悪夢再び

「しかし、爵位が高くなればなるほど、平民を傍に置くことに抵抗を感じる貴族も多いようでな。自身の奥方や令嬢の為に貴族出身の女性騎士を望む一方で、騎士を目指す令嬢に対しては冷ややかな対応をしてしまう。そんな矛盾が貴族社会にはあったりするのだ。侯爵家出身であり側妃という立場でありながら馬にのって剣をふるうシグニィシス妃の存在は、王宮の女性陣の心のよりどころになっているのだが、社会の目から守るためには王宮の外に騎士として出してやれぬ。ままならぬ状況というやつだな」


ジュリアンはそう言って軽くため息をついた。すぐそばにシグニィシス妃という実例がいるせいか、ジュリアンとジャンルーカ自身には令嬢出身の女性騎士に対してあまり偏見はない様だった。

実際、昨日の茶会ではシグニィシス妃が王宮の第三側妃宮の風呂場近くで不審者を撃退したとか、女性ばかりの職場である洗濯場に忍び込んだ下着泥棒をやっつけた等という話を聞いているので、女性向けの場所に女性騎士が居る心強さというものを実感として知っているのかもしれなかった。


「フィールリドルやファルーティアと会話していると、男装の麗人に対するあこがれみたいなものはあるみたいなんだよね。お芝居に出てくる騎士役を女優さんが演じている演目なんかは人気らしいし、お芝居の真似っこなんかは良く二人でしているみたい」


ジャンルーカの発言に、壁際に控えていたサッシャがうんうんと深く頷いている。サッシャも観劇が趣味で、夏休みに領地で開催されたカインのお土産ファッションショーで騎士服姿のディアーナに目を輝かせていたのも懐かしい。


「では、フィールリドル王女殿下とファルーティア王女殿下をお誘いして、一緒にちびっこ騎士行列に参加するのはどうでしょうか?」


ディアーナが提案してみる。男装の麗人に憧れて、お芝居の真似っこをするぐらいなら騎士服を着て歩くのも楽しんでくれるのではないかと思ったのだ。

この国で一番偉い女の子二人なので、彼女たちが参加すれば誰も文句は言えないのではないかという下心も、もちろんあった。


「難しいだろうなぁ。アレらの母がそういった事を嫌うのだ」

「難しいと思います。第一側妃様は彼女たちの評判を落とすような事をさせたがらないから」


ジュリアンとジャンルーカが同時に否定した。女の子二人の思惑ではなく、母がやらせないだろうという事だ。親の教育方針だと言われれば無理強いはできない。


「出たい~。騎士服をきて、騎士様たちと一緒に行進したいです、お兄様ぁ」

「うぅーん。ディアーナは、この国の貴族から色々言われても国に帰ってしまえば気にならないだろうし、いない令嬢の噂話なんて長々残らないだろうから、僕は気にせず参加しちゃっても大丈夫じゃないかなぁって思うんだけど。……お母様をどうごまかすか」


ディアーナに袖を引かれ、下から見上げる様にうるうるとうるんだ瞳で見つめられればカインは弱い。何とかディアーナをちびっこ騎士行列に参加させる方法はないかと腕を組んで考え込んだ。


「平民のふりをして参加できないかしら? お兄様が言うように、私はこの国の令嬢ではないから顔は知られておりませんもの。知らんぷりして参加しても、貴族だとバレなければ噂もされないのではないかしら」

「ディアーナ嬢はカインと顔がそっくりすぎるから無理じゃないかな」

「花祭りのミティキュリアン邸での給仕バイトや学内アルバイトをしておるからな、カインは若手貴族の中では意外と顔が知れ渡っておるぞ」

「魔獣退治訓練でも活躍したから、王都警備系の騎士にも顔が知られてるよね」


いい案を思いついた! という顔でディアーナは発言してみたが、ジュリアンとジャンルーカに

即否定されてしまった。

有名人になってしまっている事を、恨めし気な顔で見上げてくるディアーナの視線にカインは泣きそうになった。

カインとディアーナはとても似ている。年の差分、性差分の違いはちゃんとあるので二人が並んだからと言って見分けがつかないなんてことはないのだが、どこからどう見ても血がつながっているようにしか見えない。

