二人の王女
カインはジャンルーカへと駆け寄るとその横に並び立った。跪いてその頬を冷やしてあげたい気持ちをぐっとこらえ、少女たちから見えないようにそっとジャンルーカの背中を手のひらで支える。
状況としては明らかに目の前の二人の少女のどちらかがジャンルーカの頬を叩いたのだとわかるのだが、王宮に居てジャンルーカに手をあげられる少女となればその身分はしれようというものだ。
下手な言動はカインどころかジャンルーカの立場を危うくする可能性だってある。
「ジャンルーカ殿下。私にこちらの可愛らしい女性をご紹介いただけないでしょうか?」
声はジャンルーカに、顔は少女たちに向けてカインは問う。攻略対象という立場を最大限に活かし、美しい顔がより美しく見える角度で、微笑みで、少女たちを優しく見つめた。
二人の少女の頬がポッと赤く染まるのをみてカインは心の内でガッツポーズする。
「姉のフィールリドルと、妹のファルーティアです」
ジャンルーカは、そう言って二人をカインに紹介した。
隣に立ち、少女たちから見えないよう背中を支えてくれているカインの手の暖かさによって泣くのを我慢できた。
頬を染めてポーっとしていた少女たちだが、ジャンルーカの言葉にハッと正気を取り戻すと、キッと眉毛を吊り上げた。
「お姉さまのフィールリドル殿下でしょ!」
「わたくしもファルーティア殿下でショ!」
姉、妹の順で声を高くそう叫んだ。
ジャンルーカは何かが痛むような顔をしながらも、
「姉上のフィールリドル殿下と、妹のファルーティア殿下です」
と言い直した。
その言葉で満足したのか、姉のフィールリドルがふんぞり返る勢いで胸を張り腰に手を当てたポーズをとる。
それを見て、妹のファルーティアも慌てて同じポーズをとった。
ジャンルーカは、今度はカインを手のひらで示して紹介する。
「こちらは兄上のご学友の、カイン・エルグランダーク公爵子息です」
「初めまして、カイン・エルグランダークと申します。サイリユウムの素晴らしい文化を学ばせていただく為、隣国リムートブレイクより留学してまいりました。フィールリドル王女殿下、ファルーティア王女殿下。本日ご挨拶させていただけたこと、幸甚の至りでございます」
ジャンルーカの紹介を受け、カインは一歩前に出て跪くと挨拶をしつつ右手を差し出した。その様子を見た王女二人は、またもやポポポッと頬を赤らめながらもフィールリドルから順にカインの手のひらに自分の手のひらを乗せていく。
留学した直後、シルリィレーアから教わった淑女に対する挨拶の仕方である。カインは手のひらに小さな手が置かれると、頭をさげてその手の甲に自分のおでこをつけた。
丁寧に、淑女に対する礼をされたのが気に入ったようで、フィールリドルもファルーティアも非常に機嫌が良くなったようだ。
「ジュリアン兄さまはいらっしゃらないようですが、兄さまのご友人がなぜここにいるのかしら?」
「ジャンルーカ王子殿下と一緒に勉強をしておりました。ジュリアン王子殿下から図書室の利用許可をいただいておりますので、留学の意義を深めるためにもお言葉に甘えて利用させていただいております」
「まぁ!」
「まぁ!」
カインがジュリアン不在でもココにいる理由。ジュリアンから許可はとってあるという事を強調してカインは二人へと説明をした。
フィールリドルとファルーティアはちょこちょこと小さく駆けてカインのすぐそばまで来ると両側からその腕を取った。
「でしたら、私たちと一緒にお勉強しましょうよ。私、あなたの事を気に入ってしまいましたわ!」
「そうよ! 私たちとお勉強しましょう! そんな魔力持ちのはずれっ子なんてほおっておけば良いのだわ!」
カインは一瞬眉間にしわが寄りそうになったが、気合で笑顔をキープした。
サイリユウムの人間は普通魔力を持って生まれてこない。まれに生まれてきても道具を使って魔力を封じられて生きていく。
ジャンルーカや王宮に遊びに来ている時のカインの腕につけられているブレスレットの様に。
ジュリアンやアルゥアラットは魔力持ちに対して偏見はないとは言っていたが、この二人の少女はそうではないらしい。しかも、先ほどカインはリムートブレイクからの留学生だと自己紹介したのにも関わらず、魔力を持っているジャンルーカの事を『魔力持ちのはずれっ子』と揶揄した。
カインは、この二人の少女はお馬鹿さんなのだな、と判断した。
