学校行事 6

カインにもきちんとわかっている。

ジュリアンのいう通り、今の状況は以前遷都予定地である旧魔女の村での魔獣戦とは異なっている。


あの時は、謎の魔法陣という安全地帯があった。そして、ジュリアンとジャンルーカを守るためについてきた近衛騎士団が一部隊分いた。時間はかかっただろうがカインが居なくても魔獣の群れを退けることはできる状況だったのだ。

草食で気が弱く、犬に吠えられても気絶する飛竜といえども、気合いを入れて尾を振れば、あの巨体なら魔獣の一部を振り払うことも出来ただろう。


それに比べ、今確保できている安全地帯がそもそもカインの魔法である。術を解けばたちまち魔獣が襲ってくるだろう。

魔獣の数は見える範囲に四匹と段違いに少ないが、こちらの戦力も少ない。

シルリィレーアとユールフィリスの二人は戦力として数えられない。アルゥアラットとディンディラナの武器は弓で、すでに接近されている魔獣相手では牽制ぐらいしかできないし一矢で倒せるものでもない。

カインが前世で見た『ゆびわを捨てに行く壮大な映画』に出てくる弓の使い手ぐらいに速射連射ができるのであれば倒せるかもしれないが、技術的には難しいだろうし矢の数は有限である。

ココまでは小物を倒しては都度都度矢を回収して手入れしていたのだが、この巨大な狼相手にいちいち矢を拾うなんてしている余裕は無いだろう。矢が尽きれば終わりである。

ジェラトーニは武器が両手の短剣なのでリーチが短すぎる。狼の腕の方が長い。


結局、騎士のアドレイニアとジュリアンとカインしか直接攻撃をできるものがいないのだ。アドレイニアの装備も軽装で、騎士服の色から普段は街中のゴロツキや王都周辺の小型魔獣を相手にしている部門の所属だということがわかる。

大型の魔獣に対してどこまでできるかはわからない。


「ね、ねぇ。例えばの話なんだけどさ。カイン様が結界をちょっとだけ解いて笛を鳴らして、狼が近づいてきたら急いで結界を張りなおす。そういうのを繰り返して助けを待つんじゃだめなの?」


ジェラトーニが恐る恐ると言った感じで口を開き、アルゥアラットやディンディラナもうんうんと頷いている。

自分たちだけでこの魔獣を倒せるとは思っていないのだろう。


「先ほどの狼のジャンプ力をみたでしょう? 結界を解いた瞬間にとびかかってきたら笛を鳴らす間もなく飛びかかられてしまってあんまり意味ないよ。この魔法は発動より維持の方が楽だから、発動を繰り返すと疲れるし」

「疲れるって……そんなの」


疲れるから嫌だというカインの言葉に、呆れたような声を出したアルゥアラットだったが、


「カインが魔法を使って疲れる、というのは最終的には気を失ってしまうほどなのだ。アルゥ、魔法に関しては我らは門外漢であると心得よ」

「ジュリアン様……そういうもんですか」


魔獣の群れを爆裂魔法でぶっぱなし、自らも反動と爆風で吹っ飛んだあとに気絶したカインを見ているジュリアンがそれをいさめた。

アルゥアラットも素直に頷いて口をつぐんだ。


「花祭り休暇で森に行った時にジュリアン様にも言いましたが、思い切り魔法を使うのは安全が確保された上で、信頼の置ける仲間のいる場合に限ります。今、見える範囲だと狼は四匹だけど見通しの悪い森の中だからまだ仲間がいる可能性もある。魔法でぶっ飛ばしたところで、うちもらしがあった場合に仲間を呼ばれる可能性だってある。あと……」

「なんだ? 心配事があれば、この場で言うておけ」

「私の一番得意な魔法は火なんですよね。火と風の複合魔法の爆裂よりコストパフォーマンスが高く威力マシマシで使えるんですが、ここでソレを使うとおそらく」

「おそらく?」

「サイリユウム王国は、広大で美しい森をひとつ失うことになるでしょう。火事で」

「き、却下だ却下!」


大真面目な顔でカインが森の焼失について説明すれば、ジュリアンが慌てて声を荒げた。

今いるこの森は学校の訓練場所としてある程度自然のままになっているが、湖側に出れば観光や散歩の定番として美しく整備された広場がある。 

花畑の広場から湖を挟んで反対側に広がる森というのは、美しい背景として大いに貢献しているのだ。

国の所有地として、ここの観光収入は財源のひとつでもある。

花畑と湖が相変わらず美しかったとしても、背景に焼けた荒野が広がっていては観光地としての価値は激減だろう。


ジュリアンのあわてぶりにクスリと笑ったカインはひとつ手を打つと、皆に向かって手を広げた。


「各個撃破していこう。いくら騎士がいるといってもたったのひとり、私もジュリアン様も腕に覚えがあるとはいえまだ学生ですし、実戦経験があるわけでもない。狼だって、見えてるだけとは限らない。四匹対三人では勝ち目が無くても、一匹対三人ならやってやれないことはないハズだよ」


