ユールフィリスの笑顔

「あの、どうかなさいまして?」


男の子四人の反応が微妙な為、不安になったのかユールフィリスが眉を下げて小さな声で問う。

カイン達はお互いの顔を見合わせて視線で色々と押し付けあった結果、アルゥアラットがこほんと空咳を一つこぼしてユールフィリスに向き合った。


「あー。ユールフィリス嬢? その『ラブラブちゅっちゅ大作戦』という言葉は……あまり、貴族令嬢にふさわしい言葉と思えないんだが」

「え?」

「どこでその言葉を覚えたの?」


アルゥアラットから「ふさわしくない」と言われてしまい、動揺してしまうユールフィリス。視線をさまよわせて男子たちの顔を順にみていくが、皆心配そうな顔だったり困惑した顔をしているがからかう様子がない事に少しほっとした顔を見せた。


「友人に借りた恋愛小説に良く出てくるのです。愛し合う恋人たちの仲睦まじい様子を表す可愛らしい言葉では?」

「なんてタイトルの小説ですか?」

「えっと……色々です。複数タイトルをまたがって出てきた言葉ですから、特定の小説特有の言葉ではないと思うのですが」


カインが気になってタイトルを聞くが、ユールフィリスは少し言いにくそうにしながらごまかした。まぁ、ユールフィリスも十二歳の思春期女子である。どんな恋愛小説を好んで読んでいるかなど男子には言いにくいのかもしれないとカインはこれについては流すことにした。


「ラブラブちゅっちゅの、ラブラブはわかるよね。愛してるという言葉の俗語だって」

「ええ、愛しい愛しいと重ねているぐらいですから、深い愛情を表しておりますわよね」

「だったら、ちゅっちゅは?」


アルゥアラットは、小鼻をひくひくさせながらもまじめな顔をしてユールフィリスに向き合っている。笑いをこらえているのか、渋い顔になるのをこらえているのかはわからないが、彼女を気遣っての事だということがわかる。

男子だけで集まっている時には下品な物言いをすることもあるアルゥアラットであるが、異性の友人に対しては真摯であろうとする姿にカインは感心した。


「ちゅっちゅは、何かこう可愛らしさを表す擬音なのではなくって? ほら、キュッと小さいような感じがしませんか。ちゅちゅっと子リスが鳴くような感じといいますか……」


ユールフィリスは「ちゅっちゅ」という語感に可愛さを感じていたらしい。

これはどう説明するべきか、またもや男子四人が顔を見合わせた。

公爵令嬢シルリィレーアとほぼ一緒に育ったと言ってもいい乳兄弟のユールフィリスである。深窓の令嬢といって差し支えない。貴族学校に入学してある程度身分関係なく友好関係が広がり、本の貸し借りや歌劇演劇の感想を言いあったりなどをする相手も増えて俗な知識も急激に増えたのであろうが、「ちゅっちゅ」をどう説明すれば軽蔑されずに済むか。軽々しく口にした自分を恥じ過ぎずに済むか。

お互いの顔を見回し、視線をやり取りした結果、三人の視線がカインに集まった。


「なんでこういう時ばっかり……」

「いや、一番うまい事言ってくれそうな気がして」

「なんですの? ちゅっちゅって何か良くない言葉でしたの?」


男子四人の反応に、またもや不安そうな顔をするユールフィリスである。

今度は、カインが居住まいを正して隣に座るユールフィリスに向き合った。


「ユールフィリス嬢。ちゅっちゅというのはですね……」


そういってカインは片手を持ち上げ、自分の口の前まで持ってくると自分の手の甲に「ちゅっ」と口づけをして見せた。

リップ音が大きくなるように、わざと唇を突き出して大袈裟に音を出した。


「ちゅっちゅというのは、これです。これの音を表しています。つまり、愛し合い過ぎて所かまわず口づけしまくるバカップルって意味ですよ」


手の甲にキスをするために伏せていた目を上げ、説明しながら目の前のユールフィリスに視線を戻したカインは、目の前の少女の顔が真っ赤なことに気が付いた。

やばいと思い、振り向くと男子三人の顔も真っ赤に染まっていた。


「やべぇ。カイン様のキス顔まじやべぇ」

「そこまでしろって言ってない」

「唇突き出したアヒル顔になってるのに綺麗に見えるの反則じゃない?」


口々に言われて、カインは憮然とした顔を作った。そんなこと言われる筋合いはない。


「やれって言われたからやったのに。納得いかないんだけど」


不満げなカインをスルーしつつ、男子三人とユールフィリスは水差しからお茶を注いでグイっと飲み干し、ユールフィリスはしばらく自分の食事に専念した。



「さて」


目の前のお盆の上がすっかり空になり、だいぶ落ち着いたユールフィリスがナフキンで口元を抑えてから居住まいを正した。


「ジュリアン様シルリィレーア様両想い大作戦についてですが」

「あ、立て直した」

「強いね、ユールフィリス嬢」

「こほん、こほん。聞いてくださいます?」

「あ、はい」


ユールフィリスの話は、要するにジュリアンをシルリィレーア一筋にしたいという話だった。とりあえずの作戦などはまだ何もないとのことで、それを一緒に考えてほしいという事である。

シルリィレーアやユールフィリスと普段から仲の良い女子生徒たちも「シルリィレーア様を応援する会」というのがあるらしく、女子側からのサポートはそちらでやるとのことだった。


「まぁ、どう見ても両想いではあるしなぁ」

「でもさぁ、それって結局のところジュリアン様のスケベを直せって事にならない?」

「偽乳事件以降、少しはおとなしくなっているけどな」

「それでも、女子から話しかけられてデレデレしてる姿を時々みるよ」

「難題だなぁ」


カインとしては、この流れは朗報である。

ゲームの流れとして「国同士の友好の証としてディアーナとジャンルーカの婚約の話がでるが、ジャンルーカがそれをスケベな兄に譲る」というルートがあり、カインはそれを留学中につぶすべく行動しているのである。

これまでも、シルリィレーアとジュリアンをくっ付けるべく一緒に街に出かけては二人からそっと距離を取るなどという地味な行動をしてきた。ジュリアンが寮の部屋に女子生徒を連れ込むのも都度都度阻止しているし、巨乳信仰もぶち壊した。


側妃の座をさっさと埋めてディアーナの入る隙間をなくしておくという手も考えていたが、なかなか着手には至っていなかった。それを、ユールフィリスから側妃の座に収まりたいと言ってくれるのであればそれはもう、カインにとっては棚ぼたである。


「でも良いのですか? 側妃の座はあと二つあるんです。ユールフィリス嬢が頑張ったところでシルリィレーア様以外にあと二人奥方ができてしまうんですよ」


カインが、念のためにと問いかける。ユールフィリスが頑張ったところで王様が奥さんを全部で四人娶らねばならないのは決まりであり、残りの二人がやる気満々であれば跡継ぎ争いやら正妃と側妃の牽制合戦というのはなくならないのではないかという疑問である。


「正妃対側妃という因縁の対決は、過去にも良くあったようですわ。基本的には正妃の子息が王位継承することになっていますが、それも能力や健康状態次第で覆る事だってありますし。ですが……」


カインの質問に、ユールフィリスは優雅に笑って答えた。


「私が側妃として入ることで、少なくとも一対三の戦いではなく、二対二の戦いにすることができますもの。この意義は大きいのではなくて?」


それは十二歳の少女にしてはだいぶ大人びた挑戦的な笑顔で、男子四人は息をのんでそれ以上何も言えなくなったのだった。

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