気が付いていない想い

  ―――――――――――――――  

にやりと笑いながら、カインはアルゥアラットに向って右手を差し出した。


「アルゥアラット、握手をしよう」

「へっ? なんで?」

「実験、実験」

「はぁ……」


訳が分からないという顔をしながらも、アルゥアラットは素直にカインの右手を握った。


「うわ。カイン様の手ぇ堅ぁ。結構剣ダコあるじゃん。嗜む程度とかウソでしょ」

「ジュリアン様には内緒にしといてなー」

カインもギュッギュッとアルゥアラットの手を握り返しながら冷水の方に氷を足し、お湯の方に球体の熱湯をボチョンと落としつつキョロキョロと周りをみまわした。

やがて目的の人を見つけて片手をあげた。


「ユールフィリス嬢! ちょっといいかな?」


カインの声に気が付いたユールフィリスが小さく頷くと、一緒にいたシルリィレーアに向き直って言葉を交わし始めた。場を離れる断りを入れているのだろう。

そんな話をしているウチにユールフィリスがやってきた。


「何をなさっておいでですの?」


手を握りあう男子二人をいぶかしげに見ながらカインの前までくると、その机に三つの桶があることに気が付いて目を丸くする。


「ユールフィリス嬢、ちょっとこの桶に手を入れてみてくれない?」


カインはそういって、アルゥアラットと同じ事をユールフィリスにやらせたのだった。

やはりアルゥアラットと同じように、しかしお上品に驚いたユールフィリスを見て、カインとアルゥアラットは顔を見合わせてニヤリと笑った。

いたずらが成功したような顔をされたユールフィリスは困惑した顔で二人を見ながら、ハンカチで手を拭った。


「さて。ここまでは、前置きね。じゃあ、アルゥアラットとユールフィリス嬢で握手しよう」


ユールフィリスがハンカチをポケットにしまうのを待って、カインがそんな事を言い出した。


「え。なんで」

「それは……理由もなく殿方と手を繋ぐのはちょっと」


二人から同時にそういわれたカインは立ち上がって位置を変えた。


「実験だよ。実験。やましいことは何もないし、私も立ち会ってるし。ジュリアン様とシルリィレーア様のラブラブチュッチュ作戦の一つなんだって」

「そ、その作戦名は無しです! おやめくださいませ、カイン様!」

「俺は役得だから良いけど、ユールフィリス嬢が嫌がってんならやらないよ、カイン様」

「や、やりますわ! 大丈夫です。ジュリアン様とシルリィレーア様の仲良し作戦のためなのですわね?」


シルリィレーアのためと言われたユールフィリスはがぜんやる気を出し始めて、さっと右手をアルゥアラットに差し出した。

それを見て少し戸惑ったアルゥアラットだったが、カインの顔をみて頷かれたことで心を決めて、それまで握りっぱなしだったカインの手を離した。


「うわぁっ! うわぁ……。えぇー……。愛しくなっちゃう……」

「えぇ……?」


アルゥアラットとユールフィリスで手を繋いだ瞬間に、アルゥアラットが悲鳴をあげた。そして続けてつぶやかれた言葉に、ユールフィリスも困惑して握られている自分の手を見下ろした。


「あー……。わかったよカイン様。これが相対的な感触ってヤツの効果かぁ……。まずいよカイン様。俺、ユールフィリス嬢の事好きになっちゃいそう」


アルゥアラットが冗談めかしつつもそんなことを言うので、ユールフィリスがパッと握られた手を払って離した。


「な、なんですの!? ご説明いただけます?」

「あーっと。えーっとね、俺、直前までカイン様の硬くてデカい手を握ってたでしょ? その後に細くて柔らかくて小さいユールフィリス嬢の手を握ったもんだから、余計に小さくて細くて柔らかく感じちゃって『あぁ~小さい~可愛い~愛しい~』って思っちゃったわけ」

