お兄ちゃんは妹に弱い

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ジュリアンの執務室でハッセと向かい合わせで静かな時間を過ごしていると、ノックと同時にドアが開いた。

ドアを開けているジュリアンの腕の下から、白い詰襟の騎士制服風の服を着たジャンルーカが開いたドアの隙間から飛び込んできた。


「どうですかカイン! 似合っている?」


両手を広げて、胸を張って自慢げに服をみせてくるジャンルーカの姿を見て、カインは「お似合いですよ」と言いつつデジャビュを感じていた。


「もしかして、市井の雑貨屋や洋品店に子どもサイズの騎士服が売っていたのは、建国祭の『ちびっこ騎士行列』のためですか?」


夏休み前日、イルヴァレーノが迎えに来たことで浮いたお金をディアーナのためのお土産につぎ込んだカイン。その時に、少女騎士ニーナに憧れるディアーナのために子どもサイズの白い騎士服を町の洋品店で買ったことを思い出したのだ。


胸を張って騎士服を着た自分を見せてくるジャンルーカの姿が、お土産ファッションショーをしてくれたディアーナと重なる。

望郷の思いにまた涙しそうになるのをカインはぐっとこらえた。


「そうだな、ちびっこ騎士行列には平民の子も参加できる。その子らが着るための服は確かに街で売っておるやもしれぬ」


ジュリアンによれば、行列に参加することで待ち時間などに本物の騎士と交流することが出来たりするらしく、王都の子どもたちには人気のイベントなのだそうだ。

貴族の子なども、遠い領地に住んでいても参加したいと両親にねだるほどだそうだ。

そういえばアルゥアラットも弟が来たがっていると言っていたなとカインはふと思い出した。


「そうやって、幼い時より騎士に対して憧れや親しみを持ってもらうことにより、騎士志望者を増やそうという政策の一つでもある。北方の山や東方の深い森などには魔獣も多いのでな、戦えるものは多い方がよい」


前世で言うところの、防災の日に消防士さんの格好をして本物の消防士さんと並んで写真が撮れるみたいなものだろうかとカインは想像してみた。たしかに、そういったイベントに参加した子どもたちは「将来消防士さんになるんだ!」とか「おまわりさんになるんだ!」とか言っていたような気もする。

カインは、前世ではそういったイベントで知育玩具のお試しブースなどを出店することもあった。人のよさそうな顔だったからか、子ども向けのおもちゃを売っている人なら安心だと思われたのか「カメラお願いします」といわれることが多かった。


「確かに、憧れの騎士と同じ服を着て一緒に行進できるなんて嬉しいでしょうね」

「総騎士団長が国王陛下であらせられますから、騎士への憧憬が深まれば、すなわち国王陛下への尊敬へとつながります」


カインがうなずいたところで、ハッセから補足の説明が入った。なるほどプロパガンダも兼ねているのね、というセリフは口に出さずカインは黙ってうなずいた。


ジャンルーカが一通り体を動かして不具合が無いことを確かめると、今度はハッセと一緒に執務室を出て行った。

ジュリアンはすでに仮縫いの服は脱いで私服になって帰ってきていた。


「そう言えば、カインも剣が使えるのであったな。特別に騎士見習いの行列に入れてやってもよいぞ?」

「結構です。剣を使えると言ってもたしなむ程度ですから」


留学の直前までリムートブレイクの近衛騎士団と一緒に訓練していたことは黙っておくことにした。手合わせだ、練習だと連れまわされてもたまらない。

魔の森イベントでディアーナを魔王から守るためにも、戦う力は欲しい。しかし、騎士が建国したといわれているこの国で剣で目立つ気はなかった。


「まぁ、そうか。魔法が使える者はさほど剣に精通しておらずとも戦うことができるのだものな」


ジュリアンはそう言って、深追いせずに納得してくれた。


「では、シルリィレーアたちと一緒に行進を見られる様、特等席を用意してやろう」

「遠慮いたします。アルゥアラット達と一緒に学生席でみますから」

「そういうでない。隣国からの留学生で魔獣を魔法で倒すという者に、我が国の騎士団の統率やら忠誠心やらを見せつけたいという輩に挟まれて見学するよりは、シルリィレーアやユールフィリスと一緒に見る方がよいと思うぞ」


つまり、魔法という脅威を持つ国の人間に、これだけの軍事力があるんだぞと見せつけたい人間がいて、断れない筋から誘われるぞ、という事だ。王子であるジュリアンとの約束が先であればそれを避けられるという事でもある。

知らない偉い人に囲まれるよりは、シルリィレーアたちと一緒の方がましそうである。


「……よろしくお願いします」

「うむ」


カインが折れる形で頭をさげると、ジュリアンは偉そうに顎を上げて請け負った。

しばらくうむうむと偉そうにしていたのだが、ふと困ったような顔をすると、ポリポリと顎を掻いて弱弱しい声を出した。


「フィールリドル達とも一緒に見ることになる。たのんだぞ、カイン」

「あーっ!」


ジュリアンの付け足した言葉に、カインは目を見開いて声を上げた。


「私の心配をするようなふりして、そっちが本題でしょう!? わがまま姫を押し付ける気ですね!」

「アレらはカインを大層慕っておるうえに、カインのいう事ならおとなしく聞くそうではないか」

「そんなことありませんからね!?」

「頼む! アレらを国民の目に入る場所に出さねばならぬのだ。何とかおとなしくさせておいてくれ!」


本来、めったなことでは頭を下げない王族であるはずのジュリアンが、ガバリとカインに頭を下げて見せた。


自分の事を案じたと思った所に対する厄介ごとの押し付けに、裏切られたような怒りも感じつつ、筆頭公爵家長男という立場から気持ちはわかるという同情もわいてくるという複雑な思いにカインの顔は複雑にゆがんだ。

口をパクパクと動かしてみるが、言葉は何も出てこず、最後にはがっくりと肩を落としてため息を吐いた。



「貸しですからね」

「恩に着る」


ハッセもジャンルーカもいない、二人だけの執務室で交わされた言葉は、書棚の隙間に消えていった。

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いつも、誤字報告ありがとうございます。たすかります。

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