ジャンルーカの決意

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「そんなに、すごかったのですか? ディアーナ嬢の騎士制服は」

「ああ、仕立屋で見た物だって十分に質の良い物であったがな。カインが三日で刺繍を仕上げおった。あの衣装であれば、私たちと並んでも遜色ないだろうな」


サイリユウム王宮のジュリアンの執務室。いよいよ明後日に迫っている建国祭の最終的な打ち合わせの為にジャンルーカとハッセがソファーでジュリアンと向き合って座っていた。

ジュリアンは昨日のサンドイッチの差し入れに続き、今日も帰り際にカインの様子を見に行っていた。今日はサンドイッチではなく焼き菓子を置いてきた。

一日しか経っていないというのにディアーナの騎士制服はほぼ完成という所まで進んでいて、その出来は素晴らしい物だったとジャンルーカに向って語ったのだ。


「ただまぁ。あやつはディアーナ嬢は自分と入れ替わってカインとして行進することを失念しておるのか、意匠がだいぶ可愛らしい感じになっておったがな。学友には可愛い物好きだと思われている節もあるし、まぁ許容範囲かもしれぬな」

「そうですか……」


ジュリアンの言葉に、ジャンルーカは返事をしつつも少しうつむいて考え込んでしまった。

ディアーナの騎士制服も完成し、いよいよ「貴族令嬢が騎士行列に参加する」というのが現実味を帯びてきた。表向きとしてはカインが見習い騎士行列に参加する事になってはいるが、無理だと思っていた事が現実になりつつある。


お茶会で面白おかしく語って聞かせてくれた、第二側妃のシグニィシスの体験談。それは「貴族令嬢が騎士行列に参加する難しさ」と「参加したことによりその後起こった不都合」の記憶であった。笑い話として話していたが、当時どれほどつらい思いをしたのかを想像できないジャンルーカではない。だから、ディアーナが騎士行列に参加するのはほぼ不可能だと思っていた。

場合によっては「騎士行列に参加したい」と口に出すことすらはしたないと言われる可能性があるのだ。王宮内限定ではあるが騎士の様に振舞う事を許されているシグニィシスが場を仕切るお茶会だったからこそ、許される発言だと思っていた。

しかし後日、ジュリアンとジャンルーカが遊びに行ったエルグランダーク邸で、再度ディアーナは騎士の扮装をして行進したいと口に出した。

そして、平民と身分を偽って参加するとか、二人の王女を巻き添えにして陰口を封鎖するとか、実行するためのアイディアを自ら考えて提案してみせ、それによって自分の侍女から実現可能そうなアイディアを引っ張り出した。

カインも侍女も侍従も、ジャンルーカの兄でありこの国の第一王子であるジュリアンすらも巻き込んで、自分のやりたいことをやり遂げようとしている。

『周りに反対されるとわかっている事でも、やりたいことはやりたいと声に出す』『できそうな方法を考え、実行する行動力』『周りに助力を求められる素直さ』ディアーナのそんな姿を見たジャンルーカは考える。

自分と、ディアーナの違いはなんだろうかと。


「ディアーナ嬢は恵まれていますね。周りのみんなが協力を惜しんでいないのですから」


ディアーナの令嬢としては異例の願いを、笑うことなく受け止めるカインや侍女。面白がっての事とは言え、ジュリアンすら協力を申し出ている。

ディアーナの人徳というものなのだろうか? 自分と同じ歳なのに、何が違うのだろうかとジャンルーカは思考に沈む。


ジャンルーカは物心ついたころから「良いな」「欲しいな」と思ったものはすでにジュリアンの物であることがほとんどだった。

自分に常に寄り添い尽くしてくれる友人のハッセ。慕ってくれる姉妹。立派な剣。父と母からの信頼。公私に渡って支え、ともに歩いてくれようとする婚約者。すべて、ジャンルーカが欲しいと思った時にはすでにジュリアンの物だった。

ジャンルーカの魔法と語学の先生として頼れるカインも、出会った時にはすでにジュリアンの友人だった。


幼いころ、ジャンルーカも「僕もアレが欲しい」とジュリアンの物を欲しがったことが何度かあった。

そのたびに、アレはジュリアン様のものですからと言われ手に入った事はなかった。新しく発見した素敵なものを、今度こそ僕が欲しいと言っても、まずはジュリアン様に差し上げましょうと譲ることを強いられた。

