ユールフィリスのお願い

ジェラトーニが無言でテーブルの上に置かれたばかりの水差しを手に取ると、カイン、アルゥアラット、ディンディラナがスッと無言でカップを差し出した。

差し出されたカップに順番にお茶を注いでいったジェラトーニは、最後に自分のカップのお茶を注ぎ終わるとテーブルの真ん中に水差しを戻した。

それを合図に、男子四人が一斉にグイっとカップをあおりお茶を一気に飲み干した。


「……」

「ふぅ」


そろえた様に同じタイミングでコトンとカップをテーブルに置くと、落ち着くように小さく息を吐きだした四人。

お互いの目を見あって探り合いをしつつ、やはり同じタイミングで小さく頷くとアルゥアラットが代表として小さく片手をあげた。


「あのぅ、ユールフィリス嬢? もう一度聞いてもいいかな? 今なんて言ったんだ?」


恐る恐ると言った感じで質問するアルゥアラットに、ユールフィリスはフォークを持ったままなんてことないように答えた。


「ジュリアン様の第一側妃を目指すと言ったのですわ」


聞き間違いではなかったようだ。


「えっと。ユールフィリス嬢は、シルリィレーア様の侍女筆頭を目指すんじゃなかった?」

「そうだよ。ずっとおそばにいるために、一番一緒にいるであろう侍女になるって言っていたよね」

「その為に、マッサージやドレスの着せ替えや髪結いの仕方とか学んでるんじゃなかったっけ」


改めて言われたユールフィリスのセリフに、アルゥアラットとジェラトーニ、ディンディラナが目を丸くしながらもそれぞれ質問攻めにした。

それほどまでに、今までのユールフィリスの言動は一貫して『シルリィレーア第一主義』だったのだ。


やいのやいのと言ってくる男子のセリフを聞きつつ、小さく切り分けたオムレツを上品に口に運んでいたユールフィリス。三口ほど食べてお茶を飲み、ナフキンで口元を拭うと改めて男子一同を見回した。


「アルゥアラット様のお母様方のお話をお伺いした時の事を覚えていらっしゃるかしら?」

「俺の母親の話?」

「ええ。第二夫人と第三夫人は、実質的には領地の共同経営者であるというお話ですわ」

「ああ、うん。あったね」


サイリユウム王国では、国王は王妃の他に三人の側妃を取る必要があり、侯爵家以上の家格の貴族は、妻を三人娶らねばならないという決まりがある。

以前、カインの祖国であるリムートブレイク王国は一夫一婦制であるという事から、制度の違いについて話題にした事があった。

その時に、アルゥアラットの家は実質的な妻は第一夫人だけであり、第二夫人と第三夫人は優秀な人を確保して共同で領地経営をしているという話が出たのだ。

ディンディラナの家は父親が満遍なく三人の妻を愛しており、三人の妻同士も仲が良いという話もその時にしていて、家によって対応が違うものだねという事でその場は終わったのだった。


「私、今回の討伐訓練で魔獣に襲われた時に思ったのです。侍女では隣に立って一緒に戦う事はできないのではないか、と」


ユールフィリスの顔は真剣である。


「そもそも、今回の事が異常事態だっただけでさ。未来の王妃たるシルリィレーア様も戦う必要はないわけじゃん。シルリィレーア様を守るという意味なら護衛の騎士の役目になるわけだし」


アルゥアラットがそう言って、ユールフィリスを心配そうに見つめた。真剣な顔が、思い詰めているようにも見えたのだ。

アルゥアラットの言葉に、ユールフィリスはフルフルと小さく首を横に振る。


「そういう意味ではないのです。今朝も、シルリィレーア様はジュリアン様と一緒に登城されました。陛下への報告や国防関連部署との情報交換の為です。ジュリアン様は第一王子殿下であり、当事者でもあるので当然ですが、シルリィレーア様はジュリアン様の婚約者であるという理由でご一緒されております」


その言葉に、今度は男子四人もユールフィリスが何を言いたいのかが分かった。


「ユールフィリス嬢は、シルリィレーア様のお手伝いをするのではなくて仕事を分かち合いたいのですね」


カインが、確認するようにそう問いかければユールフィリスはコクリと小さく頷いた。


「昨日の、カイン様が魔法で魔獣の足を止めてジュリアン様が剣をふるう姿。アルゥアラット様とディンディラナ様が並び立って弓を引く姿、ジェラトーニがカイン様を誘導して魔獣を引き付け、矢を打ち込む姿などをすぐ近くで見ていて、思ったのです。私が本当にやりたいことは、シルリィレーア様の後ろに侍る事ではなく、シルリィレーア様と共に並び行くことなのだと」


