女性騎士にかかわる矛盾
―――――――――――――――
夜更かしお屋敷探検隊の翌日、学校が休みであることもあってカインは少し寝坊をした。イルヴァレーノに髪を結んでもらいつつ、今日はディアーナとっておきの中庭の素敵なものを見せてもらう予定なのでウキウキと上機嫌だった。
ちなみに、カインの部屋の窓は中庭に面している。その為にカインは昨日の夜から窓に近寄らないようにしていた。ディアーナのサプライズに、最大限に新鮮な驚きを返す為だ。
「おはようございます。お兄様」
「おはよう、ディアーナ。良い朝だね」
食堂へ入ると、すでにディアーナが席についていた。食器がセットされていたがまだ食事はとっていないようだった。カインも挨拶を返しつつディアーナの隣へと座る。
リムートブレイクから来た使用人からの申し送りがきちんとしていたらしく、食器セットも向かい合わせではなく隣り合わせでセッティングされていた。
「寝坊しちゃったよ。待たせちゃったね? 先に食べていても良かったのに」
「お兄様とご一緒したかったから待っていたのに、お兄様は別々でも大丈夫でしたのね?」
「大丈夫じゃないよ! ディアーナと一緒に朝食を食べられたなら僕は世界の謎を解き明かせるほどの力が湧いてくるんだよ。だけど、ディアーナがお腹を空かせて切ない気持ちになる方がもっとつらいから」
「うふふ。怒ってないですわよ、お兄様。さ、朝ごはん食べましょう!」
母エリゼはすでに朝食を済ませており、執事のダレンを連れて街に行っているとのことだった。サイリユウムでの流行や商会、商店の様子を見て回る予定で、昼食も外でとるという事だった。
公爵家ともなれば、買い物は商人の方が家に来る事がほとんどだ。しかし、他国の貴族であり、まだどの商人ともつながりのない状態のエリゼは、今後付き合う相手を見定める為、店構えや店員の教育レベルなどを見定めるために自ら足を運ぶのだという。
「じゃあ、今日は僕とディアーナの二人っきりだね。半年ぶりだし、沢山遊べるね」
大勢いる使用人の事は置いておいて、カインはそう言って今日一日ディアーナと何をして過ごそうかとウキウキしていた。朝食が終わり、食休みとして居間でくつろいでいる最中に来客があるまでは。
「そう露骨に不機嫌そうな顔をするでない。そのような顔をするから、ディアーナ嬢に拗ねられるのだぞカイン」
応接間のドアを開けたカインの表情を見て、訪問者は開口一番にそう言って苦笑した。
応接間のソファーにゆったりと座っているのは、ジュリアンとジャンルーカだった。ジュリアンの隣に座っているジャンルーカは申し訳なさそうな顔をしつつも出された焼き菓子をもぐもぐとほおばっていた。
カインとディアーナが応接セットのソファー前まで行ったところでジュリアンとジャンルーカも立ち上がり、お互いに挨拶を交わして改めてソファーへと腰を下ろした。
ジャンルーカからお茶会の顛末を聞いたジュリアンが、ディアーナと改めて話がしたいと言って無理やり遊びに来たのだという。
「遊ぶためだけにわざわざ来たわけでもないぞ。この後、建国祭用の衣装の最終調整のために仕立て屋まで出かけるのでな、そのついででもある」
カインが王子のくせに暇人なのかと思ったのを見透かしたのか、そう言ってジュリアンはにやりと笑った。そんなジュリアンの脇腹を肘でつつきつつ、ジャンルーカはカインに向き直る。
「もう建国祭も間近だから、仕立て屋を王宮に呼ぼうとすると時間が限られてしまうんだ。だから、こちらから向かう方が時間の有効活用ができるんだよ。完成したのを試着して最終的な微調整をするだけだから作業そのものの時間はほんのわずかだしね」
「ああ、騎士行列の制服ですね」
ジャンルーカがジュリアンの発言をフォローして、カインがそれに頷いた。
しばらく前に仮縫い状態の制服を着た二人を見ていたので、いよいよ完成なのかと素直に受け止めただけのカインだったが、隣に座っているディアーナはカインの言葉に大袈裟に反応を示した。
「騎士行列! シグニィシス様から、入学前の子どもならちびっこ騎士行列に参加できると伺いましたの! 女の子でも! 参加できると! お伺いいたしましたの!」
「お、おう」
身を乗り出すようにしてそう言うディアーナに、ジュリアンはソファーの背もたれぎりぎりまで身を引きつつ何とか頷いて見せた。
