焦れば焦るほど考えはまとまらない
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その日の夕飯時、食堂にて王妃殿下よりリベルティ達の今後について通達がなされた。
曰く。
リベルティはこのままアイスティア領に残り、マクシミリアンの兄であるビリアニアと結婚する。
ティアニアは王妃殿下と一緒に王都へ戻り、国王陛下と王妃殿下の子として公表される。
「ティアニアはアルンディラーノの妹として、王家で育てます。他貴族などに利用されることを防ぐ意味もあるし、王族の血を引くものとしてしっかりとした教育を受けさせてあげる為にもね」
食後のお茶をゆっくりと飲みつつ、王妃殿下はそう説明する。
「リベルティは、王族の子として公表するには年齢が高すぎるの。十八の娘をいきなり王家の血を引く子です、と発表するにはその背景にある醜聞も一緒に公表しなければならなくなるわ」
そうするわけにはいかない。王兄殿下の存在を『隠しているわけではないが、積極的に公表もしていない』状態の今、王兄殿下の隠し孫が発見されましたなどと発表すれば芋づる式に王家の恥部が暴かれかねない。王妃殿下はそれを危惧している。
「アイスティアはお義兄様の治める領地ですが、没後はビリアニアに譲られる予定ですからね。サージェスタ家から独立し、新たに爵位を得てここを治めてもらうことになります。こちらも事情も知っている上、お義兄様への忠誠心も厚いと聞いています。きっとリベルティを幸せにしてくれることでしょう」
ほんの少しだけ、申し訳なさそうな表情をうかべた王妃殿下がリベルティに微笑みかけた。リベルティの恋の相手はサージェスタ家の次男のリカルドである。身分違いであると引き裂かれた後、リカルドはすでに別の貴族女性と結婚してしまっている。
ビリアニアはそのリカルドの兄である。身分違いであると引き裂かれ、その後同じ家の別の男に嫁がせられようとしている。あまりにも勝手すぎるが、それが王家からの指示であれば平民であるリベルティに断るという選択肢はない。たとえ、王族の血を引いていたのだとしても。
「ちょっと、ちょっとお待ちください」
カインは焦っていた。
なんとかこの決定を覆すことはできないかと、頭をフル回転させている。
平民の娘が貴族の男性と結婚する。それだけ聞けばシンデレラストーリーだし、衣食住が保証されるのだから幸せになれると感じるだろう。しかも、ビリアニアは数年後には新たな爵位も領地も王家から譲られる予定なのだ。
王兄殿下の面倒を見ていたということで、王家からの覚えもめでたい。
しかし、リベルティは孤児院育ちだ。迎えに来るという母親の言葉を信じてずっと待っていたのだ。爵位だとか、領地だとかよりも、リベルティが求めているのは『自分の家族』であることは間違いない。
昼の庭で「ティアニアのお母さんでいたい」という話もこぼしていたのだ。
「リベルティ嬢とティアニア様を一緒にいさせるわけにはいかないのでしょうか。えっと……たとえば、ビリアニア殿に子連れで嫁ぐわけにはいかないのでしょうか?」
王兄殿下のいるこの土地で、リベルティとティアニアがセットでビリアニアに嫁ぐことができれば、老い先短い王兄殿下も孫とひ孫一緒に過ごすことができる。事情があって自分の子どもとは生まれる前から引き離されていた王兄殿下としても、小さなティアニアと一緒に過ごすのは心の慰めになるんではないか、とカインは考えた。
王妃殿下も王兄殿下については気を使っているようだから、この案は通るのではないかと期待をしたのだが
「貴族での婚姻で父親のわからない連れ子のいる女性と結婚するというのは、その男性に何か問題があるのではないか、と勘繰られてしまうものよ。再婚同士などなら問題がないけれど、ビリアニアは未婚の貴族男性。純潔の乙女と結婚できない瑕疵があるのではないかと噂されてしまうのは困るでしょう?」
リムートブレイク王国の貴族において『家』『血統』というのはとても重要だと考えられている。身分制度があり、貴族の中にも序列というものがあるせいだろうが、魔力の強さや王家の血との近さなどもあるのだろう。
それゆえに、嫁いできたときにすでに他家の子を身ごもっていたなどということがないように花嫁は純潔の乙女であることを望む家は多い。
そうでない女性を娶るということは、嫁の来てがないような『わけありの男性』なのではないかと思われてしまう、ということだ。
「王妃殿下がされようとしているのと、同じ手段は使えませんか。ティアニア様の生まれ月を半年ほどごまかして、ビリアニア殿とリベルティ嬢との子どもである事にするんです。それなら、ビリアニア殿の名誉もまもられるのではありませんか?」
カインは、食い下がる。
