと月以上たっておるからなぁ」

「すでに日常ですわね」 


 授業がすべて終わり、今日も放課後に家へと向かう馬車の中である。用事があるということで今日はジュリアンとシルリィレーアが一緒に馬車に乗っているので、ここぞとばかりにカインが愚痴をこぼしていた。


「建国祭休暇の一週間はずっと邸にいたのであろう? カインが学生向けの園遊会なども全部断りおったせいで、『隣国の公爵令息はどちらに?』と聞かれて大変だったのだぞ」


 愚痴を言いたいのはこちらだとばかりに、ジュリアンも渋い顔をしながら言い返した。

 ジュリアンの言う通り、カインは建国祭休暇の一週間をエルグランダーク公爵家サディス邸で過ごしていた。

 母のエリゼは、エスコート役である父のディスマイヤがいないため、舞踏会は欠席していたようだが、昼のお茶会や規模の大きめの晩餐会には呼ばれた分だけ出席していたようで、一週間邸にいたというのに、朝食の時ぐらいしか顔を合わせることが無かった。

 カインも、学生から参加できる昼の園遊会などに誘われていたのだが『ディアーナと一緒にいたいので』と片っ端から断っていたのだった。


「仮とはいえ、社交界デビューが外国ってどうなんですか」

「カインが招待されていたのはほとんどが学生か、卒業生だがまだ爵位を継いでいない者ばかりが集まる催しばかりだったのだぞ。知り合っておけば、四年生や五年生の教科書を譲ってくれる者もおったかもしれぬでは無いか」

「学内アルバイトで知り合った先輩から、もうもらうめどがついてるので大丈夫です」

「カイン様は、学内ではすっかり顔が広くなりましたわね。人脈目当てでは学生ばかりの園遊会に参加しても、確かに意味が薄いかもしれませんわねぇ」


シルリィレーアが優しい顔で微笑みつつフォローしてくれた。

馬車が止まり、御者がドアを開ける。元々学校から歩いても二十分ほどの距離にある邸なのだ。馬車だと大通りを通るために少し遠回りになるが、それでも十分ほどで到着してしまう。カインが馬車からひらりと飛び降り、続いてジュリアンが降りてシルリィレーアをエスコートする。

こういった場面でのスマートさはさすがの王子様である。


「寒い寒い!」


と言いながら、カインは前庭の石畳を小走りで通り抜け、玄関を開けた。中からふわりと暖かい空気が漏れ出てきて、カインはほっとした顔をしてするりと玄関の中へと滑り込んだ。


「ダレン! ジュリアン様とシルリィレーア様がいらっしゃったから、お母様を呼んで来てくれないか」


カインの言葉に小さく首をかしげつつ、ドアの方を見れば遅れてゆっくりと、ドアをくぐってくるジュリアンとシルリィレーアの姿が見えた。ダレンがとっさに片手をあげると、控えていた使用人がやってきて二人から外套を預かるために近づいていった。

建国祭休暇前から、ジュリアンはすでに何度かこの邸へと遊びに来ている。

その時には、カインの友人としてきているからとわざわざ女主人であるエリゼを呼んだりサロンでお茶を飲んだりせず、直接カインの部屋へ行って遊んだり、中庭でブランコやシーソーで遊んだりしていた。

なので、今回は「母を呼んでくれ」と改めて言われてあれと思ったのだ。しかし、ダレンは優秀なので、問い返さずに短く返事をしてエリゼのいる場所へと向かったのだった。


「いつ来ても、玄関からこの暖かさはやはり驚くな。魔法道具というのは便利なものであるなぁ」


玄関をぐるりと見渡して、ジュリアンが感慨深げにつぶやいた。シルリィレーアもつられてぐるりと玄関を見渡している。

この邸の玄関には暖炉がないので、前住人の頃は冬の玄関は寒かったらしい。賓客が来ることがわかっている時には、ストーブを設置して到着の少し前から焚いておいて暖めておくというのが慣わしだったと、ダレンや使用人たちが説明してくれた。

今は、エリゼがリムートブレイクから持ち込んだ部屋を暖める魔法道具で暖めているので、邸の中で人の出入りが良くある場所はどこもかしこも暖かくなっている。


「兄上! 学校お疲れ様でした」

「おお。ジャンルーカ、来ておったのだな」


ティールームへと入ると、飛び跳ねるようにジャンルーカが迎えてくれた。

建国祭の後、ジャンルーカはお茶の時間に会わせてエルグランダーク邸へと通うようになっていた。午前中から昼食を挟んでお茶の時間までは王宮で家庭教師の授業を受け、その後でエルグランダーク邸へとやってきてはエリゼやディアーナとお茶の時間を楽しみ、エリゼに時間があればエリゼから魔法やリムートブレイク語を教わり、エリゼに時間が無くても放課後にやってきたカインと一緒に魔法や言語の練習をする、という日々を過ごしていた。

そのため、エリゼはサイリユウムの王妃からジャンルーカの魔法封じのブレスレットの鍵を預かっていた。

「ジュリアン王子殿下。ようこそおいでくださいました」

「エルグランダーク公爵夫人。突然の訪問、申し訳ない」

室内で、立ち上がり挨拶をしたエリゼに、ジュリアンは会釈程度に頭を下げつつ謝罪の言葉を口にした。エリゼは、にこりとそれを受けて、

「カインのご友人としてでしたら、いつでも、突然でもいらしてくださってかまいませんのよ。でも、本日は私にも用事がおありのようですわね」

「いかにも」

ティールームのメイドたちがそれぞれ椅子を引き、ジュリアンやシルリィレーアを席へと案内する。

「エルグランダーク公爵夫人。ご機嫌よろしゅう」

「ミティキュリアン公爵令嬢。ご機嫌よろしゅう。今日もかわいらしゅうございますわね」

席へと案内される途中、エリゼの前まできたシルリィレーアが挨拶を交わす。建国祭の騎士行列の観覧席で、ディアーナが偽物であることを王族に隠すために頑張ったという連帯感のせいか、シルリィレーアとエリゼはあれ以来仲が良い。エリゼはミティキュリアン公爵家へとお茶会に招かれることが多いし、ジュリアンにくっついてカインの家へと遊びに来ても、ディアーナやエリゼとお茶をしたり刺繍などについておしゃべりしていることが多いのだ。

皆が席に着き、お茶が行き渡ったところでジュリアンが懐から出した封筒を後ろに控えているダレンへと手渡した。

ジュリアンから封筒を受け取ったダレンは、チラリと宛名を見るとテーブルをぐるりと回り、エリゼの斜め後ろに立った。

「奥様、第一王子殿下より封書をお預かりいたしました」

そう言ってエリゼへと恭しく封筒を手渡した。エリゼはもったいぶって封書を受け取ると、いつの間にか反対側の斜め後ろに立っていたイルヴァレーノからレターオープナーを受け取って封蝋を剥がした。

「・・・・・・。まぁ。神渡りの神事への招待状ですのね」

「ええ。騎士行列を観覧した桟敷席が解体されず残っております。先日と同じように、王家の近く、賓客の席での観覧をいかがだろうかと思うて用意しました」

いつもの、偉そうな作ったしゃべり方では無く、とても紳士的な言葉遣いでジュリアンはエリゼにそう告げたのだった。

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誤字脱字いつも教えてくださりありがとうございます。

また、活動報告での好きな揚げ物情報ありがとうございます。

おまたせしました。

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