「さっき、ユールフィリス嬢もお湯と冷水の後に普通の水に入れて、左右で違う感覚になったの覚えてるでしょう? あれと同じ事を人の手でやっただけなんだ」

「俺、聞いたことあるわ。人も動物も、生存本能? みたいなので小さいとか柔らかいとか感じると、その対象に愛情感じちゃうらしいよね」

「しかも、このお湯と水の実験の延長だよって言えば、手をつなぐ理由にもなるからね。理由がないと手を繋いだりしないでしょう? あの二人」

「恥ずかしがり屋だよなぁ。ジュリアン様も、愛してるって自分から言えないから、反省文書くようないたずらしてるんだよな」


アルゥアラットとカインから、交互に色々と言われて若干ぐるぐる目になりそうになったユールフィリスだが、さすがの淑女である。

一つ深呼吸をするとキリッとした顔になった。


「シルリィレーア様を含め、友人をつれて参りますわ。カイン様、アルゥアラット様、そちらも男子を何人かお呼びくださいますね?」

「もちろん」


アルゥアラットはディンディラナとジェラトーニを手招きで呼び、ユールフィリスはシルリィレーアと仲の良い友人を二人ほど連れて戻ってきた。

カインは立って教室の前の方で別の友人と会話していたジュリアンを呼んで戻ってきた。


「うわっ。なんか不思議な感覚がする」

「きゃぁ。……うふふっ。面白いですわね」


まずはみんなで順番に温水冷水実験を試していった。不思議な感触にみな歓声を上げながら楽しんでいる様子を、先に体験済みのアルゥアラットとユールフィリスが優越感を感じているようなニヤニヤ顔で眺めていた。


「じゃあ、今度は女の子同士で手を繋いでください。僕らは僕らで手をつなぐよ」


一通り全員が水に手を付ける実験を終わらせた頃合いをみて、カインが新しい指示を出す。女の子たちは素直に隣に立つ子同士で手を握りあったのだが、


「えぇー。男の手を握るの……」

「何が悲しくて男同士で……」

「いいからっほら! 手を出せジェラトーニ!」


思春期の男子たちはしぶしぶと言った感じでお互いの手を嫌そうに握り合っていた。

同性同士で握り合っている手の感覚を覚えるために、手を握ったまま少し雑談をした。そして、頃合いを見て目の前に立つ男女同士で手を握るようにカインがまた指示を出した。


「えっ。それはちょっと恥ずかしいですわね」

「シルリィレーア様とジュリアン様は婚約者同士ですもの。手をつないでも問題ございませんわよ」

「それに、これは実験ですから。さっきの水の実験の続きなんです。やましい事は何にもないですよ」

「ほら、手をつなぐだけ!」

「手をつなぐというか、握手です。握手」


ユールフィリス以外の女子たちが恥ずかしがるなか、ユールフィリスとアルゥアラット、カインの三人で畳みかけるように声をかけていく。ユールフィリスとアルゥアラットは率先して手を握りあう事で他のメンバーになんてことない感をアピールして見せた。


ディンディラナとジェラトーニが、それを見て目の前の女子に手を差し出せば恥ずかしそうにしながらも女子生徒がその手の上に手をそっと重ねた。そしてぎゅっと握ってみると、目を丸くして驚いている。


「男の子の手って、こんなに大きいのですね」

「うわぁ。ちっちゃい……やぁらかい……ディンの手がごつかったからすごい違和感感じるぅ」

「ど、ドキドキしますわ」

「ジェラトーニの手だって皮が厚くてかたいじゃないか……はぁ、やわっこい……」


他のメンバーもドキドキしつつも、同性の手との違いにびっくりしながら手を握ってその感想を言い合っている。

それを見たジュリアンとシルリィレーアも、お互いの顔を見合わせてからそっと手を握り合った。

恥ずかしそうに照れ笑いをするジュリアンと、耳まで真っ赤になってうつむいてしまったシルリィレーア。

その姿をみた級友たちは、自分の握っている手の違和感や恥ずかしさも忘れてほほえましい気持ちになったのだった。


(明らかに相思相愛なのにな、この二人)


三つの桶を囲んだ生徒たちは、心の中で同じことを思ったのだった。

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誤字報告、本当にありがとうございます。キーボードをもっと丁寧に打ちましょうね…。はい。

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