一番いいのは、リベルティがティアニア連れのまま、好きになった男性と結婚できる事だ。ただこれは、リベルティとティアニアが王族の血を引いているために難しいということはカインもわかっている。変な男性に引っかかってティアニアを旗印に謀反を起こすような事があってはならないからだ。
だから、せめてリベルティとティアニアが離れ離れにならない方法はないかと考えている。
「カイン。私と陛下がティアニアを我が子として育てるにあたり、あまり抵抗がないのはティアニアに王家の血が流れているからです。お義兄様のひ孫にあたる子ですからね。ですが、ビリアニアにとってのティアニアは違います。まったく、何にも、縁もゆかりもない子を我が子として育てよとは、私は下命したくないわね」
「私は構いませんけどね」
王妃殿下がカインの案に却下を出すが、当のビリアニアはのほほんとした表情で「構わない」と発言した。王妃殿下が非難するような目でビリアニアをひとにらみするが、ビリアニアは肩をすくめただけだった。
「リベルティ嬢を、ティアニア様の乳母として王都に連れていくことはできませんか。せめてそばに、一緒にいるようにご配慮いただけないでしょうか」
あまりいい案ではないし、一度却下されている案をダメ元でカインは発言する。
「前にも言ったけれど、リベルティはお義兄様に似すぎているのが問題ね。お義兄様は陛下が即位されるずっと前から隠居状態ですけど、城の老人たちの記憶にはまだしっかり存在しているのですもの。まだまだ要職の椅子にしがみついていらっしゃるご老人たちが、リベルティの銀髪と紫の瞳をみたら何を言い出すかわかったものではないわ。それに……」
以前と同じ理由で王妃殿下に却下される。カインの眉間にしわが寄るのをみながら、王妃殿下はお茶を一口飲んで口を潤すと、続きを口にする。
「すぐそばにいて、乳もやれるしお世話もできる。なのに、母であると名乗れないのは果たして幸せなのかしら」
離れ離れよりは絶対に良いとカインは思う。だけど、カインは前世の記憶を含めても母になったことはないので、そばにいて母であると名乗れないのがどういう気持ちなのかはわからない。
アルンディラーノの乳母は長続きせず、入れ替わりが頻繁だった。そのうちの何人かはアルンディラーノに対して「私が母よ」と言い聞かせていた者もいる。他人の子に対しても母でありたいという気持ちが湧いて出るのであれば、実の子なのに母と名乗れないのはつらいのではないかと、王妃は心配していた。
「ちょっとお待ちください……。ちょっと……」
カインは、手のひらを王妃殿下に向けてたててみせ、ちょっとまってと繰り返す。
何かないか、何か方法はないかと考えるが、焦っているためかぐるぐると同じ案がめぐるばかりで新しい妙案がでてこなかった。
手のひらで「ストップ」のジェスチャーをしつつ、反対の手で眉間をもんだりこめかみをたたいたりしながら、一生懸命何かを考えているカイン。
その姿を目を細めて眺めていた王妃殿下は、残っていたお茶を飲み干してからになったカップをソーサーに戻した。
「カイン。明日の昼食の時間まで待ってあげましょう。何かあればその時また提案してみなさい。
……アルンディラーノ。カインと一緒に、ティアニアが一番幸せになる方法を考えてごらんなさい」
「僕ですか?」
王妃殿下の言葉に、カインははじかれたように頭を上げ、アルンディラーノは自分の顔を指さしながら首を傾げた。
「あなたの妹になるかもしれないティアニアに、お兄様としてできることはないか考えてごらんなさい。あなたはいずれ、国民全員の幸せを考えなければならなくなるのですもの。まず、身内の女の子を一人幸せにするにはどうしたらいいか考えてごらんなさい」
「はい!」
リベルティとティアニアは、カインにとっては他人でしかない。エリゼと友人でディスマイヤとも顔見知りという理由で王妃殿下がエルグランダーク家の領地に連れ込んだだけの人物である。
子守をしたり、襲撃から守ったり。一月弱ほど一緒にいたので情は移るだろうが、それでこんなにも真剣に、王妃に対して待ったをかけるほどに深く悩む姿が王妃には不思議だった。
アルンディラーノに人と真摯に向き合うことを教え、アルンディラーノの監視報告網を遊びで混乱させて、国王と王妃にアルンディラーノと過ごす時間を作らせた事があるカイン。
王妃殿下は、リベルティとティアニアの今後について覆ることはまずないだろうとは思っていたが、カインがどんな提案をしてくるのかを楽しみにしている自分に気が付いていた。
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11月20日に三巻が発売されました。
そして、4巻発売が決定しました。いつも読んでくださっている皆さんのおかげです。
本当にありがとうございます。
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