カインが本気を出す時

カインが飲み終わったお茶のカップを店員に返し、ディアーナの為に用意されたが選ばれなかったカラフルな騎士制服を眺めていたところで、王子二人が奥の部屋から出てきた。

きっちりと仕上がった白い騎士制服を着た二人は、背筋も伸びて貴公子らしいたたずまいになっていた。


「さすがですね、そうやって白い騎士制服を着ていると二割増しで男前に見えますよ」

「ありがとう、カイン」

「何を言うか。私はいつだって男前であろう?」


カインがほめているのか微妙な誉め言葉を掛ければ、それぞれからそれぞれらしい返事が返ってきた。

詰襟をきっちりと締めた白い騎士用の制服は、細かな地紋のある布でできており光の加減で模様がわかるようになっていた。胸にはサイリユウム王家の紋章が刺繍されており、袖口は折り返されて濃紺の生地が表になっており、金色のモールで複雑な模様が縫い付けられていた。

その他、襟部分や裾部分にも緻密な刺繍がほどこされており、とても華やかな衣装に仕上がっていた。


「とてもじゃないですが、戦闘ができる衣装ではありませんね」

「式典用であるゆえな。陛下や近衛騎士団の団長などの儀典式服などはもっと派手であるぞ」

「父上や団長さんは勲章やマント用のブローチなどをたくさん胸に飾りますからね」


カインも留学前には近衛騎士団に混ざって剣術訓練をやっていたので、近衛騎士団の騎士たちとは馴染みがあった。しかし、一緒にいたのは練習の時ばかりだったので彼らの式典用の衣装などは見たことが無かった。珍しい物をみる目で、カインは二人の衣装をじっくりと見せてもらった。


「仮縫いで見せてもらった時よりも派手になってますね」

「あの時は全く装飾がついておらぬ状態だったからな。王家の威信をかけて、誰よりも派手にしておかねばならぬからな。刺繍職人には苦労を掛けた」

「ふふふ。カインどうですか? 似合ってる?」

「お似合いですよ、ジャンルーカ様」


カインとジュリアン、ジャンルーカで雑談を交わしている所に、ディアーナが試着していた部屋の扉が勢いよく開いた。その音に素早く振り向いたカインは扉から出てきたサッシャと目があった。サッシャはカインの目を見るとグッと親指を立て、自信ありげに目を光らせて口角を上げた。

貴族令嬢でもある侍女のサッシャらしからぬそのハンドサインに驚きつつ、ディアーナが出てくるのを期待して待つカイン。

サッシャが完全に部屋から出て扉を抑えると、女性店員に案内されてディアーナが出てきた。

きょろきょろと店内を見渡し、カインの姿を見つけたディアーナは嬉しそうに破顔しながら小走りで傍までやってきた。


「いかがですか、お兄様。似合っていますでしょうか?」


袖を小さくつまんで両腕を広げ、衣装が良く見える様に少し胸を張って見せたディアーナはとてもうれしそうだ。小さく首を傾げてにこりと笑うその顔が、いつもより少し近い事にカインは気が付いた。


足元を見れば、一度折り返して青い見せる用の裏布を表にだすようにして裾が広がっている事をわかりにくくしている。その下には厚底の黒い革のブーツを履いているのだが、靴紐ではなくベルトで止めるタイプのデザインを採用している事で厚底とわかりにくくなっていた。

肩パットが入っているせいか、普段のディアーナよりも肩幅が若干広くなっているようだが違和感はない。袖口をつまんで腕を広げているが、袖はちゃんと手首を覆う程度の長さになっているようでもたつきもなさそうだった。

白い詰襟の騎士制服は、二人の王子と同じように細かな地紋のある布のようで光の当たり方によって模様が浮いて見えた。折り返された袖口は鮮やかな青色で、ディアーナの瞳の色とあっていた。

夏休みにカインが街の雑貨屋で購入した平民向けかつお土産向けの騎士服ではない、ちゃんとした騎士服を着たディアーナはとても凛々しくかっこよかった。


「かっこいいよぉ~! 凛々しい! 素敵! 誰よりも正義の騎士っぽいよ! 白色メインで差し色に明るい青色が入っているのもすごい正義の味方っぽい!」

「本当!? かっこいい? うふふっ。背も高くなっているのよ? お兄様のお顔がいつもより近いですわね!」

「うんうん。可愛いディアーナの顔がとってもよく見えるよ! ディアーナは何を着てもかわいいけれど、騎士の制服を着ると本当にかっこいいね!」


デレデレとした顔でカインがディアーナを褒めまくる。そして、しゃがんで下から見たり後ろに回り込んで背中から眺めたり、ありとあらゆる方向からディアーナを眺めてはその姿の凛々しさをほめたたえた。


「ん?」

「どうしましたの? お兄様」


一通りディアーナの雄姿を堪能して褒めきったカインは、しかしディアーナの騎士制服姿に違和感を感じて首をひねった。眉間に小さくしわを寄せたカインに、ディアーナも同じ方向に首をひねって同じポーズを取って見せた。


「副支配人が言っていた通り、生地もとても良い物のようだし、厚底ブーツとわからないような工夫も、肩の女性らしいラインがわからないように入れられた肩パットも知らなければわからないほど自然だし……。だけど、なんだろう? 何か物足りないような……。ディアーナはもっと輝けると思うんだけど」

