第三十六回リベルティ嬢とティアニア様の幸せを考える会(2)
「はい!」
ビリアニアのプレゼンが終わり、皆が一息ついたところでディアーナが元気よく手を挙げた。
カインはニコリと微笑むと、ディアーナのほうへと手を出して「どうぞ」と話を促した。
「リベルティは誰とも結婚しないのが良いと思います!」
自信満々の顔をして、ディアーナはそう発言した。はきはきとして元気よく、しかし隣で抱かれているティアニアがびっくりしない程度の声で。
「ディアーナ……。リベルティとティアニアの幸せを考える会だよ? 結婚しないでどうするのさ」
ディアーナの発言に、アルンディラーノが呆れたような顔をしながら突っ込みを入れてきた。それにたいして、ディアーナはフンっと鼻から息をだして口角を上げた。
ディアーナのその意地悪そうな顔に、アルンディラーノはカチンときたがカインの顔をみて反応するのを我慢した。口は思いっきりへの字になっている。
「結婚したら幸せになれるって考えがまず間違いなんだよ。大好きな人と結婚するから幸せなのであって、どうでもいい人と結婚しても幸せにはなれないんだよ」
ディアーナは『どうでもいい人』の部分でちらりとビリアニアの顔をみた。その視線を受けてビリアニアは片手であごを掻きつつ「ははは」と乾いた笑い声をちいさくあげていた。
への字口で憮然としていたアルンディラーノだったが、ディアーナのいうことを聞いて目をまるくしている。
「条件の良い人と結婚することが、女性の幸せなんじゃないの? 爵位が高いとかお金持ちとか、顔がかっこいいとか」
「それじゃあ、誰でもアル殿下と結婚したら幸せになれちゃうってことになっちゃうよ」
「え……」
ディアーナとアルンディラーノのやり取りに、まわりにいる人の方が苦いものを飲んだような顔をした。まだ九歳のアルンディラーノだが、自分はモテるという自意識はあったようで『自分と結婚しても幸せになれない人がいる』という意味の事をディアーナから言われてショックを受けたようで、目を丸くして言葉を失ってしまっている。
「そ、それでも。貴族であれば勢力バランスや派閥などの関係で政略結婚をする事だってよくある話ですし、政略結婚であっても円満なご夫婦というのはありますし……。結婚してから、お互いを好きになるというのもありだと思いますよ?」
「そ、そうそう。貧乏は喧嘩の種ということわざもありますし、お金はあったほうが夫婦円満でいられると思いますよ。顔がかっこよければ、かっこ悪いよりは好きになりやすいですし、爵位が高ければ使用人をたくさん雇えるから夫婦仲良くする時間を作りやすい……気がしますけど……」
マクシミリアンとビリアニアのサージェスタ兄弟がアルンディラーノをはげますようにかわるがわる言葉を発するが、アルンディラーノは口をキュッと引き結んで小さくプルプルと震えていた。
「そもそも、リベルティは平民だもの。貴族の派閥とか勢力バランスとか関係ないでしょう? 結婚してから頑張って好きになるんじゃなくて、好きな人と結婚していいんだよ。刺繍が上手だから、刺繍のお仕事をしてお金もらって、それでティアと一緒に親子仲良く暮らせばいいんだよ」
ね? と小さく首をかしげて見せるディアーナはとてもかわいらしかった。みなが一瞬、そういえばそうかと納得しかけたのだがマクシミリアンがハッと気が付いてぶんぶんと頭を振った。
「リベルティ嬢が王兄殿下のお孫様で、ティアニア様がひ孫であると判明している時点でリベルティ嬢は平民じゃないっ。これまでの育ちが平民だったからといって、市井に戻すわけにはいかないだろう? だからこんな事態になっているんじゃないか!」
平民だから無理して結婚しなくていいじゃんというディアーナの意見にマクシミリアンが突っ込みをいれる。そもそも、リベルティがただの平民であれば、マクシミリアンの罪ももう少し軽かった可能性があるのだ。むしろ、リベルティが王家の血を引いていなければ王妃殿下に保護されることもなく、エルグランダーク家に忍び込むこともなかったのだ。
「リベルティは? リベルティはどうしたいの?」
ディアーナは、二人掛けソファーの隣に座っているリベルティに向き直った。腕に抱いているティアニアをゆっくりとゆらしながら、リベルティは目の前の会議を静かにみていたのだ。
これは、リベルティとティアニアの幸せを考える会なのだから。ディアーナはずっと黙っているリベルティに直接意見を聞くことにしたようだ。
「お、王妃様や王子様、王兄様なんかが出てきていて……私なんかが意見しても仕方ないです」
昼間の中庭でも、リベルティはティアニアと一緒にいられなくなることを半ばあきらめているかのようにうつむいていたのをカインは思い出す。
なんてことない雑談中のリベルティは無茶苦茶おしゃべりなのだが、この話になると途端に口をつぐむ。王兄殿下の血を引いているという話を知っていても、自分は平民だからと思って萎縮してしまっているのかもしれない。
「リベルティ。あなたの幸せを考える会だけど、あなたがちゃんと幸せになってくれると、めぐりめぐって僕らも幸せになれるんだよ。だから、実はこの会は僕らの幸せを考える会ってことだ。全部をかなえるのが無理だとしても、ここにいるみんなで精いっぱい頑張るから、リベルティの考える幸せって何なのかを、教えてほしい」
カインがリベルティの前へと跪き、ソファのふちに手をついてその顔を覗き込む。
リベルティはカインと視線を合わせた後、すっとずらして腕の中で寝ているティアニアを見つめた。
すやすやと寝ているティアニアにホッとしたように顔をゆるめると、またカインの顔へと視線をうごかした。
「ティアニアと一緒にいたいです。ちゃんと、ティアニアのお母さんとして一緒に……家族で仲良く暮らしたいです」