高貴な貴族女性が戦闘をすることはないので、言葉の通りジュリアンやアルゥアラットたちの様に並んで戦いたいという意味ではない事は男子四人もわかっていた。

貴族女性の戦いというのは、社交場での情報戦であったり、家や領地の切り盛りである。

ユールフィリスは、将来王妃になるであろうシルリィレーアと一緒に国政にかかわりたいと言っているのだ。


「でも、それだと結婚して子どもを産んでシルリィレーア様のお子様の乳母になるという夢はかなわなくなるよ」


眉毛を下げて困ったような顔をしたジェラトーニが、心配そうに声をかける。ユールフィリスはゆったりとジェラトーニの顔へと視線を向けるとにこりと笑って首を小さく傾げた。


「ありがとう、ジェラトーニ。でも、第一側妃であれば正妃様のお子様を一緒にお育てする事だってできると思うの」

「でもさ、好きでもないジュリアン様のお嫁さんになるって事だよ? ユールフィリス嬢に他に好きな人できた時につらくならない?」


ユールフィリスの微笑みに、ディンディラナも痛ましげな顔をして重ねて質問をする。それに対しても、ユールフィリスはニコリと余裕の笑みを浮かべて見せた。


「私もね、シルリィレーア様の乳母になるためには結婚しなくてはって思っていて。夏休み中に何件かお見合いもしたのですよ」

「え!? ユールフィリス嬢お見合いしたの!?」


ユールフィリスの言葉に、今度はアルゥアラットが驚いて身を乗り出した。それを見て小さく肩をすくめたユールフィリスはカップを持ち上げてお茶を一口飲みこんだ。


「ピンと来る方がいらっしゃらなくて。結婚は家と家とのつながりですし、将来はシルリィレーア様のおそばで侍女になるって思っていたので、それの足しになる方なら……と思っていたのですけれどね。どの方もシルリィレーア様ほど素敵な方はいらっしゃらないものですから……」


片手を頬に添えて、ほぅとため息をついてみせた。

女子の友情って深いんだな、なんて男子三人が困惑の顔を浮かべる中で、カインが小さく手をあげた。


「シルリィレーア様と並ぶために側妃にって気持ちはわかったけれども。ジュリアン様のお嫁さんになるってことですよ? それはいいの?」


ジュリアンとシルリィレーアは、傍から見ると両片思いみたいなところがある。いつかは側妃を三人娶らなくてはいけないとはいえ、友人であるユールフィリスがそこに入り込むというのはシルリィレーアの感情的にどうなのだろうか、とカインは心配したのだ。

それと、今のユールフィリスはシルリィレーアの事しか頭にないようだが、ジュリアンの側妃になるという事は、ジュリアンと夫婦のあれこれをユールフィリスもやらなければならなくなるという事だ。

政略結婚の延長とはいえ、幼い時から「乳兄弟のシルリィレーアの将来の結婚相手」として接してきた人相手に、気持ちを切り替えることはできるのだろうかという心配もあった。



「そう。それです。私が、カイン様に、そしてみんなに相談したいことはそれなのです」


ユールフィリスはスカートを整えながら座りなおし、体ごと男子四人に向けて背筋を伸ばした。


「アルゥアラット様の家の様に、私は仕事上のパートナーとしての側妃という立場を手に入れたいのです。その説得と言いますか……誘導というか、そういう方向へ話が行くように協力をしていただきたいのです」


お願いいたします、とユールフィリスが小さく頭を下げた。

さらりと耳から流れ落ちるサイドの髪の毛が、その表情を隠してしまっていて男の子達には見えなくなってしまった。


「王家の側妃でそれって可能だと思うか?」

「どうだろう? ジュリアン様だしなぁ……」


ユールフィリスの言葉を受けて、アルゥアラットとディンディラナがこそこそとテーブルに身を乗り出して顔を突き付けて話をしている。

カインとジェラトーニはとにかくユールフィリスに頭を上げさせようと声をかけた。


「あの、頭を上げてください。もう少し詳しく話を聞かせてください」

「えっと。とりあえず、何か具体的な案はあるの? 仕事上の側妃に収まるための作戦みたいなのとか」


カインとジェラトーニの声を聴き、ユールフィリスが顔を上げた。


「協力していただきたいのです。『ジュリアン様とシルリィレーア様ラブラブちゅっちゅ大作戦』に」



ユールフィリスの口から出たあまりにも貴族女性が言いそうにない言葉に、男子四人はまたもや頭が真っ白になったのだった。

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