おかあさんといっしょ

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その後、食堂でのお話し合いは一旦解散となった。


王妃殿下はアルンディラーノを連れて王兄殿下のお見舞いに行き、ビリアニアとマクシミリアンは兄弟で話し合いをすると言ってビリアニアの部屋へと向かった。

カインとディアーナは、リベルティとティアニアと一緒に庭の四阿あずまやへと場所を移した。


四阿に設置されているタイル張りのテーブルの上にふかふかの大きなクッションを置いてさらにベビー用毛布を敷き、その上にティアニアを寝かせて腕を上げたり伸ばしたり、足を曲げたり伸ばしたりさせていた。


「ノールデン夫人が、ハイハイ前でも運動させておくと良いと教えてくれたんです。赤ちゃんが泣くのは、お腹空いたとかおむつが濡れたとか眠いのに寝られないとかの、不満を伝えたいからってばかりじゃなくて泣くことで体力を使って体を鍛えている事もあるんだそうです。だから、手のひらを握って開いてってさせたり足を曲げ伸ばししたりして運動させると、運動用に泣くのが少なくなるかもしれないわねっておっしゃってて。私もなるほどー! って感心したし、腕や足の動かし方を早く覚えたら早くハイハイしてくれるようになるかもしれませんものね。はやくティアニアとお散歩したりかけっこできるようになりたいですし、一緒に遊べたらとても楽しいと思うんですよね」


あいかわらず、リベルティはよくしゃべる。

王妃殿下や王兄殿下がいなくなり、ネルグランディ領で一緒に子守をしていたカインとディアーナだけになったので緊張が解けてきたようだ。

赤ちゃんが泣くのは体力を消耗させるため、という説はカインは前世でも聞いたことがなかった。ただ、カインの前世は幼児向け玩具の営業なので当時同年代だった男性たちよりは子どもに詳しいという程度であり、乳児に関する知識については特に詳しいというわけではないと自覚している。

子育て経験のあるノールデン夫人がそういうのならそうなのかもしれないなと受け入れて、カインもティアニアの前に指を出してはその手につかまれ、すっと抜いてはまた出してつかまれる、ということをやっていた。


「リベルティ嬢のおじい様が判明しましたね。ここまで来てもお母様の行方は結局わからないままでしたが、ご家族といえる存在ができたのはよかったのかなって僕は思います。……王兄殿下はお優しそうでしたし」

「お気遣いありがとうございます、カイン様。たぶん、おかあさんはもう生きていないのかもしれません。みんなやさしくて遠回しにしてるけど、王様たちが一生懸命さがして見つからないんだったら、きっともういないんです。さみしいけど。でも、おじいさんだよーって出てきた人が王族の人だったりするのもちょっとびっくりです。本当なのかなってちょっと信じられないですよね。おじいちゃまって呼んでもいいのかな。あのねカイン様、昔まだ私が孤児院にいたころなんだけど、時々やってきては『おじいちゃまと呼んでくれたらお菓子をあげるよ』って話しかけてくるおじいさんがいたんですよ。私とか、他の女の子たちが『おじいちゃま』って呼んであげるとにっこにこの顔になってお菓子だったり果物だったりくれたんです。沢山じゃなかったから、その場にいた子だけで分けて食べちゃったんで孤児院長様とかは多分知らないと思うんですけどね。そのおじいさんがね、『おじいさん』って呼ぶんだとダメって言ってたんですよ『おじいちゃま』じゃないとお菓子くれなかったんです。だからね、王兄殿下も『おじいちゃま』って呼んだ方がいいのかな?って考えてたんです。でも、よく考えたら血のつながり方がおじいさんと孫というだけだから、おじいちゃまとかおじいさんとか呼ぶだけで不敬! って怒られちゃうかもしれないって考え直したんですよ。どう思いますか、カイン様」

「リベルティはすごいねぇ。よく息が続くね」

「ちょっとまってリベルティ。そのおじいちゃまの話だいぶ怪しくない?」


カインがディアーナに孤児院訪問時にそんな老人に遭遇していないかを確認し、ディアーナがティアニアに「おねえちゃまって呼んでごらん」と声をかけていたり、リベルティがさらに思うままにしゃべり倒したりして、ゆったりとした時間を過ごした。

アイスティアはネルグランディよりは北にある土地のせいか、日差しは暖かいが日陰にいれば涼しいぐらいの気温でとても過ごしやすかった。


ティアニアの小さくてぷくぷくした手をゆっくりと万歳させたり、小さな足をやさしく揉んだりしていたら、ティアニアがくちゅんと小さなくしゃみをしたので運動はおしまいになった。

毛布にくるんでリベルティが抱っこして、王都やネルグランディの庭とは違う花が咲いている庭を三人で眺めながら会話を交わした。


「花は、刺繍の題材になりやすいので自然と名前と花言葉を覚えました」


とリベルティがとある花を目を細めて眺めながら口を開いた。リベルティは刺繍の腕を買われて服飾工房からサージェスタ家専属へと引き抜かれた過去がある。服飾工房時代は、プレゼント用の小物や既製品のワンピースにオーダーメイドで刺繍を入れたりしていたという。


「今はお世話でいっぱいいっぱいだけど、もう少し余裕ができたらティアニアの毛布にも刺繍とかしてあげたいなって思ってるんです。糸がほどけて手や足の指に絡むと危ないってノールデン夫人が言っていたので、ティアニアがもうちょっと大きくて丈夫になってからになりますけどね」


そういいながら、やわらかくてむちむちしているティアニアのほっぺたをやさしく触るリベルティ。にこりと我が子に微笑みかけてから、ふいに眉毛を下げて悲しそうな顔をした。


「刺繍してあげられるまで、一緒にいられるんでしょうか? ティアニアは王妃様が育ててくださると聞かされました。……お姫様として育てられれば、ティアニアはお腹がすいて寝られないなんてこともないし、寒いけどかける布団が無くて自分の足先をつかんで寝るなんて事も体験しなくてすみますよね。まだ小さくて色んなことがわからないうちに王妃様がお母さんだって言って育てれば、お母さんがいない寂しさも感じなくて済むんですよね……」


毛布から手を出して、リベルティの指をつかむティアニア。つかまれた指をリズム良く上下に振ってティアニアをあやしているリベルティ。

そんな二人を、カインとディアーナがまじめな顔で眺めていた。

カインは、イルヴァレーノからリベルティが孤児院を卒業した後もやってきては母を待ち続けていたという話を聞いている。


「私は元気で、ティアニアの事が大好きなのに、お母さんとして迎えに行けなくなっちゃうんでしょうか……」


さわさわと、ゆるやかな風が吹いて四阿の周りの花を揺らした。

色々な可能性について一生懸命に頭に考えを巡らせているカインだが、今はまだリベルティをはげませるような案は思いついていなかった。


四阿で仲良さそうに過ごす四人の姿を、屋敷の窓から眺めている人影があることにカインは気が付いていなかった。

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何かつらいことがあったとき、悲しいことがあったときにほんの少しでも心が軽くなったり上を向いたりする助けになれるように、お話を書き続けたいと思います。

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