過保護も過ぎたるはなお及ばざるがごとし

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素手で狼をぶん殴り、マズルを抱えて投げ飛ばした少年はその後、投げ飛ばした狼が立ち上がろうとしているところを追いかけて行って側頭部をさらに殴りつけた。

脳しんとうでもおこしたのか、狼はフラフラとおぼつかない足取りでよろけては転び、立ち上がろうとして失敗するといった状態になってしまった。

そこへ、アドレイニアとは違う騎士がひとり駆けつけ剣をふり、何度か繰り返し斬りつける事で、ようやくその狼は動かなくなったのだった。


「大丈夫かい、君」


駆けつけた騎士が座り込んでいるカインに手を差し出してくれる。その手を握り、引っ張り上げて貰って立ち上がるとカインはぺこりとお辞儀した。


「助かりました。ありがとうございます」

「いや、よく持ちこたえてくれた。こちらこそ礼を言う」


言葉をかわすのもそこそこに、カインは風の結界の向こう側を見る。

アルゥアラットとディンディラナの矢が当たって暴れていた狼がいたはずだ。あれにもトドメを刺さなければならない。

そう思って確かめようと視線を投げたのだが、そちらからシルリィレーアとユールフィリスが駆け寄ってくるのが見えた。


「! まだ、出てきてはいけません! まだ一匹狼が生きています」

「大丈夫ですわ。あちらの魔獣も無事倒しました。アルゥアラットとディンディラナがありったけの矢を撃ち込んだのです」


カインが手を伸ばし、ストップのジェスチャーをするがシルリィレーアはにこりと笑ってそれを制した。


「目を撃たれた事で地面で転がるばかりになった魔獣に、今なら当たるからと二人が頑張りましたのよ」


シルリィレーアの言葉を受けて、ユールフィリスも言い募る。結界から出なければ安全というのなら、矢を出し惜しみしても仕方がないと思ったのかもしれない。


後々聞けば、ぐったりと動かなくなった魔獣に男子三人で生死の確認のために近づいたのだそうだ。かろうじて息があった魔獣に、ジェラトーニが短剣でとどめを刺したのだそうだ。

男子三人で魔獣を一匹倒した事になる。


男子三人は魔獣の確認に、女子二人はカインを心配して風の結界から出てきている。ならば、結界はもう必要ないのだ。


「彼は?」


突然現れ、徒手空拳で魔獣の狼を倒した少年に視線を向ける。

少年は今、ジュリアンに何事かを一生懸命話しかけているところだった。

カインは少年を見つつ、シルリィレーアへと質問した。

先ほどの「げっ」という淑女らしからぬ声を出したのは他ならぬシルリィレーアだったからだ。


「ハッセ。ハセルディナンドアルディカルです。ジュリアン様の乳兄弟で、自称将来の側近ですわ」

「ハセルディ……なんて?」


シルリィレーアが少年の名を教えてくれたが、サイリユウム語のせいかカインは聞き取りきれなかった。


「ハセルディナンドアルディカル・バークレー。バークレー侯爵家のご令息です。長いのでみなハッセと呼んでいます。本人すら自分の名前を覚えているか怪しいですわね。」


カインが聞き返したのに対して今度はユールフィリスが答えてくれる。言語が違うために聞き取れなかったのではなく、本当に長い名前だった。

人の名前を覚えるのに自信のあるカインだが、あと三回くらい名前を聞かないと覚えられそうになかった。

しかし、何度も聞き返すのも失礼なので後で寮に帰れたら生徒名簿を確認しようと心に決めた。この森を出るまでなんとかごまかす方向で。


「本当にもう、大丈夫でしょうか?」

「私はバークレー侯爵令息の率いるグループに随伴していた騎士でバッティと言います。私と一緒に随伴していた医師と、ハッセ様グループが合流しましたし、今のところこの四匹以外の大型魔獣は観測されていません」


