第三十六回リベルティ嬢とティアニア様の幸せを考える会

「第三十六回っ! リベルティ嬢とティアニア様の幸せを考える会ぃ~!!」

「わぁ~。パチパチパチ」


夕食後、カインに割り当てられた客室に皆であつまっていた。

カインが腕を振り上げて声を張って開会を宣言し、ディアーナが手を鳴らしながらはやし立てた。


部屋の中には、カインとディアーナの他にリベルティとティアニア、アルンディラーノ、マクシミリアンとビリアニアがそろっていた。


「三十六回もやっているのかぁ。リベルティ嬢は愛されているなぁ」

「カインのアレは、毎度適当だよ」


ビリアニアが楽しそうな顔をして、ディアーナの真似をして軽く手をたたきながらそんなことを言い、アルンディラーノが訂正していた。

カインの適当な回数カウントでいえば、イルヴァレーノを巻き込んだ「ディアーナの幸せについて考える会」は三億回を超えている。実質的な第一回がすでに一億五千万回を超えた数字でのスタートだったし、たまに忘れていて回数が減っていることもある。


「まず、リベルティ嬢とティアニア様が離れ離れにならずに済むこと。これだけは大前提条件として、絶対に外せないのでそれを踏まえて考えていくこととします!」

「はい! カイン様!」


カインの前置きに、元気よく手を挙げたのはなんとビリアニアだった。

思わぬところから手があがり、カインは困惑の表情を浮かべながらもソファの後ろに立っているビリアニアに手を向けた。


「どうぞ」

「俺はリベルティ嬢を嫁さんに貰うのはやぶさかではないんですよね。王妃殿下はああいいましたけど、ティアニア様がリカルドの子だってんなら俺の姪っ子ってことですから。ティアニア様を我が子として育てるのになんも抵抗ないですよ。むしろ、血がつながってなくてもかまわないですし」

「兄上……?」


カインに水を向けられ、ビリアニアはそんなことを言う。リベルティとティアニアセットで受け入れるという提案だ。

血がつながっていなくても構わないというビリアニアの言葉に、マクシミリアンはカインとは違った意味で困惑した顔を向けている。

ビリアニアは苦笑いをしながら、マクシミリアンに向って肩をすくめながら口を開いた。


「俺はね、マクシミリアン。サージェスタ家を継ぎたくないんだよ。伝統とかしきたりとか古臭いことばかり気にして、長男だからってあの家を継がされるのなんか、ごめんだったんだよね。だからね、ティアニア様に一滴もサージェスタの血が流れていないならむしろその方がいいし、王家の血が入っているとはいえ孤児院育ちで平民として働いていたリベルティ嬢を嫁さんにしたときに、爺さんがどんな顔するかを想像すると、楽しくて仕方がないくらいだよ」


ビリアニアの言葉に、マクシミリアンの顔が困惑から渋い表情へと変わっていく。同じように、カインの表情も非常に険しいものになった。


「ビリアニア殿。家族への意趣返しの為にリベルティ嬢と結婚したいって話なら、僕は賛成できませんよ。リベルティ嬢とティアニア様が離れ離れにならないっていうのは大前提なだけで、最低条件でしかないんですからね」

「マー君のお兄様は、リベルティの事が好きじゃないのに結婚するの?」

「政略結婚にしても、家族への復讐のためというのはちょっとどうかなぁ」


カインの苦言に続き、ディアーナとアルンディラーノにまで非難されるビリアニアである。弟だけでなく、子どもたちから一斉にジト目でにらまれてしまったビリアニアは視線を散らすかのようにわたわたと手を顔の前で振った。


「違うよ? 血がつながってなくてもいいよって事が言いたかっただけで。リベルティ嬢もティアニアちゃんもかわいいと思うし、結婚するってことになれば心を寄せる努力だってするつもりだしね?」

「リベルティ?」

「……ビリアニア様と結婚すると、若様と義理の姉弟って事になってしまうんですよね……」

「うーん」


ビリアニアの言い訳を聞きつつ、カインはティアニアを抱きながらソファーに座っているリベルティへと話を振ってみるが、リベルティとしてはあまりこの案には乗り気ではないようだった。