ディアーナやアルンディラーノ、ジャンルーカと言った賢い子どもたちを見てきたせいか、ほぼ同年代であるフィールリドルとファルーティアがことさら愚かしく見えてしまう。
偏見を持ってしまうのは百歩譲って仕方がない事もある。このくらいの年齢の子であれば、親の影響が強いからだ。親が何らかの理由でジャンルーカを嫌っているのであれば娘たちにそういったことを吹き込むこともあるかもしれないからだ。
しかし、魔法が当たり前に存在するリムートブレイクという国からやってきたカインを前にして魔力持ちを馬鹿にする発言をするのはいただけない。
教育が足りていないと言えるだろう。
「申し訳ございません。私はジャンルーカ王子殿下に語学を教えるようジュリアン様から言いつかっているのです。ジャンルーカ王子殿下を放っておくわけにはいきません」
「何よ! 王女である私が、あなたと勉強してあげると言っているのよ! 私はこの国の文化にだって詳しいのですから! たくさんご本だって読んでいるし、演劇だって見ているのだわ!」
「そうよ! お母様と一緒に、美術館にだって沢山いっているのよ! 絵画や彫像にだってちゃんとくわしいのよ!」
どうも、この少女たちの中では文化=芸術となっているようだ。先ほどカインがこの国の文化を学びに来たという言葉を拾っているらしい。
ため息をつきそうになるのをぐっとこらえて、カインは目を細めてにこやかに笑う。隣で立っているジャンルーカが不安そうな目をしてカインを見ている。
「申し訳ございません。先ほども申しましたが、ジャンルーカ王子殿下にリムートブレイク語を指南するというのは、ジュリアン様からのご依頼でございます。ちゃんと、王宮の殿下方の教育関係をつかさどる宮殿管理部門のえらーい方からも書面で正式にご依頼いただいているものなのです。これを放り出しては国際問題になってしまいます。どうぞ、私と勉強したいというのであればジュリアン殿下、もしくは宮殿管理部門を通して正式にご依頼ください」
ニコニコと人のよさそうな、しかし普段のカインを知っていれば胡散臭いと思うような笑顔を顔面に張り付けて、カインは一気にまくしたてた。
フィールリドルとファルーティアは、目を真ん丸にしながらカインの言う事を聞いていたが、どうにも全部は理解しきれていないようだった。ただ「ジュリアンの許可を取らないとダメ」という事だけはわかったようだった。
「今日の所は引き下がってあげるわ!」
「ジュリアン兄さまにお願いして、私たちの家庭教師にしてさしあげるから、まっていてね!」
ほっぺたをぷっくりとふくらましながらも、二人の王女は踵を返すとさっさと図書室から出て行ってしまった。
図書室の前で護衛に立っていた騎士が、申し訳なさそうな顔で一礼してドアを静かに閉めるのが見えた。閉まったドアの向こうから、どたどたとイラついた足音が遠ざかっていくのをカインは聞いていた。
足音が聞こえなくなったのを確認して、カインは改めてジャンルーカの前に跪き、その頬をそっと撫でた。
「大丈夫ですか? 申し訳ありません。すぐにお助けできず」
「いいんです。アレでもこの国の王女ですから、カインが背中を支えてくれて心強かったです」
ジャンルーカの頬を冷やそうと手の先に冷気を集めようとして、自分の手首に魔封じのブレスレットがぶら下がっているのを思いだした。
カインは図書室のすぐ隣にある司書室に声をかけて自分のハンカチを濡らしてもらうと、濡れハンカチでジャンルーカの頬をそっと抑えた。
「アレはなんですか。ご姉妹を悪く言って申し訳ありませんが、ちょっと王女として色々と足りていないのでは?」
カインの言葉に、ジャンルーカはくすりと笑った。
「第一側妃様のお産みになった王女です。正妃である僕やジュリアン兄上の母上と仲が悪いせいか僕を目の敵にしているようです」
ジャンルーカの一個上と一個下という事は、ディアーナの一個上と一個下である。
ディアーナはあんなにもお利巧さんで賢くて可愛らしくて愛らしくて可愛らしいのに、二人の王女のあの生意気っぷり。全くかわいくない。
隣国の第二王子ルートでは、ディアーナはジュリアンの側妃として嫁ぐことになってしまう。ジュリアンが女たらしというだけでも嫌なのに、あんな小姑が付いてくるんだとしたらますますジュリアンになんぞディアーナをやれるわけがない。
カインは隣国の第二王子ルート潰しを徹底的にやることを新たに決意したのだった。
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