聞けば、ハッセのグループは騎士見習いが三人居るらしくそこそこ戦力は有るらしい。

最初に魔獣に襲われた別のグループと彼らを護衛しながら逃げた騎士が湖で体制を整えて待っているはずなので、このニグループ混合チームで湖を目指すことにしたらしい。


騎士二人、騎士見習い三人にジュリアンとハッセ、医師も一名という構成なので今までよりはずっと心強い。

気が抜けたカインは風の結界を解くとその場でごろりと寝転がってしまった。まだ魔力に余裕があるはずなのだが、魔力は気力にも近い。緊張状態で必要以上に疲れてしまったようだった。


ジュリアンと大人三名が進み方やこの場の後始末について打ち合わせをしている声を聴きつつ、木々の隙間からちらりと見える空を見上げていたが、視界ににゅっとアルゥアラットの顔が入り込んできた。


「カイン様、お姫様だっことおんぶ。どっちがいい?」

「なんの話?」

「カイン様、もう寝ちゃうんでしょう? うちのグループで一番体でかいのが俺なんで、カイン様を運ぶ名誉をたまわりましたよ?」


魔力切れを起こすと寝てしまうという話を覚えていたようだ。しかし、カインは走り続けて疲れたのもあって横になっていたが、魔力にはまだ余裕がある。


「大丈夫、まだ寝ないよ。魔力にはまだ余裕はあるし、少し休めば体力も戻る」

「でも、足ひねったでしょ」


バレていた。

狼に追い付かれない為に急な方向転換をしていたり、風の結界の直前で横っ飛びをしたせいで足首が少し痛んでいる。

我慢して歩けない事はない程度だが、改めて走れと言われるとつらいかもしれなかった。


「重かったりつらくなったらディンに代わってもらうから遠慮しなくていいよ。さ、カイン様。お姫様だっことおんぶどっちがいい?」

「……おんぶで」

「助かるよ、おんぶなら手が空くからね」


後始末の方針として、狼は一旦そのまま放置することになった。魔獣の死骸を放置しておけば、新たな魔獣を呼びかねないのであまり良くないのだが、今は場所を移動するのが先決ということになったのだ。

騎士は腰に付けた革のカバンから小さな壺と筆を取り出すと、道すがら木の幹に印をつけて行った。湖にたどり着いた後に、後始末部隊がこの場所までやってこられるようにだ。


その後も、角ウサギや牙たぬき、爪リスなどがちょこちょこと出現したのだが、すべて騎士が退治してくれた。生徒たちが倒してこその訓練ではあるのだが、今は少しでも早く湖へとたどり着くことが重要だったので専門職である騎士が魔獣退治を引き受けていた。


「カイン様。ジュリアン様をお守りくださりありがとうございました。私の名前はハセルディナンデルアディルカル・バークレーです」

「ハッセ、あなた自分の名前を間違えているわ」

「シルリィレーア様……言わなければバレないのに。私の名前は、ハセルディナンドル……ハセルディナンドアディルカル」

「違うわ」

「カイン様、私のことは、ぜひハッセとお呼びください」


ハッセは、ジュリアンの乳母の息子でいわゆる乳兄弟なのだと自己紹介してくれた。王にとっても王妃にとっても初めての子どもだったジュリアンは、それはそれは丁寧に育てられたそうで王妃も乳母も常時張り付き状態だったそうだ。

そんなジュリアンと一緒に育ったハッセは、この人は自分が守らねば! と勝手に決心して努力している人らしい。


「ハッセは過保護なんですわ。過保護過ぎて、学校にいる間は接触禁止とまで言われているんですのよ」

「……シルリィレーア様」

「それで、今まで学校や寮で会ったことがなかったんですね」


カインとジュリアンは寮では同室で、学校では同じクラスに所属している。ジュリアンの側近候補ということになればもっと早くカインとも顔を合わせていてもいいはずだった。

まさか、過保護過ぎて接触禁止になっているなんて思いもよらない。カインは平静を装っていたが、接触禁止されるほどの過保護という言葉に若干引いていた。



妹を溺愛しすぎて留学させられた自分は、完全に棚上げである。

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なろうのお外で起こっている事などを書いておりますので、よければ見て行ってくださいな。

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