来ちゃった♡
―――――――――――――――
カインがジュリアンとシルリィレーアに手を繋がせるためにおこなった「お水大実験」は、簡単にできることから他のクラスにも広がりを見せた。
カインの様に魔法で氷を出すことができずとも、季節は冬が始まろうとしている所なので普通に汲んできただけで水は冷たい。汲んだばかりの水とやけどしない程度に沸かしたお湯、そしてその二つを半々で混ぜた物の三つを用意して手を突っ込んでは不思議な感覚を楽しんでいた。
ただし、それの続きとして同性同士で手をつないだ後に異性と手をつなぐ、というのはやはり令嬢たちの反発が大きかったようでほとんど流行らないまま忘れ去られていった。
ただ、もともと婚約者がいる者などは時々友人と手をつないだ後に婚約者と手をつなぐ、という事をこっそりと行い、新鮮な喜びをあじわっている者もいるらしい。
その日も、お水大実験で遊びたがった級友に請われてカインは魔法で水とお湯と氷水を出していた。寒かろうともカインは問答無用で氷水を出すので、最近ではその冷たさに耐えるという我慢大会という様相をていしてきている。そのため、参加者はもっぱら男子生徒ばかりになっていた。
もうすぐ休み時間も終わり、次の授業が始まるという事でカインとアルゥアラット、ディンディラナの三人で桶に入っている水を水場まで捨てに行った。
「カイン様。水が魔法で出せるんだから、水を魔法で消すことはできないんですか」
「消すことができれば、捨てに行かなくていいから楽でいいよねぇ」
アルゥアラットとディンディラナがこぼさないように慎重に桶を運びながら、思いついた疑問をカインにぶつけていた。
カインも氷水の入った桶を抱えながら、小さく肩をすくめて見せる。
「覆水盆に返らず、というか。出したものは消えないんだよねぇ。いや、消せない事はないんだけど、たぶん教室の湿度が上がる」
「それ、結局消せてないんじゃん……」
『水を出す魔法』というのは、魔力を水に変換させる魔法なのだが、逆に水から魔力を取り出す方法が確立されていない為、今のところ出した水を消すことはできないとされている。
カインの思いつく水を消す方法とは、要するに水蒸気にして散らしてしまえというただの力技である。
「『光らせる』とか『風を起こす』とかの現象を表す魔法であれば、魔力の供給が無くなれば自然と消えるんだけどね。物体を造形? 出現? させてしまうと引っ込めるのは難しいんだよ」
「魔法も、万能ってわけじゃないんだな」
「みんなが手を突っ込んだお湯では、お茶にして飲んでしまうわけにもいかないしね」
「うげー」
軽口を叩きつつも、廊下の端にある水場へとたどり着いた三人は桶を傾け水を捨てた。空になった桶をぶんぶんと振って水けをきっていると、後ろから駆け足の音が聞こえてきた。
桶をひっくり返して水場の端に立てかけて振り向けば、ハッセがすぐ後ろへとたどり着いて足を止めた所だった。
「やあハッセ。こんにちは。珍しいですね、接触禁止令があるからこちらの棟にはあまり来ないのではなかった?」
「ディンディラナ殿、こんにちは。……カイン様。お知らせしたいことがあります」
「私ですか?」
ディンディラナが声をかけたのに律義に挨拶を返しつつ、ハッセは真剣な顔をしてカインを見つめた。
ハッセは、カインにとってはジュリアンを介しての顔見知りであり、ジャンルーカの家庭教師時に城で会えば挨拶もする程度の知り合いである。建国祭用の衣装の仮縫いの時には会話も交わしたが、わざわざハッセから何かをお知らせされるような仲でもないし心当たりが何もなかった。
「寮の応接室に、カイン様への来客が来ていると知らせが入りましたのでお伝えに参りました。ジュリアン様を通じて、担当教師にもこの後は欠席の連絡が行っておりますのでカイン様はこのまま寮へお戻りください」
「え。来客って誰です?」
授業を休んででも寮に戻って面会しなければならない。そんな重要な客人に心当たりがないカインはつい眉間にしわを寄せてハッセを厳しい顔で見返してしまった。
ハッセは、申し訳なさそうに眉毛を下げると、
「申し訳ありません。私もジュリアン様から何も聞いておりませんので……。ただ、カイン様を連れて寮に戻るように、とだけ」
「ジュリアン様がぁ~?」
寮の応接室で待っているというカインの客の来訪は、寮からまずジュリアンに伝えられ、ジュリアンからハッセ経由でカインに伝えられているという事だ。
まずジュリアンに報告が上がるという事は、よっぽどの重要人物に違いない。
ジャンルーカのリムートブレイク留学前なのにジュリアンが非公式でディアーナに婚約を打診し、それが断られるというゲームに無い流れは、カインがサイリユウムに留学してきたからこそ起こった事態である。
それ以外にも、ジャンルーカが兄以外の姉妹との仲を修復しはじめたり、ジュリアンがシルリィレーアへの恋心を自覚し始めていたりと、カインの
ここにきてまた別の重要人物など出てきてしまって、あと二年とちょっとで国に帰るという計画が狂わされても適わない。
ハッセの後について歩きつつ、カインは可能性をあれこれ考えた。ジュリアン経由ということで、この国の王族に連なる誰かという可能性。シルリィレーアの実家であるミティキュリアン公爵家以外のサイリユウム王国の公爵家の可能性。
カインは自分が優秀であり、顔が良い事を自覚している。
先日の魔獣退治訓練の時や魔女の森で魔法使いは便利である事も、一部の人間には知れ渡っている。
囲い込みの為に、サイリユウム王国の重鎮が会いに来ているという可能性もある。
寮の玄関へとたどり着き、いつもは部屋か食堂へと向かう廊下を反対側へと曲がって歩く。寮監の部屋や図書室、宿直の教師用の部屋などがある棟の廊下を進むと、ひときわ豪華なドアの前でハッセが立ち止まった。
ハッセがノックをし、到着を告げれば中からジュリアンの声で返答があった。それを受けてハッセが扉を開けてくれて、カインに中へ入るように促してきた。
緊張に喉をならし、襟や袖口を直して背筋を伸ばした。何があっても貴族らしく、紳士らしく毅然と振舞うぞと心の中で自分を鼓舞し、カインは部屋へと踏み込んだ。
「失礼いたします」
部屋の中には、金髪に緑の瞳のナイスバディ人妻と、金髪に青い瞳の世界で一番可愛らしくて愛らしくて可愛らしい少女が座っていた。
「うふふっ。久しぶりね、カイン。来ちゃった♡」
「ふふふっ。お久しぶりです、お兄様。来ちゃった♡」
貴族らしく、紳士らしく、毅然と振舞う事はカインにはできなかった。
―――――――――――――――
いつも読んでくださりありがとうございます。
明日5月2日から、シーモアさんとブックウォーカーさんで書籍4巻の先行配信始まります。
よろしくおねがいします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます