お着換えタイム

カインとディアーナが入れ替わり、ディアーナはカインとして見習い騎士行列に参加する。このサッシャのアイディアはカイン以外の満場一致で採用されることになった。

カインは後々、イルヴァレーノに恨み言を漏らすが「ディアーナ様第一主義なら賛成一択。むしろカイン様が賛成しないとは思わなかった」と言われて黙るしかなかった。

カインとしてもディアーナの願いは絶対に叶えてやりたいと思っていたが、もう少し別の案を検討してからでもいいんじゃないかと、未練がましく反対しただけだったので仕方がない。


ジュリアンとジャンルーカが、仕立て屋へと騎士制服の最終チェックをしに行くというので、カインとディアーナも一緒についていくことになった。ディアーナの騎士制服を作るためである。

母エリゼには秘密にしなければならないので、サッシャとイルヴァレーノ以外の付き添いは断った。

ジュリアンが、


「我々の護衛がおるから心配はいらぬ。これから街へと向かうからこれ以上人数を増やして民を騒がせたくない」


と言ってエルグランダーク家の護衛も断ってくれた。この悪だくみに、ノリノリなのである。

王家の馬車に相乗りし、王家御用達の仕立て屋へと到着するとジュリアンとジャンルーカは制服の試着と最終チェックをするために奥の部屋へと案内されていった。

カインとディアーナに対しては、副支配人が対応してくれるという事でその場に残ってくれた。


「先ほど、お母様からご挨拶いただいております。ご滞在時や次回以降に我が国へのご訪問の際にはぜひご贔屓いただきたいと思っております。精いっぱい対応させていただきますので、何なりとお申し付けくださいね」


副支配人のその言葉に、カインとディアーナは顔を見合わせた。この国での御用商人を決めるのに街に出ていた母は、仕立て屋としてここにも寄ったようだった。王家御用達の店に案内するとは執事のダレンもさすがである。

しかし、この作戦は母には内緒なのだ。母と通じている店に頼むのはどうしても不安がのこる。どうしたものかとお互いの目で相談していたカインとディアーナだが、後ろからサッシャが一歩出てきて副支配人に向き合った。


「実は、奥様に内緒にしていただきたい案件なのです。カイン様とディアーナ様から奥様を驚かせたいというご要望でして……。けっして、協力していただいたからと言って、奥様を怒らせてこちらとの取引を中止する、などという事にはなりませんので、ご協力いただけないでしょうか」

「ふむ」


サッシャからの申し出に、副支配人はあごをさすりながら思案顔をする。損得勘定をしているのだろう。

サイリユウムの既存貴族たちはそれぞれ、すでに贔屓の店を持っていたりする。新たな貴族が興りにくい中、隣国ではあるが公爵家との取引を新規で始められるというのはとても魅力的な話なので手放したくはないだろう。

特に、この現在の王都サディスは六年後には王都ではなくなるのだ。引き続きこの街に残る貴族もいるだろうが、数はだいぶ減ってしまう。

もちろん同じ商会の新王都の店もあるのだが、商会内での支店同士の売り上げ競争というのはやはりある。

言う事を聞いて夫人の怒りを買い、取引を停止されるのは痛い。しかし、一時滞在の夫人と違い、カインは留学が終わるまでこちらにいるのだ。カインの機嫌を取っておいた方が得策なのではないか? とも考える。

副支配人の顔色を見ていたカインは、最後に一押しをすることにした。


「このサプライズ企画には、ジュリアン様とジャンルーカ様も一枚かんでいるんですよ」

「よろこんで、ご協力させていただきます!」


副支配人はカインの一言でにこやかに協力を確約させた。王家御用達のお店なので、王家は絶対なのである。


ディアーナ用の騎士制服は、王子二人の様に採寸・仮縫いからするにはもう時間が足りなかった。建国祭までもう日がない事と、他の貴族から依頼されている服の仕上げ等に職人の手がふさがっているからだ。

王家ご用達の貴族向けの仕立て屋なのだ。騎士行列に参加する子ども達用の服だけでなく、騎士行列の行進を観覧したりその後の晩餐会や舞踏会などに参加する貴婦人たちのドレスなども請け負っている。かき入れ時の繁忙期の最終盤なのである。今から超特急で一から一着作ってくれというのはさすがに無理だということだ。


