辞書の悪口の項目にばっかりラインが引いてある

乙女ゲーム「アンリミテッド魔法学園~愛に限界はありません!~」でジャンルーカが攻略対象となっている隣国の第二王子ルートは、平民だが特待生として学校に通う事になった主人公と、隣国から留学してきた第二王子が『魔力はあるけど魔法の使い方がわかっていない』とか『リムートブレイク王国の貴族の文化やしきたりに疎い』と言った共通点から仲良くなり、一緒に魔法や文化を学ぶことでお互い親密になっていくというシナリオになっている。

これだけ見れば、ジャンルーカには特に心の闇などはなく平和なルートのようにも見える。

悪役令嬢であるディアーナの役どころも、「両国の友好の為に公爵令嬢と第二王子で婚姻してはどうか」という打診があったのに対して、「友好の為というのであれば、次期国王である兄の側妃の座があいております」と言って女好きで既婚者で多妻が可能な兄王子へとスルーパスされてしまうというものである。


ゲームプレイ時の感想としては、女好きだしすでに既婚者だし一対一で愛し合えない相手に嫁がせるなんて! しかも外国だよ! ていの良い国外追放じゃないか! と悪役令嬢に対して同情もしたものである。


しかし実際にサイリユウムに留学してみて、ディンディラナの両親たちは三人の妻同士の仲も良く、侯爵は三人の妻を満遍なく愛しているという事例もちゃんとある事を知ってみれば、さほど悪いエンディングではないのかもしれないと思いなおすこともできた。


ただ、問題はジュリアン本人の性格で、偽乳に騙されて巨乳ちゃんに声を掛けられてふらふらとついて行ってしまったり、カインを追い出して寮の部屋で二人きりになろうとしたりという行動を目の当りにすれば、コイツにだけはディアーナをやるわけにはいかんとカインの決意が新たになったわけである。

ジュリアンは、傍から見ていて明らかに婚約者であるシルリィレーアの事が好きっぽい態度が表に出ているのに、あえてそっけない態度をとってみたり、かわいい女の子に声を掛けられればふらふらと誘い出されてしまったりするあたりが思春期の子どもっぽさが著しい。

アラサー男子の記憶が残るカインからみると、よそ見せずにちゃんとシルリィレーアと向き合えよ! とやきもきしてしまう事も多い。


それはさておき。

ジャンルーカである。


カインが王宮へと出向き、ジャンルーカと語学と魔法の勉強をしていると高頻度で二人の王女が邪魔をしに来るようになったのである。

ジャンルーカの家庭教師を辞めて王女の家庭教師になるという話は、ジュリアンや王宮の教育担当官あたりから却下されたらしくその後話を振られることはなかったのだが、お茶会に参加しろだのお庭の散策に付き合えだのとしつこくカインを誘ってくるようになった。


《僕とカインの授業の邪魔をすれば、後々怒られるのは自分たちなのにわからないんですかね》

《もしかしたら、怒られている事に気が付いていないのかもしれません》

《リムートブレイクではそういうのを『カエルに顔を洗わせる』というのでしたか?》

《惜しいですね。それは意味のない事をするという意味です。されている事に気が付かない、非常に鈍感であるという時は『尻の皮の厚い馬』と言います》


「うふふっ。 ふふっ」

「何を笑っているのよ!」

「わかる言葉で話しなさいよ!」


ジャンルーカは、姉と妹にわからないようにカインに愚痴を言う為にリムートブレイク語の上達が早くなっていた。


「リムートブレイク語の勉強をしているのですから、リムートブレイク語を話さないと意味がないんですよ、王女殿下」

「《花屋の隣人が花言葉を語る》ですよ、姉上。ずっと横で《邪魔》しているのだから、そろそろ《しゃべれる様になっても》良いのではないでしょうか。《やる気がない》から無理なのでしょうけど」


カインはジャンルーカの事を、素直で優しい良い子だと思っていたが、どうにも腹違いの姉妹であるこの二人に対しては意地悪である。

リムートブレイク語を交えて「隣でずっと聞いていれば覚えるもんだけど全然だね、バカじゃないの」という事を言っている。

ファルーティアもフィールリドルもなんとなく馬鹿にされている事はわかるっぽいのだが、いかんせんリムートブレイク語で語られている部分の単語がわからないのでイラつきながらも怒るに怒れないでいるようだった。

