逃げきれなかった
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いよいよ明日は建国祭である。明日から一週間は記念日という事で学校も休みになるのだが、前日である今日は普通に授業があった。花祭り休暇、夏休み、収穫休み、そして建国祭休暇。この国の学校は休んでばかりだが、休み以外の日にはきっちり授業が行われていた。
放課後、カインはいったん寮の部屋へと戻って教科書などを机に片づけると、サディスのエルグランダーク邸へと向かう為に部屋を出ようとした。
「おっと。カイン、今から家に帰る所であるか? すれ違いにならず良かった。いったん部屋へ戻れ」
「いや、急いでるので後にしてください。ではさようなら、ジュリアン様」
ドアを開けたところにちょうどジュリアンが立っていた。カインは無視して通り過ぎようとしたが、がっちりとジュリアンに腕を掴まれて部屋へと連れ戻されてしまった。
「なんですか。明るいうちに家にたどり着いて、今度こそディアーナから中庭の素敵なものを見せてもらうんですから。用件は手短におねがいします」
「仮にも、第一王子に向って不敬であるぞ。いつも通りであるが、もう少し敬ってもいいと思わんか」
「敬われるような事をしてから言ってください。で、今日の用事はなんですか?」
「うむ。これだ。広げてみよ」
ジュリアンが手に抱えていた大きな紙箱をずいっとカインにおしつけてきた。急いでいたカインだが、外への扉をふさぐように立っているジュリアンをすり抜けてまで出ていくのはさすがにためらわれたので、しぶしぶ箱を受け取った。
箱が大きいのでいったんベッドの上へとおいて、ゆっくりとふたを開いていく。中にはドレスが一着入っていた。
「これは?」
「カインが明日着るドレスだ」
「は?」
「カイン。おぬし、妹の準備ばかりに気を取られて自分の準備をしておらなんだな? カインとディアーナ嬢の入れ替わりなのだから、ディアーナ嬢の騎士制服の他に、カインのドレスを用意しなければならなかったはずであろう? そして、していなかったであろう?」
ジュリアンの言葉に、カインは盛大に顔をしかめた。
確かに、ディアーナ用の騎士制服は厚底ブーツや肩パッドを使って体を大きく見せつつも、九歳のディアーナの体格に合わせて調達したもので、カイン用の服を着るわけではない。
逆も当然で、カインの体格ではディアーナのドレスをそのまま着る事はできないのだから、自分用のドレスを用意しなければならなかったのだ。忘れていたわけではないが、積極的に後回しにしていたのも事実である。なんなら、当日は仮病で母と並んでの観覧を断り、こっそり道沿いで平民に交じってディアーナの雄姿を心に刻むのでもいいかと思っていたのだが。
「ドレス……」
「そう、ドレスだ。サイズはカインの学生服を元に作らせたから合っているはずであるし、デザインは九歳ほどの令嬢が好みそうな可愛い系にしてもらっておる。ディアーナ嬢はこう……耳の上でリボンを結わえていたであろう? ドレスのリボンと共布で髪飾りも作らせたのだ。感謝して良いぞ?」
ジュリアンは、両手を挙げて耳の上あたりで軽く握りこぶしを作り、コンコンと頭に軽くぶつけてツインテールのジェスチャーを取った。それを横目に、ドレスの入っている箱の中を覗き込めば、確かに薄い紗の布でできた巾着の中に、ドレスのフリルと同じ色味のリボンが入っているのが見えた。
「結構です……。これは、受け取れません」
絞り出すような声で、カインがドレスの入った箱をぐっとベッドの上で滑らせて入り口側に押しやった。
ベッドの上をズズズっと自分の方へと戻されてくる箱を見て、ジュリアンはあげていた手を下げて腕を組むと首を傾げた。
「必要であろう? 遠慮はいらぬから取っておけ」
「結構です」
「意地を張るでない。今から自分で用意するのでは間に合わぬであろう? 共犯である仕立屋に行っても今からではやはり既製品のドレスしかない。公爵家令嬢としてそれはまずかろうよ。客人として王家と同じ見学席に座ることになるであろうからな」
「ぐっ。しかし、この国の第一王子からディアーナ宛にドレスが送られたという事実がまずいんです。どんな噂が流れるかわかりますよね?」
「ふむ」
組んでいた腕をほどいて、あごに手を添えたジュリアンが反対側に首を傾げた。
「ディアーナ嬢が私の側妃候補になるのではないか、という事か」
「事実無根ですし、させませんし、そもそもドレスを送られるのはディアーナではなく私ですけど、傍から見れば『第一王子が隣国の公爵令嬢にドレスを送った』としか見えませんから」
「では、これはジャンルーカからの贈り物という事にするか」
「そういう問題じゃないです!」
ジャンルーカから、と言いながらジュリアンが箱をベッドの上でカイン側に押し出し、そういう問題じゃないと言いつつカインが箱を押し戻す。
ベッドの上のドレスの箱が三往復もした頃、ジュリアンがベッドの上に腰を下ろして箱をこれ以上ドア側に移動できないようにしてしまった。
「では、こうしよう。これは、シルリィレーアからの贈り物だ。同じ公爵令嬢同士仲良くしましょうねという友情の贈り物だ。これならよかろう」
「シルリィレーア様まで巻き込むんですか……」
カインとディアーナの入れ替わり。それは、なるべく知る人が少ない方が良いに決まっている。すでに、仕立て屋とジュリアンとジャンルーカ、そしてハッセまでが巻き込まれているのだ。シルリィレーアを信用していないわけではないが、万が一バレた時に怒られる人は少ない方が良いだろう。
「今更何を言うか。王族と同じ観覧席で見学するのだぞ? 協力者も無しにどうするつもりだったのだ」
ジュリアンが呆れたように半眼でカインを見上げてくる。先日のお茶会を以って、エルグランダーク家は王妃殿下の客人という位置づけになっている。国を挙げてのイベントである建国祭のパレードであれば、王妃と一緒の特等席での見学になるのは当然の事だった。
「母上……王妃殿下とは一度挨拶したきりらしいからのう、椅子に座りっぱなしでおれば、ちょっと背が高いぐらいはごまかせるかもしれんが。数時間のお茶会で会話を交わした側妃たちは厳しいであろうよ。カインとディアーナ嬢の母君と、シルリィレーアを緩衝材として間においておけば少しはバレる確率も減るであろうよ」
「まさか、もうシルリィレーア様はご存じなのですか」
「当然であろう。真っ先に協力を依頼しておる。シルリィレーアは二人の王女のあしらいもうまい。隣に座ってもらえば安心感は計り知れんぞ。それに、シルリィレーアはすでにカリン嬢の事も知っているのだ、今更恥ずかしがることもあるまいよ」
「あぁ……」
カインは、明日自分が着るドレスの入った箱を抱えてエルグランダーク邸へと帰って行った。母に見つからないようにサッシャへと手渡し、明日の着替えの準備をお願いした。
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いつも誤字報告ありがとうございます。助かります。
ところで、先週の土日(11日、12日)に急にPVが増えてランキングも急上昇してたのですけど、皆さんどこからあにてんにたどり着かれたのでしょうか?
良かったらこっそり教えてください。
活動報告にコメントくださると嬉しいです。
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