カインは顔に笑顔を浮かべ、にこやかにそう言うと広げた腕をそのままあげて、ローブを肩にかけた。

もう、帯剣していることを隠す必要も無いので抜きやすいように半身を出しておく事にしたのだ。

肩の裏部分にある紐を首元のフードの隠れたところにつけられているボタンにくくりつけて落ちないようにしておく。


「さて……」


偉そうなことを言っておいてなんだが、実はカインはノープランである。

一応、闇と聖属性以外は一通り使えるカインではあるが、その中でも得意不得意はある。一番得意なのは火で、苦手なのは土だ。風と水は生活する上で便利な魔法なので得意ではないが使い慣れているので発動は早いし使える種類も多い。


一番得意な火魔法が場所柄派手には使えない。風の刃を飛ばしても障害物の多い森のなかではよけられやすい。

先ほどみんなに提案した通り、魔法だけで片を付けるのではなく皆の力を頼りに各個撃破していく方法を考える必要がある。

魔法で、群れから一匹だけ引き離す方法を考えなければならない。


「凍らせます。全部いっぺんに、というのは無理なので一匹ずつ。動けなくなったところを、アドレイニア殿とジュリアン様で叩く」


領地でアーニーを凍らせてしまった事を思い出す。

狼は成人男性よりずっと大きいのでまるっとすべてを凍らせる事は難しいだろうし、あの質量が丸ごと凍ったとしても大きすぎて砕く事は難しいだろう。

動き回る動物の足だけを凍らせて足止めするというのは、精度が高すぎて今のカインではできない。

一匹に集中して丸ごと氷で覆う。それで動きは止められるはずなので、戦える二人に倒させる。

カインの指示に、騎士のアドレイニアとジュリアンが真剣な顔で頷いた。


「動く目標を凍らせるのには集中力がいる。風の魔法に集中できなくなってほころびができる可能性があるので、アルゥアラットとディンディラナ、ジェラトーニはレディ二人を囲って周囲を警戒しつつ威嚇して」


弓と短剣を構えて目線を向けておき、隙がないように見せておけばむやみやたらと襲ってはこないだろうという希望的観測でしかない。が、構えておけばとっさに矢を放てるだろうし、致命傷にならなくても傷がつけば狼とて次の一撃に慎重になるだろう。

アルゥアラットとディンディラナ、ジェラトーニもカインの言葉に力強く頷いた。


「シルリィレーア様とユールフィリス嬢は、風の結界を見張っていてください。氷魔法を使うのに風魔法から意識が外れるのでほころぶ可能性があります。もし結界にほころびを見つけたら大声で私を呼んでください。結界を強化します」


一度作った風の壁は、魔力の供給が切れなければほころぶことはない。狼が体当たりをしてくるなどして攻撃をうければ一時的に薄くなることもあるが、動かない空気の膜ではなく、薄く勢いよく風がめぐってできている壁なのですぐに平均化されるのだ。

しかしカインは、ほころぶ可能性があると言ってシルリィレーアとユールフィリスに見張りを指示した。仕事を与えることで意識をしっかり保ち、恐怖に震えて錯乱する可能性が低くなると考えたからだ。


留学するよりずっと前、小さなディアーナが馬を怖がるのに「ディアーナ隊員! お馬さんと仲良くなるのは騎士になる為の試練ですぞ!」と言ってはげませば、怖いながらもキリっとした顔をして「これは! 試練だから!」と近づいていって馬の前で習いたての淑女の礼をして見せたことがあった。

その後、パレパントルにだっこされて馬の首を撫でたり、当時の王都邸の警備騎士だったアルノルディアと二人乗りで厩の周りをなみ足でぐるりと一周してみたり、泣きそうになりながらもパニックにはならずに「これは試練だから!」と乗り越えていた。

今では、一人で乗馬をやろうとして『淑女は男性と一緒に横乗りです』と注意されてぶー垂れているぐらいに馬が好きになっている。


そんな経験があったので、ほころぶ可能性はほとんどない風の結界ではあるが「見張っててくれ」という事で二人の意識を恐怖からそらせようと思ったのだ。


シルリィレーアとユールフィリスはカインの言葉に、しっかりと深く頷いて見せた。


「さて、まずは目の前の一番近いやつからいきましょう」


カインはそう言って右手を前にかざし、静かに息を吸って、そして吐いた。


「風と水よ、わが手の前にて合わせ氷となれ……」


カインが呪文を唱え始めるのに合わせ、アドレイニアとジュリアンが剣を構えた。

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