学校行事 4

誤字報告、本当にいつもありがとうございます。

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二日目の朝、残りのパンとお茶で簡単な食事を済ませてテントなどを片付け、折り返し地点である湖を目指して歩き出した。

初日である昨日はさすがに緊張していたものの、前衛二人後衛二人の合計四人と戦える人数が多い事と、実際にさほど苦戦せずに一日目を終えられたことでグループ内の雰囲気は和やかなものとなっていた。


「そういえば、湖で待機している先生方も森を抜けているんですか? 生徒たちより先に来ていなくてはならないのなら、前日入りしているとかなんでしょうか?」


カインが昨日からの疑問を誰ともなしに聞いてみた。

前世での学生のオリエンテーリングなどでは、スタートとゴールが一緒な事が多かったので係員が先回り(?)していることに疑問は何もなかったのだが、昨日実際に森に入ってみて不思議に思ったのだ。

教職員もこの森を抜けて湖に行くのだとすれば、前日入りするかかなりの強行軍で進んで一日目の夜に湖に到着するしかないのではないかと思ったのだ。


「この先の湖は、王家所有ではあるが一般開放されている観光地なのだ。湖の北側には巨大な森が広がり、魔獣なども住む危険な場所ではあるが南側はそうではない。芝生広場や季節の花が植えられた花壇が広がり、大きな街道がすぐそばまで通っているのだ。王都サディスからは頑張れば徒歩でも行けるほどの距離にある」

「えぇ!?」

「あーそっか。カイン様は隣国から来たからそういう土地勘はないのかー」

「馬車で半日もかかったのは、ぐるっと大きな森を迂回する道を通ったからだよ」


カインの疑問はあっという間に解決してしまった。なんて言うことはない、ちゃんとショートカットできる道があっただけだった。

教師たちはその街道で湖へ行き、観光地化されている方向から入ってぐるっと回って森側の湖畔に来ただけということだ。


「それでな、森の魔獣が湖の方へ出てきて観光客に襲い掛かってもまずかろう? 普段は森側の湖畔には警備員や当番の騎士などが居るのだ。つまり、ここから先はあまり魔獣も出ないのだ。気を楽にするがよい」


昨日に比べて自信が付いたからだとカインが思っていたこのグループの和やかさは、実はそういった理由から形成されているものだったようだ。

カインも校内アルバイト仲間の先輩から色々討伐訓練について情報を集めていたのだが、そういった話は聞いていなかった。

それを口にすれば、


「それは、この湖が王都に住んでいれば子どもの頃に一度は来るような場所だからだと思います」

「わたくしも、王都側は広場と花壇の憩いの場で、ピクニックやお散歩によく母と訪れましたわ。湖の反対側には魔獣の住む森があるから行ってはいけませんよと注意されたものです」


ユールフィリスとシルリィレーアが順番に答える。つまり、この国に住んでいる者にとってはあたりまえすぎて下級生に伝えるべき情報と思われていなかったという事だ。カインはローブの中で自分の腰のあたりをそっと撫でた。

その時、前を歩いていたジェラトーニが首を傾げて周りを見渡し、困ったような顔で振り向いた。


「集合場所に近づいてきてるはずですが、他グループの気配がしませんね」

「うん? そうか?」


昨日の出発地点では、グループごとに馬車から異なる地点で降ろされている。十分に離れた距離からのスタートだったと思うが、集合地点は同一なのだ。ジェラトーニのいうように湖が近くなればどこかのグループと合流ぐらいできてもおかしくないはずである。

なのに、自分たち以外の気配が感じられなかった。


「思うより湖までの距離がまだあるとか?」

「道しるべのリボンの数を数えてきてますけど、あと三つしかないんですよ。姿が見えなくても声とか気配ぐらいしてもよさそうなものですけど」


折り返し地点の湖が近づいているとはいえ、まだその姿は見えない。森は深く夏の終わりとはいえだいぶ涼しい。

もうすぐ森が切れ日の光を浴びられる、一日半ぶりに教師や別グループの友人と合流し情報交換ができる。そんな楽しい気持ちで歩いていたのに急に冷たい風でも心に吹いたかのようにうすら寒い気持ちがわいてきた。


「き、気を抜かぬよう参りましょう」


自分の腕をさすりつつ、シルリィレーアが気合を入れなおして号令をかけた。

それぞれ、「そうしよう」と答えながら得物を握りなおして前を向いた。その時。


「にげろ!!」


森のどこかから、大きく叫ぶ声がした。木々に反射してどちらから聞こえてきた声なのかがとっさに分からない。


「どちらから聞こえた声ですの!?」

「シルリィレーア様、こちらへ!」


逃げろというのだから、走ってその場を去らねばならないのだろうことは皆わかっていた。しかし、声が森の中でこだましてしまい、どちらから声が聞こえたのか。つまり、どちらに逃げていいのかわからないのだ。


女の子二人を男五人で囲むように立つ。ユールフィリスがシルリィレーアを庇うように半分抱くような姿勢を取る。それぞれでじっと耳を澄ませ目をこらし、次の声が聞こえてこないか、その他物音が聞こえてこないかに注意を向ける。


「ジュリアン様! 前!」


アルゥアラットの緊迫した声に、カインが視線を向けると。だいぶ前から勢いよく人が飛んでくるところだった。

とっさにカインはローブから腕を突き出して「風よ!」と叫んだが、手首でシャラリとブレスレットが音を立てたのを見て舌打ちをした。

緋色の騎士服の背中に見える。十二歳の学生たちが受け止めるにはガタイが良すぎるし勢いがある。カインは二歩踏み出してアルゥアラットを突き飛ばし、ジュリアンの腰をつかんで自分も手前へと勢いよく倒れこんだ。


頭を下げたぎりぎり上を騎士が飛んでいき、後ろで重たい物が草と土にこすれる音が聞こえた。

とっさに振り向けば、うまい事受け身を取ったようで片膝を立てて立ち上がる所だった。


「逃げろと言ったのになぜ逃げなかった!」

「声が反射してどっちに逃げればよいのか判断できなかったのだ!」


起き上がってすぐにこちらに向かって怒鳴りつけてきたものは、やはり騎士だった。王都サディスや学園の周りを警備しているところをよく見る、緋色の騎士服を着た騎士だった。

ジュリアンがそれに怒鳴り返した。いつもへらへらしたり鷹揚な態度でいることが多いジュリアンの怒鳴り声に一瞬驚くが、最初に怒鳴った騎士も同じく驚愕の顔を浮かべていた。

騎士は素早く立ち上がるとカイン達の間を走り抜け、飛んできたほうへ向かって剣を構えた。


今まで何の気配もなかったというのが不思議なほどの存在感が、そこに

木の陰、草の影からのそりと現れたのは、大きな狼だった。四つ足で立っている状態でカイン達の肩の高さほどの位置に頭がある。とても大きい狼だった。毛は真っ黒で目が赤く、明らかに動物としての狼ではなく、魔獣の狼であった。


「で、でかい」

「この森に、こんな大きな魔獣がでるとは聞いておらぬ。訓練経路確認のための事前準備を行った教師たちからも報告はなかったはずであるぞ!」


女の子二人を庇うようにジュリアンとジェラトーニが前に立ち、アルゥアラットとディンディラナも左右に立って弓を構えた。

ジュリアンの言った通り、こんな学生には手に余りそうな魔獣が出ると知っていれば討伐訓練など延期になっていたはずだ。ちゃんとした騎士による討伐隊が組まれ、安全確保してからの開催になったはずである。