のちのち倍返しでいじめ返されるようだが、最近はカインに会うたびに楽しそうに「リムートブレイク語で悪口言ってやりました!」と報告してくれるようになった。



フィールリドルが、カインの顔にご執心でジャンルーカの家庭教師に来るたびに突撃してきてはカインの顔を見てうっとりしている。

本気で「婚約を」とか言い出されないように何とかしないといけないなぁと、カインは二人の王女に少し冷たい態度をとるようにしていた。

二人の王女の傍若無人っぷりを目にするたびに、公爵家令嬢として育ったディアーナがどれだけ出来た女の子なのかという事を思い知る。

ああ、ディアーナに会いたい。カインはホームシックになりそうだった。



「カイン、どうか国に帰っても兄上の友人でいてくださいね」


ある日のリムートブレイク語の授業終わりに、ジャンルーカがそう声をかけてきた。

珍しく二人の王女が城から出かけていて不在であり、静かに勉強が進められた日の事だった。


「突然どうしました?」


カインとしては、今のところジュリアンの事は好きでも嫌いでもない。

国を発展させるために新たな都市を作り、遷都するという野望を持って実行しようとしている所は尊敬もしているし一目置いている。しかし、シルリィレーアの事が好きなくせに来るもの拒まずで女の子に甘い所は軽蔑している。

カインの目を盗んでディアーナに婚約の打診をしたことは今でも許していないが、割の良いバイトだと言って連れまわされれば本当に金払いが良かったりする太っ腹な所は感謝している。

おかげでディアーナへのお土産を大量に買う事ができた。

ジュリアンに対してのカインの評価はそんなものなので、「ズットモですよ!」と即答はできないところである。


「兄上は、次期国王となられる方です。そして、野心家だ。古い貴族たちからの支持が得られにくい所があるから、将来有望な友人が沢山いた方がいいんです。……だから」

「だから、私なんですね。隣国の筆頭公爵家の跡継ぎですし、彼が王になれば隣国との関係を友好なものにできそうなイメージが付くのはプラスになりますね」

「うん」


なぜだか、寂しそうな顔で頷くジャンルーカ。思わず頭をなでそうになって、カインはぐっとこぶしを握ってそれを抑え込んだ。


「ジャンルーカ様は? 王族で、同じ血を分けた弟であるジャンルーカ様は誰よりも力強いジュリアン様の味方となれるのではないのですか?」

「僕は、『魔力持ちのはずれっ子』だから……」


フィールリドルとファルーティアの二人の王女から、たびたび飛び出す単語だ。

「魔力持ちのはずれっ子」

どうやら教育係か誰かに怒られたようで、カインの前では言わなくなったのだが、カインが帰り支度をして部屋を出た後にその言葉を言っているのが聞こえてきたことはある。

部屋を出てすぐならまだ部屋の中の声は聞こえるのだという事が判断できない、浅慮な王女様たちである。


「僕は、リムートブレイクの言葉を学んで留学して、魔法をしっかり学ぼうと思っています。兄上がそうするようにというのだから、きっとそれが兄上の役に立つはずだから。はずれっ子が国内にいない方がいいのであれば、リムートブレイクに残って大使としての役目を果たすのもいいかなと思っています。その時に、カインが居てくれると心強いから……。兄の友人として、僕と一緒に兄を助けてほしいと思います」


一生懸命に、そう訴えるジャンルーカのほっぺをカインはやさしくつねった。

九歳のジャンルーカのほっぺたは柔らかくもちもちで、やさしくつねっただけなのに少し引っ張るとみょーんと良く伸びた。


「らにをひゅるの!?」

「ジャンルーカ様が、バカなことを言うからですよ」


誰に何を言われたのか知らないが、ジャンルーカの今日の発言でわかったことがある。

ジャンルーカはなぜかなんでもかんでも兄であるジュリアンに譲ろうとするところがある。

リムートブレイク語を習うのも、ブレスレットが付いていてもできる魔力の練り上げ練習も、楽しそうにやっていた。それらは、いずれ身に付いてジャンルーカ本人の力となるはずである。

それなのに、それらの力もみなジュリアンの為に使うというのだ。ジュリアンに譲るというのだ。


ゲームのジャンルーカが、ディアーナを兄王子に譲ったのは、自分は主人公と恋仲だから邪魔なディアーナを兄王子に押し付けた様に描かれていた。

しかし、実際は本当に兄の事を思って「有力貴族の令嬢との婚姻」を譲った可能性がある。カインは、ここのところジャンルーカと一緒に勉強する中で、そして今日のジャンルーカからのお願いで、それを確信した。


ジャンルーカに足りないのは、「自分がやるのだ」という自信とやる気なのだ。

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