だからいつしか、ジャンルーカはあきらめてしまったし、新しく欲しい物ができると手に入れる前に兄に譲ってしまう癖がついた。手に入るかもしれないと期待して、やっぱり駄目だったとがっかりするのが嫌だったから。


自分のやりたいことをそのまま口にだして、そして実現させようと行動できるディアーナがひどくうらやましいと思った。


「兄上は、ディアーナ嬢の事をどう思いますか?」

「ん? 私か?」


ディアーナは、まだジュリアンの物ではない。そもそもカインのガードが堅いから、まだ誰の物でもない。一度、ジャンルーカが「兄の婚約者に」といつものように先制して譲った時も、カインからダメ出しをされている。まだジュリアンの物ではない、素敵な女の子。

その存在を、ジュリアン自身がどう思っているのか、ジャンルーカは気になった。


「なにせカインと同じ顔をしておるからなぁ。花祭りで女装したカインがちっちゃくなったみたいな気がしてしまって、素直に可愛いと思えぬのだよなぁ。普段のカインの言動を知っておるせいか、まぁ血を分けた妹ともなればあれぐらい破天荒にもなるであろうと、納得ではあるな」

「元気溌剌なお嬢様でしたね」


ジュリアンもハッセも、あまり褒めていないような気がする。ジュリアンは破天荒と言ったが、ジャンルーカのイメージするディアーナ像とは違うと感じた。

ジャンルーカは、少し前からディアーナの事が気になっていた。

文通を続けるうちに、ジャンルーカの手紙に対して何でも興味津々で返事をくれる好奇心旺盛な所や、字がきれいな所、サイリユウム語で書かれた手紙の間違いを指摘した時にお礼を言ってくれる素直な所や、ジャンルーカの間違ったリムートブレイク語をきちんと指摘してくれるところ、次の手紙で直っていたら大いに褒めてくれる所など、ディアーナに対する好感度は会う前から高かった。


「勇気ある女性ですよね? 茶会で僕を庇ってくれました」

「あぁ、シグニィシス様の茶会だな。話は聞いたが……。フィールリドルを言い負かすとはなかなかしたたかな令嬢ではあるな、確かに。屁理屈で相手を煙に巻くなど、やはりカインの妹だなと感心したな」

「兄上は、普段カインからどんな扱いを受けているんです?」


ジュリアンのあんまりな評価に、自分から振った話題だというのにジャンルーカは眉をひそめた。

ジャンルーカは、茶会で何も言えなかった自分の代わりに姉王女に立ち向かってくれたディアーナの強い後ろ姿に心惹かれていた。ディアーナは素敵な女の子だ。

それなのに、ジュリアンの評価があまり高くない事を不満に思った。おそらく、ジュリアンの中のカイン像がひどいせいで、ディアーナの評価が引きずられて下がっているのだとジャンルーカはこの場にいないカインを恨んだ。

第二側妃と話があって盛り上がり、騎士になりたいという変わったところもあるが、それを屈託もなく朗らかに話すところも素敵だと思った。その場では、そんな素敵な女の子ならばジュリアンのそばにいてもらわなくては、と思って「兄の婚約者に」と思わず口に出していた。カインに反対されてしまったが。

しかし、ディアーナ嬢に対してこんな評価をする兄に、ディアーナは譲れない。

口に出してみただけだと思っていた「ちびっこ騎士行列への参加」が、現実になりそうになっている。その行動力に、ジャンルーカは感化されてしまった。

お茶会でディアーナが姉王女にいった言葉「お話が分からないのを我慢してお茶を飲んでいるより、お話に混ざるための工夫をするべきだわ」というのは、以前ジャンルーカがカインから言われた「我慢をしてはいけません。我慢をしなくて済む努力をするんです」という言葉と同じ意味だ。