そういえば、リベルティはおしゃべりだがサージェスタ家の若様との話はあまりしていなかった事をカインは思い出した。

両想いで駆け落ちしたが引き裂かれた、という話ももしかしたら別の角度からみたら全然違う話ということもあるかもしれない。カインはその可能性について頭の片隅にメモしておくことにした。


「まぁ、ぶっちゃけてしまうとね。爺さんの『伝統ある侯爵家』『貴族として誇り』『いずれ元老院』っつー説教に嫌気がさしていて、ハインツ様のお世話係に手を挙げたってのもあんですよ。家を継ぎたくないって俺の意思も、長男なんだからって頭から無視されて、爺さんは話も聞いちゃくれなかったからな。父さんは爺さんの言いなりだし。ハインツ様の代理でアイスティアを治めれば、ゆくゆくは爵位と領地をいただけるっつー話でようやく爺さんを説得して家を出てきたんだよ。領地持ちの分家ができるなら家に都合がいいからって最後は爺さんもご機嫌だったんだぜ。ほんと、家のことしか頭にねぇんだ、あの爺さんは」


この場に、子どもしかいないせいかビリアニアがだいぶぶっちゃけた話をした。貴族であるために行動を起こしたマクシミリアンと、貴族らしさから逃れるために行動を起こしたビリアニア。兄弟なのにまったく逆のことをしている。

カインはビリアニアの話を聞いて、なんとなくマクシミリアンの背景を察した。きっとマクシミリアンはその祖父の言動に対して「貴族らしくあらねば」という方向に意識が向いたのだろう。伝統ある侯爵家の子息にふさわしくあるために、誇り高くあるために勉学に励み魔法に励んだのだろう。魔法学園でも首位をキープするほどに。

なのに、卒業となれば三男だから家は継げないと言われれば思う所はあるだろう。


「俺はね、騎士になりたかったんだ。国事の折に真っ白い騎士服を着て整然と並んで歩く姿や、郊外での魔獣退治の武勇伝なんかを聞けば聞くほど憧れない男はいないだろう? でも、爺さんの許可は出ないし、こっそり騎士団の入団試験を受けようとすれば家の者に邪魔されるし。でも、アイスティア領の領主代理の話を貰った時、本来は王家と王都、あとは国境に接している辺境領地でしか許されていない騎士団を、ハインツ様のおひざ元だからということで新規に立ち上げる事も許可していただけたんだよ。実力は伴っていないが、俺はいまアイスティア領騎士団の団長だ」


マクシミリアンと逆で、貴族たれという祖父の教えに反発をしたビリアニアは夢をかなえたということだ。心情はともかく、一応祖父の許可を取ったうえで。


「ハインツ様はお優しい方だ。俺の夢をかなえてくださったし、お話もちゃんと聞いてくださる。そのハインツ様のお孫さんであり心を砕く相手というのだから、もちろん俺も大事にするつもりだよ。純潔がどうのこうのも、血が入っているかどうかとかも、俺は気にしない。そんなこだわりなんか、どうでもいいさ」


ビリアニアはそう言って片眉をくいっと上げて、皮肉げな笑顔を作ってみせた。

領地に入ってから護衛として馬車のそばにいた時や、食事の時など。ビリアニアは明るい楽しそうなお兄さんという感じだったが、この人はこの人で屈折しているなとカインは眉間にしわをよせた。

どうにも、「孤児院育ちの未婚の子持ち女性と結婚する」という貴族らしさの真逆の事をしたいがために、リベルティとの結婚を望んでいるのではないかと思えてならない。


「まぁ、俺の提案は『リベルティ嬢を俺の妻に迎えて、俺とリベルティ嬢の子としてティアニア様を育てる』って案だ。幸せを考える会の一案として入れておいてくれると嬉しい。カイン様」


ビリアニアの言葉に、カインは縦に首を振った。思惑やいろいろなしがらみはともかく、リベルティとティアニアを離れ離れにしないという点は守られている。王妃殿下の提案にも近いから、みんなで説得すれば通る可能性は高いかもしれない。

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