実験とかいて、いたずらと読む

サイリユウム王国の現在の王都は、国の真ん中より少し南寄りに位置している。

リムートブレイクの東隣りにある国だが、王都の緯度はリムートブレイクの王都とさほど変わらないため、春と秋が長いという季節感はほぼ同じである。


夏休みが終わってから収穫休みが始まるころまでは、貴族学校の生徒たちも長袖シャツだけだったりベストを着たりと中間服で過ごす者が多かった。

しかし、収穫休暇も終わるとすっかり風も冷たくなってきて皆冬服を着こむようになっていた。


サイリユウム王国貴族学校では、収穫休み後に剣術大会やダンスパーティなどのイベントもあったのだが、カインはどれにも参加しなかった。

剣術大会は「剣士ではないので」と断った。

ダンスパーティはそもそも社交界デビュー間近の高学年生徒向けのイベントなので、カインだけでなく一年生はほとんど出席していない。

通常では、湖畔へ懇親を兼ねたピクニック大会などもあるらしいのだが、これは隣接する森での魔獣騒ぎがあったせいで今年は中止になっていた。


「そういえば、ダンスパーティやお茶会は生徒会主催でしたけど、ジュリアン様は生徒会役員じゃないんですね」


乙女ゲーム的には、王子様が生徒会役員であることが多そうなのにと思ってカインが聞いたことがある。

ジュリアンの答えは


「王族が生徒会になど入ってみろ。ほかの生徒が萎縮してしまって健全な運営などできようもない。そもそも、まだまだ若輩といえども王族であるぞ? こまごまとした政務もあるし、何より今は遷都の方がいそがしいのだ。生徒の面倒まではみておられぬよ」


ということだった。

たしかに、ジュリアンは学校ではのほほんと女の子のおっぱいを目線で追ったりシルリィレーアに反省文を書かされたりしているが、放課後や休息日には城へと行ってへとへとになって寮に戻ってくることがある。

カインがジャンルーカの家庭教師として城へ出向いたときにも、大人と何やら意見交換をしながら廊下を歩いている姿を何度か目にしている。

そうであれば、やはり王子が生徒会長というのは創作の中のお話ということなのかもしれないなとカインは納得した。


ちなみに、ハッセは騎士見習いとして剣術大会に出場していたが、三回戦で敗退となっていた。

「素手なら勝てた」などというおっかないことをぼそりと言っていたが、カインは聞かなかったことにした。



そんなこんなで冬も始まりを迎えたある日。


「カイン様、なにしてんの?」

「見てわからない?」


教室の一角で、机の上に桶を三つ並べているカインにアルゥアラットが声をかけてきた。

アルゥアラットはそばまで来て桶の中身をのぞいてみるが、中は空っぽだった。


「いや、わからないから聞いてるんだけど……」

「そうだよな。まぁ、みてて」


そういって、カインはアルゥアラットの見ている前で三つの桶にそれぞれ常温の水、氷水、お湯を入れていった。



「やっぱり、何度見ても魔法って不思議だなぁ。それで、この水が入った桶でなにすんの? カイン様」

「うん。実験、かな? アルゥアラット、こっちの桶に右手を、こっちの桶に左手を入れてみて」

「うん?」


眉間にしわを寄せ、不審そうな顔をしつつも腕まくりをしたアルゥアラットは右手を氷水に、左手をお湯へと浸した。


「うへぇ。つめてぇ。あちぃ」

「そのまま、もうちょっと待って。……もうちょっと。……よしっ、次は両手を同時に真ん中の桶に入れてみて」

「お、おう」


カインに言われたとおりに、アルゥアラットは両手をそれぞれの桶から出すと、真ん中の常温の水が入った桶に手を突っ込んだ。


「うわっ。ナニコレ!? 変な感触がするぅ。なんか気持ち悪っ」

「わはははは。面白いだろ?」

「右手は水があったかく感じるのに、左手は水が冷たく感じるんだけど!? 同じ桶に手を入れてるのになにこれ!」


右手は冷たく、左手は温かくした後に両手で同じ温度の物を触るとそれぞれ逆の感覚を味わうという現象については、おそらく名前がついていたはずであるが残念ながらカインは覚えていない。

しかし、この現象を経験できる知育玩具を前世のカインが勤めていた玩具メーカーが発売していたので、「そういうことが起こる」ということだけ、カインは知っていたのである。

そのおもちゃはもっと小さくて電池で温かいと冷たいを再現することができる物だったのだが、カインは冷たい水と温かい水と常温の水で再現してみたのだ。

アルゥアラットの反応をみると、成功のようである。


「相対的な感触っていうか、なんだろうね。説明しにくいけど、冷たさに慣れた右手と、温かさに慣れた左手が同じ温度の水をそれぞれ温冷反対に感じるっていうだけの話ではあるんだけどさ」


カインはろくろをまわすような手つきでアルゥアラットに説明する。が、カイン自身も理屈はよくわかっていないのでふわっとした説明になってしまっていた。

アルゥアラットはハンカチで自分の手を拭きながら、首をかしげてカインのふわっとした説明を聞いていたが、最後は理解をあきらめて肩をすくめた。


「面白いけど、わざわざこれをする理由がわからないな。なんで今これ?」

「コレは、前振り」


そう言ってカインはそばに立つアルゥアラットを見上げてにやりと笑った。

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