安物の布地でできた騎士服を着て、平民ですよという顔をして参加したところで「あれはカインの血縁者じゃないのか?」という噂が立つのは確実だった。


「あの、発言をお許しいただけますでしょうか」


壁際に控えていた、サッシャが小さく手を挙げた。ジュリアンが「許す」と言ったのを受けて、サッシャはカインとディアーナの後ろまで移動してきて一礼をした。


「先ほど、カイン様を見習い騎士行列へとお誘いくださったというお話がございましたが、間違いございませんでしょうか」

「うむ。誘ったな。カインはすでに学生なのでちびっこではなく見習い騎士行列の方になるがな」

「カイン様は、この国の見習い騎士ではありませんが、そこは問題にならないのでしょうか?」

「うむ。先ほども言うたが、カインは留学生という立場だからな。文化交流という建前で参加することは可能である。そもそも、騎士見習いたちとて全員が騎士になれるわけではないのでな。行列に参加したから騎士にならねばならぬということでもないのだ」

「ありがとうございます」


丁寧に質問に答えてくれたジュリアンに、サッシャは深々と頭を下げた。そしてソファーの後ろからカインの座っている側の脇に移動すると、膝をついてカインに視線を向けた。


「では、カイン様が騎士見習い行列に参加なさるのはいかがでしょうか?」


そのサッシャの言葉に、カインは首をひねる。行列に参加したいのはディアーナである。もちろん、ディアーナが「お兄様のカッコイイ騎士姿見たい!」というのであれば断られても参加するが、今はそういう状況ではない。


「カイン様とディアーナ様は、今の身長差は二十センチほどでございますわね。ヒールの高いブーツやボリュームのある髪型にすることで、身長を高く見せることは可能でございます。演劇用衣装を取り扱っている靴屋などに行けば、厚底らしく見えない厚底靴なども調達可能でございます」

「ちょっとまって、サッシャ。ちょっとまって」

「幸いにも、カイン様は魔法を扱う為に髪を伸ばしてございます。男性で長髪であることはそれだけ特徴的ですし、いつも同じ髪型にしておりますから、同じ髪型にするだけで印象が近づきますわ」

「……サッシャさん?」


カインは背中に汗が伝うのを感じてブルりと震えた。サッシャの言わんとしている事をなんとなく察してしまい、それを自分自身で一生懸命否定する。実際に否定してほしくてサッシャに声をかけるが、サッシャは小さく頷くばかりで返事をせずに話を進めていってしまう。


「ジュリアン様。騎士見習い行列に参加するということでしたら、カイン様はジュリアン様の近くに配置されるのではございませんか?」

「もちろんである。大事な留学生であるからな。もし参加するようであれば、私と私の側近であるハッセではさむようにして、行列の先頭に配置することになるであろうな」


サッシャに質問されたジュリアンは、ニヤニヤと意地の悪そうな顔で笑いながらそう答えた。ジュリアンも、サッシャがどんなアイディアを披露しようとしているのかもうわかっているのだ。

ジャンルーカはおろおろと手を挙げたり下げたりしつつカインとサッシャ、ジュリアンの顔を順番に見渡していく。


「ディアーナ様。ディアーナ様としては騎士行列に参加できないかもしれませんが、カイン様のふりをして、カイン様として見習い行列に参加させていただくのはいかがでしょう?」

「え! 参加できるのなら、それでもかまわないわ!」


サッシャの提案に、ディアーナは希望に満ちた顔で元気よく返事をした。騎士の格好をして、騎士と一緒に行進するというのが楽しそうでやってみたいとディアーナは思っているのだ。平民のフリをするのも辞さないディアーナにとって、自分として参加できないことなど些細なことである。


「その場合、本物のカイン様は……」


イルヴァレーノがぼそりと小さくつぶやいた。王族の居る場で、発言の許可を取っていないので独り言のつもりだったのだが、その声はジュリアンの耳に届いていたようだ。


「もちろん、カインは代わりにディアーナ嬢のふりをして閲覧席から見学することになるだろうな」


カリン様の悪夢再びの危機に、カインはその場でテーブルに突っ伏してしまった。

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