寮の応接室で対面した時のディアーナは完璧に世を忍ぶ仮の姿を演じていたので、ジュリアンはすっかりおとなしくておしとやかな少女だと思い込んでいたのだ。なので、ジャンルーカから昨日のお茶会での「フィールリドル言い負かせた事件」を聞いてもにわかには信じられずに確かめに来たという経緯がある。
このエルグランダーク邸の応接間でも、ディアーナは部屋に入ってきてからずっとカインに寄り添いつつ朗らかに微笑んでいるばかりでとてもおしとやかだった。ジュリアンやジャンルーカとの会話でも適度な返事や相槌をうちつつも出しゃばらない姿はやはりおとなしいばかりの女の子にしか見えなかったのだ。
それが、騎士行列の話になったとたんに身を乗り出してきて、声を張って会話に入ってきたのでジュリアンは思わず身を引いてしまったのだ。
「シグニィシス妃から聞いたのなら、ちびっこ騎士行列に並ぶ女の子は平民の子ばかりというのも聞いたのではないか? 規則として貴族令嬢の参加が禁止されているわけではないが、あまりいい顔はされぬな」
「誰が良い顔をしないのですか?」
「主に両親だな。はしたないだとか、令嬢らしくないだとか噂されるのではないかと心配になるのであろうし、そもそも親がはしたないだとか令嬢らしくないと思ってやらせたがらないであろう?」
ジュリアンにそういわれて、カインとディアーナは母エリゼを思い浮かべる。久々のディアーナを目のあたりにして我を忘れたカインにゲンコツを落とした姿が思い浮かぶ。つい最近の出来事である。
カインは頭をさすり、ディアーナは自分の手をこすって鳥肌を治めた。
「お母様には、同意していただけなさそう……」
「ディアーナの少女騎士姿、絶対可愛いのになぁ」
がっかりするディアーナとカインの姿に目を細めつつ、ジュリアンはまじめな顔をして椅子に座りなおした。膝の上で手を組み、あごを乗せた姿勢で向かいに座る兄妹に向って口を開いた。
「そもそも、建国祭の騎士行列は建国の王が騎士だった事を伝え、讃えるために行われるのだ。国や領地、そして民を守っている騎士たちの雄姿を見せることで庶民に安心を与え、見習い騎士行列やちびっこ騎士行列などを見せることで騎士が身近な存在である事を認知させる。特にちびっこ騎士行列は、実際に本物の騎士たちに続いて騎士の格好で行列に参加することにより、騎士へのあこがれを持ってもらって志願者を増やすという目的があるのだ。もちろん、行列に参加したからと言って全員が騎士になれるわけでもないし、騎士に志願しなければならないわけでもない。しかし、貴族令嬢ともなれば『絶対に騎士にならない』事が明らかであるからな、周りからみればただの冷やかしとも見えようよ」
「その、『絶対にこの国の騎士にならない』だろう私に、騎士行列に一緒に出るか? って誘ったのはジュリアン様じゃないですか」
「カインは留学生だからな、我が国の文化を学ぶ一環として参加するのはおかしくもなかろう?」
要するに貴族女子が騎士行列に参加するというのは、あまり前例がないし参加の為の屁理屈すらもつけにくいという事なのだろう。
第二側妃のシグニィシスは幼いころにちびっこ騎士行列に参加したとお茶会で言っていた。会話を盛り上げるためにその事を面白おかしく話してはくれたが、その内容は周りから反対されていたのをいかに出し抜いて参加してやったか、といった内容だったのだ。
貴族令嬢が騎士の格好をして行列に参加するのはとても難しいと言える。
「平民出身の女性騎士は、数は少ないけどいるんですよ。男性騎士と一緒になって魔獣退治などに出かけることは少ないですけれど、貴族令嬢の護衛などをしている方が多いです。同性だと護衛できる場所が増えますから、需要はあるのですよ」
がっくりと目に見えて肩を落としたディアーナに気を使って、ジャンルーカが女性騎士について補足する。いないわけではないが、平民出身であるという事であればあまりディアーナの慰めにはならないのだが、その心遣いがうれしいと思ったディアーナは少しだけ微笑んで見せた。
―――――――――――――――
昨日は、たくさん「読んだ!」ツイートしてくださってありがとうございます!
エゴサして沢山みつけて「うへへへ」って喜んでいました。
そうそう、コミック1巻の重版が決定したそうです。
沢山の応援、本当にどうもありがとうございます。
これからもますます頑張ります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます