「よろしい!」

翌朝、朝食が済んだ後にカインは王兄殿下に会見を申し込み、三十分ほど話し込んで出てきた。その後、中庭の四阿でリベルティやティアニアと午前のお茶の時間を過ごし、カインの考えを伝えてリベルティからも同意を得た。


そうして、昼食の時間になった。


「カイン、何かいい考えは思いついたかしら?」


冷たいポタージュスープを飲みながら、王妃殿下がカインに視線をなげる。

昼食の席には、今日は体調が良いという王兄殿下も参加している。カインは王兄殿下にちらりと視線を投げて小さく頷くと、王妃殿下へと向き直った。


「リベルティ嬢を、王兄殿下に嫁がせてください。そして、ティアニア様は王兄殿下とリベルティ嬢の子として育てさせてください」


カインが静かに、ゆっくりとそう答える。

『地方領地の年寄貴族に若い女の子が下賜される』という現場をアルンディラーノに見せるのが嫌だった。ゲーム ド魔学の王太子ルートにおけるディアーナの破滅方法と同じだからだ。


「書類上……表向きは、王兄殿下の妻と子となりますが、実際は祖父と孫とひ孫です。こうすることで、家族そろって一緒に暮らすことができます」

「……今更ではあるけれど、お義兄様のご結婚と跡継ぎの誕生という話になれば先王妃様から何を言われるかわからないわよ。邪魔されるかもしれないわ」

「現在の国王陛下と王妃殿下はあなた様達なのですから、そこは頑張っていただけないでしょうか」

「言うのは簡単ですけどね……」


肩を下げてさりげなくため息を吐いた王妃殿下は、いったん俯いてスープ皿を見つめていたがすぐに顔を上げるとカインに話を続けるように視線で促した。


「不敬を承知で申し上げますが、王兄殿下は先が長くありません」

「本当に不敬ね!?」

「良い良い、先ほど前もってカインには謝罪されておるよ。実際、わたしはもう六十を過ぎているし、もともと体も丈夫ではない。最近は起きていられる時間も少なくなってきているし、あまり先が長くないのは事実であるよ」

「お義兄様……」


あまり進んでいない食事の手を休めて、王兄殿下が王妃殿下をなだめるようにやさしい声で話す。王妃殿下は、いたましい顔で王兄殿下を見つめ返している。


「昨日の話では、貴族と結婚するのであれば純潔の乙女でないと不利であるって話でしたよね。そして、再婚の場合ならその限りではない、と」

「……お義兄様をクッションにしようとするなんて、本当に不敬よ」


王妃殿下は、カインのやろうとしている事がわかったようだ。眉間にしわを寄せて厳しい顔をしてカインを軽くにらみつけてきた。

逆に、王兄殿下は朗らかに微笑んでいる。

リベルティの心が落ち着くまで、そして新たな恋ができるようになるまでの時間を稼ぎ、子持ち女性でも不利にならない状況を作る。そのために、カインはすでに老齢である王兄殿下との偽装結婚を提案したのだ。それを、王妃殿下は『クッション』と表現した。



「リベルティ嬢と王兄殿下で結婚して、ティアニア様はお二人の子ということにします。リベルティ嬢と王兄殿下とティアニア様で、残された時間を家族で静かに暮らしていただきます。その間に、リベルティ嬢も貴族女性としての所作などを学べますし、ティアニア様は当初の予定通り王族の子として育てることができます。……王兄殿下亡き後、リベルティ嬢は『王兄殿下の未亡人』ということであれば再婚にもなんの問題もありませんし、結婚しないにしてもやはり『王兄殿下の未亡人』ということで王家が堂々と支援することができるでしょう?」


ほんの二日ほどだが、カインは王兄殿下が今更若い女性を娶るような色好きの人物だとは思っていない。人当たり良く、やさしく、そして少し世間知らずで体の弱い老人である。使用人による手入れが行き届いているおかげで髪や肌はきれいだが、覇気はない。

朝のうちに、このリベルティとの偽装結婚についてカインは王兄殿下に話をしに行ったのだが、王兄殿下は喜んで受け入れてくれたのだ。

「自分の子はこの手に抱けなかったが、ひ孫は抱くことができるのだね」と目を細めて嬉しそうにしていた。


「お母様」


眉間のしわを揉んで難しい顔をしていた王妃殿下に、アルンディラーノが声をかける。


「昨日の話を聞いてから、考えていたのです。……もしかして、お母様も誰かから僕の弟か妹を産むようにと言われているのではありませんか?」


アルンディラーノの声に顔をあげてその顔を見つめていた王妃殿下だが、アルンディラーノのその言葉には答えない。ただ、難しい顔をしているだけだった。


「ティアニアを我が子とすることで、その声に応えようとしたのではありませんか?」


心配そうな顔で母をみつめるアルンディラーノに対し、王妃殿下は何も言わずすこし眉の下がった顔で小さく微笑んだだけだった。


「サンディ、陛下に話を通してくれないかい? 父から悲しまれ、母から疎まれ、歳の離れすぎた弟たちとは別々に育てられた私が、最後の最後で自分の家族と一緒に過ごせるチャンスなんだよ。私が婚姻することで、歴史書に名が残ってしまう事を母は嫌がるだろうが、そこはサンディと陛下で抑え込んでほしい。もう、この国の王は彼なのだから」


王兄殿下からの嘆願に、ついに王妃殿下は折れた。


「王都に戻り、陛下と相談してまいります」


この場で決められることではないので、王妃は当然そのような返事しかできない。しかし、色々と後ろめたい事も多いだろう国王と王妃である。おそらくこの話は通るだろう。






午後のお茶の時間。カインとディアーナ、アルンディラーノは中庭の四阿でお茶を飲んでいた。

リベルティは授乳の為にティアニアと一緒に部屋にいる。

せっかく妹ができると喜んで、一生懸命ティアニアのお世話をしていたアルンディラーノが落ち込んでいた。カインのようなお兄ちゃんになるのだと張り切っていたのだ。

しかも、第二子を期待されていることにプレッシャーを感じているらしい母に『妹が欲しい』とは言えない状況になってしまい、ただただティアニアロスにがっくりと肩を落としていた。


「いずれ国王となる身ですから、国中の年下の女の子は全部アル殿下の妹君ですよ……ということで、どうですか」

「お兄様、その慰め方はちょっと雑ですわよ。……ティアニア様は、アル殿下の従妹って事になるのですから、これからも妹としてかわいがってもいいと思いますわよ」


カインとディアーナで落ち込むアルンディラーノを慰めていると、屋敷の方からビリアニアが歩いてきた。近くまで来て、カイン達が気が付いたのを見て片手をあげて手を振ってきた。


「アルンディラーノ王太子殿下、王妃殿下より明後日の昼にここを発つとご伝言承っております」

「わかった。ありがとう」

「カイン様、ディアーナ様。明日の早朝に発つということで、領境まで護衛をよこしてもらえるよう早馬を出しておきました。明日は、領境までは我がアイスティア領騎士団がお送りいたします」


カインとディアーナは明日の朝、ネルグランディ領へ向けて出発する。来た時と同じ早朝出発の深夜着という強行軍だ。ネルグランディ領からアイスティア領へと移動したときは、王妃殿下の護衛が付いていたのだが、王妃殿下とアルンディラーノはアイスティアから直接王都に戻ることになったので、カイン達につける護衛の数が減ってしまうのだ。


「本当は我が領の騎士でネルグランディ領までお送りできればよかったんですが、まだ練度があまり高くないのです……申し訳ない」

「いいえ。手配とご配慮ありがとうございます」

「ネルグランディ領の騎士団は国境を守るだけあって、とても強く統率も取れていると聞いております。一度ご指導いただきたいものです」

「ありがとうございます。叔父に伝えておきます」


アルンディラーノとカイン達、それぞれへの連絡事項が終わったが、ビリアニアは屋敷へと戻らずにその場に立っていた。


「俺は、ハインツ様が好きですし、長生きしてほしいと思っています」

「……? そうですね」


ビリアニアが、四阿のそばに植えられている葉の大きな木の枝を見上げながらそんなことを言い出した。リベルティの時間稼ぎのための婚姻だとは言ったが、カインとしても早く死んでほしいなんて思っているわけではない。


「相手は偽装結婚なわけですから、好きになってもらう努力をするのは不敬にはならないと思うんですよね」

「もしかして、リベルティ嬢をお嫁に貰うっていうの、結構本気だったんですか」


ビリアニアの言葉に、思わず顔を上げてその横顔を凝視したカインはカップをつかもうとして空をつかんでいた。空振りするカインの手のひらに、ディアーナがそっとカップを移動させてその手につかませた。


「仕方なしの政略結婚、押し付けられた花嫁! とかって周りから言われたり花嫁本人に気にされるのもアレですしね。時間をかけて信頼を勝ち取って、ちゃんと惚れてもらってからプロポーズする方が絶対いいって気が付いたんですよ。リベルティ嬢の為の時間稼ぎかもしれませんがね、結果俺にとってもいい時間稼ぎになるってことで。カイン様には感謝いたします」

「おとといの夜に初めて会ったんじゃないんですか」

「一目ぼれってヤツですよ。人見知りしておどおどしてるかと思いきや、アルンディラーノ殿下やカイン様、ディアーナ様相手にはニコニコかわいい顔で笑ってるしすごいしゃべってるし。あ、俺にも笑ってほしいって思っちゃえばもうダメですよね。わはは」


マクシミリアンの兄のはずだが、だいぶノリが違う。これなら確かに伝統ある侯爵家を継ぎたいとは思わないかもしれない。


「リベルティを大事にしてくれなくちゃダメだよ!」

「ティアニアは僕の妹なんだから、しっかり守ってよ!」


ビリアニアのリベルティに惚れた宣言を聞いて、ディアーナとアルンディラーノがほぼ同時に叫んだ。

二人そろってテーブルに両手をついて身を乗り出して叫ぶその真剣な表情に、一瞬目をまるくして固まったビリアニアだったが、思いっきり破顔すると右手首を左手でつかんで胸に当て、びしっと騎士の礼の姿勢を取った。


「命に代えましても!」


その答えに満足した二人は、また同じタイミングでトスンと椅子にお尻を落とすと満面の笑みを浮かべて「よろしい」と声をそろえたのだった。

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