「こちらに、完成品の騎士服がございます。既製品ではありますが、品質は保証いたしますよ」


店員がガラガラと音をさせながら持ってきたハンガーラックを示して、副支配人がニコリと笑う。色とりどり、サイズ様々な騎士服がそこにはぶら下がっていた。


「王族をお守りする近衛騎士団は白色、王都内や周辺を見回り、治安維持に努める王都守備騎士はえんじ色、王宮内の巡回をする王宮騎士は灰褐色など、騎士団によって制服の色は異なります。一番人気はやはり近衛騎士団の白色なのですが、父親や祖父などの近しい人に騎士がおりますと、おそろいの色にするお子様もたくさんいらっしゃいます。また、各領地の騎士団は領地毎に制服の色が異なっておりまして、このお祭りの為に王都へと遊びに来ているお子様なんかは、領騎士団の色を着ることが多いようです」


ハンガーラックの騎士服を順番に手に取って見せ、そして戻しながら副支配人がそう言って説明をしてくれる。ディアーナも順番に見せてもらいながらうんうんと頷いて説明を聞いていた。


「うちの領騎士団は青い制服だよね」

「叔父様が青い騎士服をきていらっしゃいましたわね、そういえば」

「おお、そういえばエルグランダーク様はネルグランディ領の領主家でございましたね」


カインも、ディアーナと一緒になって既製品の騎士服を眺めつつ、青い服の袖を持ち上げて作りを確認していた。エルグランダーク公爵が治めるネルグランディ領はサイリユウムの国境と隣接しているので副支配人も知っていたようだ。


「じゃあ、ディアーナは青い騎士服にするかい?」


カインがラックから青い騎士制服を取って自分の肩に合わせながらディアーナに見せる。実際のネルグランディ領騎士団の青とは若干色味が違うものの、既製品から選ばなければならないのでそこは妥協せねばならないだろう。青い騎士制服を合わせているカインをじっくりと見ながら、ディアーナは腕組みをしてうぅーんと首をかしげている。


「お兄様、白い服を当ててみてくださいませ」

「白だね」


カインは、青い騎士制服をハンガーラックに戻すと、白い制服を取って自分の肩に当てて見せる。それを、相変わらず腕組みしたままのディアーナがじっと見る。制服を当てているカインに近づいてみたり、離れてみたり、さらにぐるっとカインの周りをまわって当てている制服が見えない背中側まで見てから、正面に戻ってきた。


「やっぱり、白ですわね! 弱きを助け強きをくじく! 正義の味方の色ですわ!」


ビシッとカインの胸元を指さして、ディアーナはそう言ってニカっと笑った。みなが憧れる近衛騎士団の白。しかし、ディアーナが白い騎士制服に憧れる理由は別である。


「少女騎士ニーナと同じだね」

「その通りですわ! さすがですわ、お兄様!」


ディアーナの騎士制服は、白色に決まった。

そこからは、副支配人と店員、サッシャでまずはディアーナの体にあうサイズの白い騎士制服を探し出し、試着して微調整をする作業に入った。


「厚底のブーツを履いて身長を高く見せます。ですから、ズボンのすそは長めで少し広がっている物を選んでくださいませ」

「お兄様のふりを……。なるほど、男装するわけですね。ではワンサイズ大きいものにして、肩にパッドを入れましょう。手はしっかりと出る様に袖は少し詰めて……」


試着の為に別室へと移動したディアーナとサッシャと女性店員の会話が漏れ聞こえてくる。カインとイルヴァレーノは店内を見て回ったり、副支配人から提供されたお茶を飲んで一休みしたりして待っていた。

途中で試着中の部屋へと靴箱を持った店員が入って行ったり、別の騎士制服を持って出入りする店員が居たりとなかなかに大騒ぎになっているようだったが、漏れ聞こえる声も出入りする人たちもなんだか楽しそうな顔をしていた。

なんだかんだと、可愛い女の子を男装の麗人として仕立て上げるのは服屋の店員として楽しいのかもしれないとカインはお茶を飲みながら眺めていたのだった。

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