魔獣とは言え、うさぎやたぬきやリスといった小型の物しかでないから学生の訓練にちょうど良いと選ばれている場所なのだから。


「来た方へ逃げろと叫ぶべきでした。申し訳ありません。このまま背を向けて逃げるのは、今となっては却って危険ですので、隙を作るためのご助力を賜りたく!」

「わかった」


騎士の申し出に、ジュリアンが簡潔に頷いた。

逃げ続けていれば、もしくは騎士と狼に追い付かれる前に逃げ出していれば逃げられたかもしれない。街道まで戻れれば人通りもあるし巡回の警備員もいるかもしれない。

各グループに割り振られてばらばらに随行していた騎士たちが合流すれば、退治することも可能かもしれない。

しかし、もう至近距離で対峙してしまった。大きな狼の後ろに草に隠れているが三匹分のとがった耳が見えている。


「シルリィレーア、笛を吹け」

「笛……。あ、笛! はい、わかりましたわ、ジュリアン様」


この学校行事として行われる討伐訓練は、事前の座学と生徒たちの自主的な情報収集によって持ち込む荷物なども自分たちで考えて用意する事になっていた。カインの前世でもグループ学習での社会見学などでそういった『自分たちで調べてまとめて行動する』といった学習方法はあった。

しかし、二泊三日という期間と魔獣退治という油断すれば怪我をする事だってある危険な行事でもある。

テントの他、学校から支給される道具も一部ある。笛はその中の一つだ。

どうしても困ったとき、緊急事態が起こった時に笛をふけば、距離を取って随行していた騎士や医師が駆けつける。吹き続ければ、随行騎士だけでは対処できない事態であると受け取り、湖で待機している教師や騎士までもが駆けつける事になっている。

簡単な事で吹いてしまえば、成績にマイナスをつけられることもあるが、事は緊急も緊急、大緊急事態である。

ジュリアンが言うまでみながその存在を忘れていたが、笛を吹けの一言でシルリィレーアはとっさにその存在を思い出したようだ。急いで腰のポシェットからかわいい小鳥の形をした笛を取り出すと、大きく息をすって長く鋭く吹き鳴らした。


これで、いつかは応援の騎士が来てくれる。自分たちがやるべきは、時間稼ぎであって倒すことを考えなくても良い。その思いは、七人の心に少しの余裕を作ってくれた。


「先ほどの、逃げろの声の件もある。シルリィレーア、ユールフィリスと交代でいいからなるべく笛を吹き続けてくれ」


笛の音を誰かが聞いてくれても、その音がどこから聞こえてくるのかわからなければここまでたどり着いてもらえない。ジュリアンの言葉に、シルリィレーアが笛を鳴らしながら頷いている。


騎士を先頭に、ジュリアンとジェラトーニが狼と対峙して睨み合っていたが、突然カインの横から草ずれの音がした。

笛の音が癇に障るのか、回り込んできた狼はシルリィレーアをまっすぐに見つめていた。


「まずい」


騎士は目の前の狼から目を離せない。視線がずれた瞬間に飛び掛かってくる可能性があるからだ。

わきを固めていたアルゥアラットとディンディラナが弓を構えなおすが、その前に狼がシルリィレーアをめがけて飛び込んできた。


女の子二人の前に、カインが躍り出る。

大きく一歩を踏み出し体は前傾。左手でローブを思いきり跳ね上げると、右手を腰に伸ばして剣を握る。

跳ね上げたローブが肩にのり、背中へと落ちていく間に剣を抜き、抜刀の勢いに乗せてさらに一歩を踏み込んで目線より上にいる狼へと切りかかった。


「キャイン!」


あごの下を切り込まれた狼は大きく前足を跳ねあげると空中で体勢をくずし、後ろへと転がっていく。


パサリとカインの魔法使いのローブが背中に落ちる。

伏せの体勢から立ち上がった狼は、首より少し上あたりからぼたぼたと黒い血をながしながらも若干おびえた顔を見せながらうぅうぅと低くうなってカインをにらみつけた。



「私が魔法しか使えないと、いつから思い込んでいた?」


カインがにやりと笑った。

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