「着心地も良いのですよ、お兄様。きっちりした作りですのに、肩も上げやすいですし、用意していただいたブーツも、底が厚い割に歩きやすいんですのよ」

「そうなんだね、行進中に転んでも危ないもんね。歩きやすいのならよかった」

「でも、お兄様はなにか、物足りなく感じるのですね」

「うーん」


カインのはしゃぎっぷりに若干引いていた王子二人が、カインが落ち着いた様子を見て近寄ってきた。あごに手を当てて悩んだような顔をしているカインの肩を叩き、ジュリアンが声をかけた。


「どうしたのだ、カイン? ディアーナ嬢の用意ができたのであろう。何か不服でもあるのか?」

「ディアーナ嬢、とても素敵ですね! そうやって凛々しい表情をなさっていると本当にカインにそっくりです」


声を掛けられ、カインは振り向いて二人の王子を眺める。ディアーナと同じ白い騎士制服。吊り眉たれ目の甘い顔のジュリアンにも、真ん丸の目で朗らかに笑っているジャンルーカにも似合っている。いかにも王子様といったたたずまいになっている。

何が違うのだろうか? とカインは二人を上から下までぶしつけに眺めた。こちらの二人はしっかりと式典用の騎士に見えるのだ。

カインのぶしつけな視線を気にもせずに、ジュリアンはカインの横を通り過ぎてディアーナの隣に並んだ。そして手招きをしてジャンルーカも呼び寄せると、二人の王子でディアーナをはさむ形で横に並んだ。


「おお、ディアーナ嬢の前髪が目の高さにあるではないか。ここまで身長を上げることができるものなのだな」

「すごいですね! ディアーナ嬢が僕よりずっと背が高くなってる。同じぐらいの背の高さでしたよね」


横一列に並び、ジュリアンは手のひらで自分の目線とディアーナの頭のてっぺんの高さを比べる様に手首を行ったり来たりさせている。ディアーナの反対隣りに立ったジャンルーカも、少しつま先立ちしてディアーナの背と自分の背を比べて楽しそうに笑っている。

白い騎士制服を着て並ぶ三人を見て、カインは「あ!」っと声を上げた。


「わかった! ディアーナの制服はちょっと地味なんだ!」


カインはディアーナの袖と、ジュリアンの袖をぴったりとくっ付けて比べてみる。金のモールで模様を作って縫い付けられているジュリアンの袖口に比べて、ディアーナの袖口には金のモールが三本ほどまっすぐに縫い付けられているだけだった。

一歩真横にカニ歩きで移動したカインは、次にジャンルーカのすそとディアーナの裾を見比べた。

ジャンルーカのすそは細かく緻密な刺繍が裾から腰の上程まで施されており、ところどころではビーズのようなものも縫い付けられていてキラキラと光っている。しかしディアーナの裾にはぐるりと一周ツタの葉模様の刺繍が施されているだけだった。


「ちょっと……?」

「いや……、だいぶ地味か?」


ジュリアンが、ジャンルーカにその場を動かないように手で示してからカインの隣へと移動してきて、一緒に二人の衣装を見比べた。

刺繍の範囲が広く、使われている刺繍糸の色も複数ある上にビーズの縫い付けもされていてキラキラと光っているジャンルーカと、地紋の美しさは同じであるが刺繍の施されている面積が狭く、ビーズなどの装飾もないディアーナではその豪華さは一目瞭然だった。


「試着室でディアーナ様がお召しになったのを見せていただいた時には、とても豪華で素敵だと思ったのですが、こうして比べてしまいますと……。すこし、地味に見えますわね」

「まぁ、既製品の騎士服であるからなぁ。家格がどのくらいであろうとも対応できるように最低限の装飾となっているのであろう」


つまり、通常はこういった既製品を購入したのちに、自分の家格に合った刺繍なり装飾なりを施すのが一般的なのだろう。平民も混ざって進むちびっこ騎士行列に混ざるのであれば、これでもよかったかもしれない。生地やわずかに施されている刺繍に使われている糸などは高級品なのだ。見劣りはしなかったかもしれない。

しかし、ディアーナはカインとして見習い騎士行列に参加するのである。その時、隣にはジャンルーカが立っているのだ。


「地味でも、私は気にしませんわよ? 騎士として行進できるんですもの。それだけでうれしいですし、きっと楽しいわ」


ディアーナは、気負いなくそう言って朗らかに笑う。カインがディアーナの頭をそっと撫でてやれば、嬉しそうに目を細めて近くなったカインの顔を見上げてきた。

その顔は、確かに自分が着ている騎士服が地味であることを気にしていないようで、とにかく騎士の制服を着て、騎士として行動できることがうれしいという風に見える。

しかし、それではカインの気が済まないのだ。


「サッシャ、イルヴァレーノ。金と銀、そして青と……とにかく艶があって質のいい刺繍糸をありったけ買ってきて。副支配人! この騎士服はもう持ち帰ってもいいんですよね? ジュリアン様! 私はこれから建国祭まで学校を休みますから、先生にうまい事伝えておいてください」


次々と周りを囲っていた人たちに指示とお願いを伝えていくと、カインはがっしりとディアーナの肩を掴んでその顔を覗き込んだ。


「絶対に、ぜっっっったいに、ディアーナの晴れ舞台を良いものにしてあげるから! 僕を信じて衣装を貸してくれる?」


真剣な顔でそう言うカインの目を、ディアーナも黙って見つめ返した。


「お兄様の事、信頼しておりますわ」


ほんの三十秒ほど、見つめ合った二人だが、ディアーナが先にニパっと笑うと、大きくうなずいたのだった。

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