ジャンルーカは決意する。ディアーナは兄に譲らず自分が貰う。自分のお友だちになってもらうんだ、と。今度は我慢しない。


「兄上。僕はディアーナ嬢と友達になりたいと思います」

「ん? どうした、突然」


ジャンルーカが考え事をしている間に、ジュリアンとハッセで当日の段取りをほぼ済ませてしまっていたようで、当日のスケジュールを清書した紙をまとめたり、不要な紙を小さくちぎって廃紙入れに片づけたりしている所だった。

清書したスケジュール表を一枚、ハッセがジャンルーカにも渡してくれる。当日、朝は王宮前広場に集合。街を行進で巡り最後は王宮前広場へと戻ってくるので、その後貴族たちは一旦解散、ジュリアンとジャンルーカと近衛騎士たちは王宮の室内訓練所へと移動のち着替え、夜の舞踏会に備える事になっていた。

スケジュールをちらりと一瞥して、ジャンルーカはそれをテーブルの上に伏せて置いた。後でちゃんと確認するつもりで、今は別の話をするために。


「カインが、ディアーナ嬢と仲良くなりたかったらカインを倒せと言っていました」

「そんな事を言っておったのか? ……いや、言うか。あの様子なら言いそうであるな」

「言うかもしれませんね」


ジャンルーカの言葉に、ジュリアンとハッセが深くうなずいている。ハッセがテーブルの上の書類を片付けて、お茶を入れてくれた。ジュリアンとジャンルーカはカップを持ち上げてお茶を飲み、一息ついた。


「カインは魔法使いですから、剣術であれば勝てるかもしれません。相手の不得意分野で挑むのは卑怯かもしれませんけど、これも『我慢しない為の努力』『やりたいことをやるための工夫』だと言えばカインは断らないと思うのです」


カップをテーブルに置いて、ジャンルーカが決意を述べた。カップをグイっと持ち上げてお茶を全部飲み干したジュリアンは、ふぅと大きく息を吐きだすとカップをテーブルに置き、身を乗りだした。


「甘いぞ、ジャンルーカ。おそらく剣術でもお前では勝てぬだろうよ」

「む。こう見えても、僕は元騎士団副団長に指南していただいてるんですよ? 筋が良いと一年に一度ぐらいは褒めてもらってます。カインは魔法使いじゃないですか」

「カインな、アイツは隠しておるが剣も使うのだ」

「え?」

「巨大魔狼を前にして臆さずに一歩踏み出す胆力。固い魔狼の毛を切り、肉まで剣を届けて裂く技術。そして障害物が多い森の中だったとは言え、魔狼を翻弄して逃げ続ける脚力と体力。それらがすべて備わっておるのだ、カインには」

「えぇっ」

「まぁ、逃げている時は魔法も使ってフェイントをかけていたというのもあろうが、それでも大したものであった。今のジャンルーカで、勝てると思うか?」


膝の上で手を組み、あごを乗せてジュリアンが目を細めながらジャンルーカに問いかける。魔物討伐訓練の時に、大型魔獣に襲われてカインの魔法で事なきを得たという話はジャンルーカも聞いていた。しかし、剣まで使って斬り付けていたという話は聞いていなかった。

ジュリアンの語る、カインの戦う様子を想像してジャンルーカは顔を曇らせた。


「よく考えるがよい。『我慢しない為の努力』『やりたいことをやるための工夫』をするのであろう? 一案がダメだったからと言って、もうディアーナ嬢と仲良くなることをあきらめるのか?」


ジャンルーカの顔を見つつ、ジュリアンが面白がるように笑いながらジャンルーカをあおる。


「いいえ! いいえ! あきらめません!」


ジャンルーカは、大きく首を横に振って叫ぶ。ディアーナは、まだジュリアンの物ではない。そもそも、ディアーナはとても自由に見える。誰のものでもないのだ。是非、友達になりたい。兄よりも、姉や妹よりも先に、この国の誰よりも先に自分が一番の友達になりたい。

では、どうしたらカインを倒してディアーナと友達になれるのか。ジュリアンが言うように、一案だめだからといってあきらめない。よく考えろ、考えるんだと自分の膝を叩いてジャンルーカは思考する。


「兄上。こんな方法だと、どうでしょうか?」


ジャンルーカの考えたカインを倒す方法を聞いたジュリアンは、大きな声を出して笑いながら協力を惜しまないことを約束してくれた。

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