「うん」
リベルティの言葉に、カインは頷く。リベルティとティアニアを離れ離れにしない。それは大前提だとカインも一番最初に宣言している。
「結婚は……いつかは、したいです。ちゃんと、お父さんのいる家族になりたいです。ティアニアにたくさん弟妹作ってあげたいです。孤児院にいた時、お母さんがいないのは寂しかったけど兄弟がたくさんいたのは楽しかったから、ティアニアにも兄弟と楽しく暮らしてほしいです。人を好きになるのは幸せなことだと思います。好きな人がいると、わくわくするしお仕事頑張ろうって思えたし……。やさしくされると嬉しいし、私もやさしくしよう!って気持ちになるし、そうすると刺繍も上手にできるんです。……でも、すぐじゃなくていいやって思います。えっと、若様はとってもやさしかったし大好きでした。……でも、ダメでした。えっと、実は男の人がちょっと怖いんです。若様とお別れした後にお仕えしたお家の旦那様がとてもおっかない人で……。あ、イル坊とかカイン様は大丈夫です。アル殿下もティアニアにやさしくしてくれるしまだお小さいし平気です。でも、体の大きい大人の人がちょっと怖いです。変ですね、人を好きになりたいしティアニアのお父さんも欲しいと思うのも本当なのに、男の人が怖いのも本当なんです。……えっと……」
リベルティはカインに向って一生懸命に話す。一月弱の間一緒に子守をした仲なので、リベルティはカインには気を許している。なるべくマクシミリアンやビリアニアを視界に入れないように、見慣れたカインの顔をみて話しているようだった。
「幸せについて」なんてざっくりしたテーマで意見を聞かれても困るというのはカインもわかるので、リベルティが思いつくまま、話題を行ったり来たりさせながら話すのをじっと聞いている。
「もしかしたら、お母さんが迎えに来るかもしれないから王都に居たいなって気持ちもあるんですけど、王都にいると若様に会っちゃう可能性もあるし公爵様にあっちゃうかもしれないし、それは怖いなって思うんですけど。あ、お母さんはね、来ないかもしれないってわかってるんだけど、待つのが癖になっちゃってるっていうか、お母さん関係なくても孤児院のみんなに会いたいなっていうのもあるし、院長様にティアニア見せたいなって思ったりもして、でも若様のお家も公爵様のお家も不義理をしちゃったからもう王都ではお仕事できないかもしれないですよね。ネルグランディやアイスティアだと、ティアニアがもう少し大きくなった時に走ったり遊んだりするのにいいかもしれないなって思ったんですけど、でも、ビリアニア様と結婚しないならアイスティアにいるわけにもいかないですし……」
「うん」
リベルティが一通り、しゃべりたい事をしゃべりつくしたところでカインは立ち上がって自分のソファへと戻ってどさりと座った。
リベルティは、王都に居たい気持ちもあるし居たくない気持ちもある。結婚したい気持ちはあるけど男性が怖い。ティアニアと一緒に家族として暮らしたい。家族はたくさんいた方がいい。将来の暮らしに不安がある。まとめるとそんな感じの事を言っている。
「うん」
君はどうしたら幸せになれる? と質問して、明確に「こうしたら幸せです!」と答えられる人なんかいないんだろう。カインだって、どうすればディアーナが幸せになれるのかなんていまだにわからない。ディアーナが生まれた時から考えているけれど、とりあえずゲームの破滅ルートをつぶしていくしかできていない。
「時間が欲しいね。今はリベルティとティアニアが一緒に落ち着いて生活ができて、いつか好きな人ができた時に好きな人と結婚できるのがきっと一番いいんだろう」
「王家とのしがらみがあるから、平民に戻すことはできないのだろう? ティアニア様を父なし子としないためには今のうちに結婚して結婚相手との間にできた子であると公表する必要があるだろう。かわいそうだが、ゆっくり落ち着くまで待つというわけにはいかないだろうな」
リベルティの話を受けてカインがまとめるが、そういうわけにはいかないだろうとビリアニアが受ける。
見守っていたはずのリベルティの母を見失った過去があるため、今度は確実にその身柄を確保しておきたいという思惑もあるんだろうとカインは思っている。
ただし、経緯が経緯なので大々的に出自を公表して保護するわけにもいかないというままならなさ。
「リベルティは、家族と一緒に楽しく暮らしたいんだよね。そうしたら、アイスティア領にいるのがいいんじゃない?」
ディアーナがそっとつぶやいた。リベルティの腕のなかを覗き込み、ティアニアのほっぺたをつんつんとつつきながら、起こさないようにと小さな声で発言したようだ。
「起こさないように気を使うならつんつんするのをやめたら?」
「やさしくつんつんしてるもん」
アルンディラーノもつられてこっそりディアーナに注意をするが、ディアーナも小さい声で言い返している。べっと小さく舌をだしたディアーナに対して、アルンディラーノも口の端をひっぱってイーっと威嚇している。
ディアーナは舌をひっこめてカインに顔を向けると、ニパッと笑って
「王兄殿下は、リベルティのおじいちゃまなのでしょう? だったら、王兄殿下もリベルティの家族だもん。お母様やお父様とご一緒できなくても、おじいちゃまとは今から一緒にすごしたらきっと楽しいと思うの」
と言った。
カインはディアーナの発言に一瞬ぽかんとしてしまうが、その内容をきっちり理解すると目を見開いてびしりとディアーナに指を突き付けた。
「それだ!」
思わず大きな声を出してしまい、アルンディラーノとディアーナから「しー!」と口に人差し指を立てたジェスチャーで怒られてしまった。
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