その、花言葉は
話しの区切りの都合で、みじかめです
―――――――――――――――
仕立屋から既製品の騎士制服を受け取ってから三日。カインはやり遂げた。二日目の夜はイルヴァレーノに無理やり寝かしつけられたものの、三日目は「あと少しだから」とまた徹夜をして刺繍に励んだ。
夜な夜な寮へとやってくるイルヴァレーノに手伝ってもらいつつ、袖や襟や裾、ズボンのサイドラインへと刺繍を施した。
ところどころ、蔦模様の隅からウサギがのぞいていたり、花の刺繍のそばにビーズで作った小さな蝶のブローチをつけたりと遊び心も満載にしてある。
サッシャとディアーナも、母の目を盗みつつ隙間時間を利用してハンカチへエルグランダーク家の紋章を刺繍し、イルヴァレーノを介してカインに届けた。
カインはハンカチの紋章を縫い代を残して切り取り、縫い代を裏側に回しつつワッペンの様に制服の胸へと縫い付けた。これで、無事にディアーナ用の騎士制服は完成である。
「この、家紋の隅にある白い花はなに? ディアーナの固有模様はまだ決めてなかったと思うんだけど」
制服の胸に縫い付けられた、エルグランダーク家の紋章の右下を指さしてイルヴァレーノに見せた。貴族家の紋章には一部余白になっている部分がある。家を表すときは紋章そのままだが、個人を表すときにはその紋章の余白に個人を表す意匠を添えるのだ。
エルグランダーク家で言えば、父のディスマイヤは百合の花が二本交差して描かれており、母のエリゼは青いしずく型の模様が三つ書かれている。カインとディアーナはまだ自分を表す意匠を決めていないのだが、ディアーナとサッシャで刺繍されたエルグランダーク家の紋章には余白部分に小さな白い花の束が描かれているのだ。
「それは、カイン花ですよ。旦那様や奥様の許可も無いので仮ですが、ディアーナ様が是非にと言って刺したんです」
なんてことない顔をして、イルヴァレーノがそう説明した。言われてみれば、その小さな花は確かに幼いころにディアーナがカインの為に見つけてくれた花に似ていた。
カイン花。公爵家の完璧に手入れされた庭には存在しない、路傍の花。新種を発見したと思ったディアーナが花に名前を付け、花言葉を新しく作った花。
「お兄様大好き」
三日で二回の徹夜、一心不乱に刺繍を刺し続けた集中力、作業を優先するために抜いた食事、そういったことによる疲労の蓄積と、完成による気のゆるみ、さらに不意打ちでディアーナからのメッセージに対する感激が合わさってキャパシティーを超えてしまい、カインはその場で崩れる様にして失神してしまった。
―――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます