ユールフィリスの決意

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魔獣討伐訓練から帰寮して翌日。

今日と明日は、カイン達の学年は授業が休みとなっている。

本来は今日まで魔獣討伐訓練中であり、明日は休養日と言うことになっていた。

だからといって街に出て遊んで良いという事にはならず、順番に話を聞かれるので寮で待機しているようにと教師から言い渡されていた。


「本当は今頃、復路の途中なんだよな」

「テントを畳んで歩き始めた頃かな?」


寮の食堂で、カインはいつものメンバーと遅めの朝食を取っていた。他の学年の生徒はすでに学校に出かけているため、食堂は閑散としている。

アルゥアラットは目玉焼きの黄身をフォークでつぶし、そのままフォークで掬ってパンに載せようとしていた。半熟の黄身はフォークではほとんどすり抜けてしまっていて、パンは遅々としてたまごに染まろうとしなかった。


「角うさぎの肉はなかなかおいしかったよね。ジェラトーニ、魔獣って家畜に出来ないもんなの?」

「絶対懐かないから無理。そもそも、動物の形をしているけど、生殖方法も謎だから人の手で増やせるのかもあやしいよ」

「そうなんだ?」

「アルゥはスプーン使ったら?」

「フォークをスプーンに持ち替えるのもだるいんだ」

「そういえば、ディアーナってどなたさん?」

「ゲホッ」


のんびりと食事をしながら、取り留めのない話をしていたところに、ジェラトーニが爆弾を投下した。

ゲホゲホと気管に入った水分に咳を繰り返すカインの背をさすりつつ、ディンディラナがジェラトーニに視線をむける。


「ディアーナって?」

「ほら、森で魔獣を引きつけていた時にカイン様がなんか叫んでいたでしょ?」

「そういえば?」

「あー、確かになんか女性の名前を叫んでるなって思ったんだった。忘れてた。『ディアーナ』だったんだっけ?」


むせてうつむいたまま顔を上げないカインに、三人の視線が集まる。カインはもう咳は止まっていたが、ディンディラナはなんとなく惰性で背中をさすり続けていた。


「ディアーナ様は、カイン様の妹君ですわ」


ふいに後ろから声をかけられ、ディンディラナが振り向けばそこにはユールフィリスがお盆をもって立っていた。


「ユールフィリス嬢。あれ?おひとり?」

「シルリィレーア様は朝からジュリアン様と一緒に登城されましたわ。ご一緒してもよろしいかしら?」

「もちろん、どうぞ」


ジェラトーニがテーブルの向こうからカインの隣を手のひらで示した。

カインの背をさすっていたディンディラナも、カインの背から手をはなしてカインの食事中のお盆をすこし移動してユールフィリスの為に場所を空けた。

さすがに、隣に人が座ったのでカインも身を起こして背筋を伸ばし、ユールフィリスと向き合った。


「私たちと一緒でいいんですか? シルリィレーア様が居ないとはいえ、いつも一緒にいる女の子たちはいるでしょうに」

「今日は、カイン様にお願いしたいことがあるのでご一緒させていただきたいのですわ。授業もない事ですし、すこしゆっくりなさって?」


ユールフィリスの母はシルリィレーアの乳母なので、ユールフィリスはシルリィレーアの乳兄弟ということになる。小さいころから一緒にいる事が多く、姉妹の様に育ってきたとカインはジュリアンから聞いたことがあった。

ユールフィリス本人も、将来はシルリィレーアの侍女となって側(そば)に侍り、身の回りの世話をしたいし同じころに結婚、出産をしてシルリィレーアの子の乳母となるのが希望だと言っていた。

そのため、シルリィレーアの居るところユールフィリス在りと言っても過言でもないほどいつでも一緒にいるのだが、だからと言ってシルリィレーア以外に友人がいないわけではない。

むしろ、未来の王妃の侍女たるもの人脈も広くあらねばならぬとばかりに友人は多い方だった。

寮の食堂や学校の食堂ではいつも複数人の女子生徒たちと楽し気に食事をしている姿を見かけていた。


「水差しが空だね。お代わりをもらってくるよ」


ユールフィリスがカインの隣に座るのと入れ替わりに、向かいの席に座っていたジェラトーニが立ち上がる。水差しをもって厨房の窓口の方へと歩いて行った。

カインをはさんでユールフィリスと反対側に座っているディンディラナは椅子の後方の足を軸にシーソーの様に傾けて後ろに体をずらすと、カイン越しにユールフィリスを覗き込んだ。


「カイン様へのお願いごとなら、俺たちは席を外しましょうか?」

「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫ですわ。よければあなたたちにも聞いていただきたいの」

「お。俺たちにも? なんだろう」


ディンディラナの気づかいに、にこりと笑って礼をいうユールフィリス。半分腰を浮かしていたアルゥアラットも、話題に参加して良いと聞いて改めて座りなおしてきた。


「それよりも、ユールフィリス嬢。ディアーナが私の妹だという事をどうして知っているんですか」

「シルリィレーア様からお伺いしたからですわ。おそらく、シルリィレーア様はジュリアン様からお聞きになったのでしょう」

「そうですかぁー……」


皆に聞いてほしいという事であれば、お茶のお代わりを貰いに行ったジェラトーニが帰ってくるのを待つ方が良いだろうと、カインは自分の気がかりについて先に質問してみた。そして、思った通りの回答が返ってきたのだった。


「そうだよ! その、ディアーナ様だよ。カイン様はずっと自分は一人っ子だって言っていたのに!」

「それ! リムートブレイク語の早口だったからなんて言っていたのか聞き取れなかったんだけど、何言ってたんだ?」

「あの場面で、妹の名前叫ぶってどういうこと?」

「てっきり、祖国に残してきた婚約者とかだと思ってたんだけど、本当に妹なのか?」

「っていうか、カイン様の妹でしょう? 絶対美人じゃん!」

「え!? 何歳? 今何歳なの? カイン様と似てる?」

「婚約者はもう決まってる? サイリユウムにお嫁に来る気はない?」


アルゥアラットとディンディラナが交互に勢いよくしゃべりだす。だらだらと卵をつけながら食べていたはずのアルゥアラットの皿の上はいつの間にかきれいになくなっていた。

ユールフィリスが現れたことで、隙をついて食事を掻っ込んだのだろう。皿がきれいになっているので、パンで皿を拭って食べたことがわかる。


「うるさい、うるさい、うるさい! そういう事言われると思ったから黙っていたんだ!」


カインは頭を振って聞きたくないというアピールをしつつ、釣り目をさらに吊り上げて二人をにらみつけた。頭を振った事で一緒に振り回された三つ編みが隣に座るディンディラナにビシビシと当たっていた。


「なぁに? 何の話してたの」


ジェラトーニが興味津々な顔をしながら、水差しとパウンドケーキをもって戻ってきた。アルゥアラットがパウンドケーキの皿を受け取り、ディンディラナが水差しを受け取ってテーブルの真ん中に置いた。二人が荷物を受け取ったことで手があいたジェラトーニが自分で椅子を引いてユールフィリスの前に座った。


「その話は、また後で。まずはユールフィリス嬢の話を聞きましょう」


ジェラトーニも戻ってきたし、ディアーナの話を続けたくなかったカインは無理やり話を元に戻した。

ディアーナの話をしつつも、カインの事をもうちょっとからかいたかったアルゥアラットとディンディラナだったが、そこは二人とも貴族家の長男として育てられた紳士である。

話があると言って友人の女子たちとは別に自分たちと朝食をとろうとしている女性の話をないがしろにすることはなかった。


皆が話を聞く体勢になったのを感じ、ユールフィリスも背筋を伸ばした。


「私、ジュリアン様の第一側妃を目指そうかと思いますの」



ユールフィリスの口から出た音声に、男子四人は一瞬頭が真っ白になった。

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誤字報告、いつも本当にありがとうございます。

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